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♢第五話

 


 なんで優輝はあんな顔をしたのだろうか。


 騒ぎが収まり、再びみんなで境内に向かって歩き出す。

 気がつけばまた順平達はわたしと皐月の後ろを歩いていた。


「あの金髪の人、順平くんの知り合いだったのかな」

「――え?」

「だってこっそり話してたふうだったし」


 たぶん皐月の声は順平には聞こえていない。

 隣の佐久間くんやそのそばにいる女の子達とも楽しそうに話しているから。それに笛の音や射的の音、祭りならではの楽しげな喧噪も声を遮っている。


「見た目すごく怖そうだったけど……」


 思わず皐月を睨んでしまっていた。

 そんなわたしの視線に驚いたのか皐月が小さく驚きの声を上げる。


 見た目のことを言われて悔しかった。

 皐月は悪くない。ただ正直な感想を言っただけ。

 優輝は本当は優しいのに、見た目で判断されてしまうことがとても悲しかった。




 混んでいる割に意外とスムーズに石の階段を上りきり、みんなで神社の横に立てかけられている大きな笹のそばに向かった。

 そこにはすでにたくさんの短冊や飾りがぶら下げられている。提灯の光で綺麗にライトアップされとっても幻想的。

 さらに見上げると霞がかった曇り空になっている。星は見えないけど雨は降らなそうだ。


 ご自由にどうぞ、と書かれた箱の中に色とりどりの短冊と鉛筆がたくさん入っていて、書けるよう長テーブルも何客か置かれている。別の箱に短冊をぶら下げるための紙縒も入っていた。


「順平くんがそばにいるからよかった。ジンクス叶うといいな」


 いつにない素早さで皐月が短冊と鉛筆、紙縒を手にしてすぐに願い事を書き始めた。

 わたしは何となくもやもやした気持ちで短冊を手にしようとして逡巡する。なにを書けばいいのだろうか。

 

 少し離れた場所で短冊を書いている順平の姿を確認した皐月が笹の方に向かってゆく。

 順平を見つめながら紙縒を笹に結ぶ皐月の恋する目を見て、急に思った。

 

 わたしだって優輝の姿を目に映しながら短冊を飾りたい。

 そばにいたのに声もかけられなかったのが悔しくて、そう思った時にはすでに来た道を戻っていた。


 皐月がわたしを呼ぶ声が聞こえる。

 だけどわたしは歩みを止めず、必死に人混みを縫うようにして階段の方へ向かっていた。


 鳥居の下を抜けようとした時、横目に金髪が目に入る。

 通り過ぎようとしたその先の大きな木の下に優輝と金髪を結んだ男の子と浴衣姿の女の子ふたり。そして子供とお母さんらしき人がいた。


 おもむろにしゃがみ込んだ優輝は子供と目を合わせるようにして頭をわしゃわしゃと撫で回している。


「おまえ、ユウタって言うのか。俺はユウキだ。似てるな」

「うん! おにーちゃん、スーパー○○人みたいだね!」

「は?」

「ユウタが好きなアニメのヒーローなんです」

「かみのけおんなじいろなの! おにーちゃんもヒーローだね!」


 ぷっ、と優輝が吹き出すと周りも大笑いしはじめた。

 お母さんがしきりに優輝にお礼を言っている。


「もう母ちゃんの手離すんじゃないぞ」

「うん! ユーキおにーちゃん! またねー!」


 金魚の入った袋をぶら下げたその子が満面の笑みで手を振っている。そしてお母さんに手を引かれて笹の方へ向かって行った。


「よかったね優輝。お母さん見つかって」

「本当だよ」

「優輝が子供肩車してるの見て誘拐したのかと思ったよー」

「やめてくれ。人攫い顔なの自覚してるんだから」


 くくっと笑う優輝の顔はすがすがしそうなものだった。

 きっとあの子はお母さんとはぐれて迷っていたのだろう。それを見つけた優輝は――

 

