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第2話「大昔でバースディを……」弐

 その夜──荒野から離れた街。

 雲が足早に去り、月明かりが、漆黒の夜空を淡く白く染める。

 そして、その下に浮かび上がる、朱色の屋根。

 広々と土地を使い、龍で飾りつけされた横長の屋敷。

 それは、その街における、権力そのものを語っていた。

 一部屋だけ、窓から漏れる明かりがない。

 ただ、部屋の中で、肌が重なり、吐息が部屋中に薫っていた。

 そして、沈黙。

「待って、月下(げっか)。行かないで」

 乱れ髪の女が、すがるように止めた。

 白い絹の布から、裸体の曲線が生々しく見える。

「また、来る」

 月下と呼ばれた、少年とも、青年とも言い難い、美しい男が、背を向けたまま、やわらかい声で言った。

 窓から差し込む月明かりで、あらわになった、月下の象牙色の肌が浮かび上がる。

 真夜中を彷彿させる黒髪。

 切れ長で亜麻色の瞳、そこから伸びる長い(まつげ)

 そして闇の声色を奏でる唇。

 月下の妖しい美貌は、男性はおろか、その辺の女性にも、到底敵わなかった。

 それだけではない。

 しなやかに鍛えられ、屈強さと繊細さを備えた身体は、まるで芸術品のようだった。

「お願い、私を連れて行って」

 女が、濡れた声で言うと、その身体を包んでいた絹の布が、するりと床に落ち、白い肌がむき出しになった。

 それを、月下が拾い上げる。

「それは出来ない」

「私は、主人ではなく、あなたの事が」

 月下は手に持っていた絹で、女の身体を包み、その唇を唇でふさいだ。

「貴女は、ここで、何ひとつ不自由のない生活が出来る。それを、むざむざ捨ててはいけない」

「私には、貴方のいない生活なんて。

 月下、貴方は、いつも、風のように私の元を去ってしまう。いつか、本当にいなくなってしまいそうで、私、もしそうなったら……」

「どうしてそんな事を? 俺は、いつも貴女の元に来ている。今宵も」

「でも……わからない、貴方が。私は、貴方の本当の名前も知らない。まわりが、月下──そう貴方を呼んでいるだけで。どうして? 貴方は名前も教えてくれないの?」

「──俺は、俺。貴女の目の前に居る、この月下が全て」

「いや、そんなの! 私は、全てを知りた……」

 月下は、突然女を抱きしめ、

「静かに。誰かに聞かれる」

 耳元で甘く囁き、すっと、耳に口づけ、優しく頭を撫でた。

 女は、言葉の代わりに、一粒、また一粒と涙をこぼす。

 月下は、指で涙を拭うと、素早く衣を身に纏い、細身の剣を背負い、窓際に立った。

 月光を背負い立つ月下の美しさは、別の世界に生きる人間と言わんばかりだった。

 それを感じてか、女は、絶望したように脱力し、膝をつき、月下を見上げた。

「月下、愛しているわ」

「……また」

 窓から飛び出した月下は、見張りの兵の目を盗み、屋敷の敷地から去った。

 そして、道標のように光る月を一度見上げた。

「月に光の輪……何かが、始まる」

 そして、また軽やかに走り出す。

 既に閉店している店ばかりの街に、一筋の影を落として。

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