第2話「大昔でバースディを……」六
「皆さん、お待たせしました」
蘭舞は馬からひらりと降り、そして、頭と思われる長身の男を見上げる。
その眼差しは、恋人を見上げる女性のように、妖しい色気を帯びていた。
「総馬様、この者達でございます」
総馬と呼ばれた頭は、馬の上から無言で四人を見おろす。
イズルが目に留まると、急に馬から降り、イズルの前に立った。
総馬は黙ったまま、イズルの目を見据えている。
──凄い迫力……。
だが、イズルは、何故か目をそらす事が出来なかった。
総馬は、イズルのあごを、手でくい、と持ち上げる。
「そ、総馬様!」
蘭舞が、慌てた様子で止めに入るが、総馬は、まるで蘭舞が目に入らないかのように、イズルに見入っていた。
うとましそうに爪を噛む蘭舞。
「良い……」
総馬は、低い声で言い、にやりと笑った。
「この者達を連れて行く」
総馬はイズルから手を放し、馬に戻る。すると、まわりに列を成していた男達が、馬から降り、次々と四人を馬に乗せた。
イズルが馬に乗っていると、そこに蘭舞が、つかつかとやって来て、イズルを睨みつけた。
「いい気になるな」
「エ?」
蘭舞が何を言いたいか、皆目見当がつかない。
「総馬様に気に入られたからって、いい気になるなよ」
そう言うと、更に鋭くイズルを睨み、頭のベールをなびかせて、自分の馬に戻った。
「な、何だ?」
何か総馬に媚びる事をしたわけでもない。
第一、さっきの一瞬の出来事で、総馬が自分を気に入ったかどうかなんて、わかるわけない。
──まあ、いいや。助かったんだし。
そんな事を考えていると、隊列は動き出した。
荒野を隊列が進む。馬の足音のリズムが単調に聞こえ、退屈に思えた時、先程の総馬の言葉を思い出した。
──良い。
何故か、この言葉がひっかかる。
だが、この時のイズルには、この言葉の意味を知る由もなかった。
延々と続く荒野に、やわらかい月明かりが落ちる。
こんなに優しい明かりは、初めてだった。
いや──初めてではない。遠い昔に感じたような気がする。
そう、多分、その昔、母に抱かれた、いや、母の胎内に居た時のような、そんな優しさ、懐かしさに溢れている。
父に言われた事も、井之頭の事も、今日の出来事も、溶けていくようだった。
気持ちがどんどん研ぎ澄まされ、余計な物が無くなっていく感覚。
こんなに、ゆっくり、やすらかに自分を感じたのは、初めてだった。
──僕は、ずっと、本当の自分を探していたのかもしれない。
素直に生まれた気持ちに、何故か、涙が溢れそうになった。
「ねえ、イズルちゃん」
隣の馬に乗っていたひかるに、突然声を掛けられ、目をこする振りをして涙を拭う。
「うん? 何、ひかる」
「お誕生日おめでとう、なの」
「エ? ……あ」
あまりに突然の混乱に巻き込まれ、すっかり忘れていた。確かに「経過時間的」には、誕生日を迎えている。
「でも、今って何百年も前だろ? これって誕生日なのかな?」
「う〜ん、なの〜。大昔で誕生日なの」
「何か、変だね。あはは」
久々、笑うことが出来た。
ひかるも、疲れは隠せないが、相変わらずの可愛い笑顔を浮かべた。
隊列は進み続ける。
一時間程経った時、荒野の奥に緑が見え始めた。
そして、その奥に民家と思われる屋根が見えた。