 もういいや。

 周りがどう思おうとも関係ない。

 あんな小さな子だって優輝の優しさに気づいてくれた。ヒーローだって言ってくれて本当にうれしかった。

 わたしはちゃんとわかってる。優輝は誰よりも温かみのある人間だって。そんな優輝が大好きなんだ。


「じゃ、今度は私がはぐれないように手を繋いで」

「は?」


 浴衣の女の子が優輝の腕に手を絡ませる。

 優輝の家の隣の子だ。

 

「だっ、だめっ!」


 それを見て、わたしは思わず声を上げてしまっていた。

 優輝が驚いた顔でこっちを見ている。

 一緒にいた人達もわたしを見て怪訝な表情を浮かべていた。


 優輝に絡みついた女の子の前に近づいたものの、うまく言葉が出ない。

 きつく唇を結び、俯きながらようやく口にした言葉。


「わたしの、だから」


 は? と低い声が返ってくる。

 いつもならここで引いていたかもしれない。だけど。


「優くんから離れてください」


 必死に言葉を紡ごうとするのに余計に何を言っているのかわからなくなってしまっていた。

 それでも優輝に絡みついたままの手を見て、悲しくなる。

 だからわたしは手を出していた。マニキュアで彩られた細くて白い指をそっと優輝の腕から外す。


「わたしの、なの」

「杳子」


 涙が溢れそうだった。

 取られたくなくて必死だった。

 

「え、優輝のカノジョ?」


 優輝じゃない金髪の男の人がわたしの顔をまじまじと覗き込んでくるからなんとなく目を逸らしづらくて見つめてしまう。わたしはきっと睨むような視線をぶつけていたと思う。だけど金髪の人はにっと笑顔を見せてくれた。


「理想通りの子がそばにいたのか。合コンの誘いにも乗らない理由がようやくわかった」

「ばっ、そんなんじゃねーよ!」


 理想って何?

 優輝の腕をつつきながらにやにやとしている彼に聞きたかった。

 だけど、優輝の顔が真っ赤だし膨れているように見えたから聞きづらい。


「え? カノジョじゃねーの?」


 そう問われ、再びじっと見つめられて一瞬呼吸を忘れた。

 優輝はなんて言うのか。その反応が知りたくて視線を移すと唇を尖らせて顎を少し引くような感じ。


「そこ、否定して……ねぇし」

「やっぱそうなんじゃーん」


 最後の方はとぎれるような小声になっていた。

 でも否定しないでくれたのがうれしい。

 

「どーも、譲っす。優輝とは同じクラスで、親友ってやつ。えっと、ヨーコちゃん?」


 いきなり右手を両手で包まれるようにしてぎゅっと握られた。

 細い華奢な指先。すごく綺麗な手だなあとまじまじ見つめてしまう。

 

「なれなれしくすんな」

「あーヤキモチ?」


 あっという間に優輝に手を取り払われた。

 譲はにやにやと意味深な笑みを浮かべて優輝を挑発し続けている。優輝の背中に隠されたわたしからは真っ赤な耳しか見えない。譲のそばにいる女の子ふたりがやっぱり同じような含み笑いでこっちを見ているのに気づいた。


「うっせぇ。悪いけどここで別れる」

「わかってるよ、じゃ解散な。まったねーヨーコちゃん」


 ぽん、と優輝に背中を押されて元来た道の方に促された。


「え、あ、いいの?」

「いいのも何も、戻らないとだろ」


 戻る、つまりクラスメイトの集まりにということだろうけど。


「でも」

「いいから」


 友達と別れてしまった優輝はその後どうなるの。

 そう聞こうとしたのに遮られて渋々歩き出そうとした時、心配そうにこっちの様子を伺っている皐月と不機嫌そうな順平が立っているのに気がついた。

 

「杳子……」


 優輝を横目で見ながらおずおずと皐月がこっちに近づいてくる。

 少し怯えているように見えるのはきっと気のせいじゃない。

 わたしの斜め後ろに立っている優輝の腕を引っ張って隣に並ばせると、近づいてきていた皐月の足がその場で止まった。

 鼻の奥がつんとした感覚がしたけど皐月にせいいっぱい笑顔を向けて見せる。


「皐月、この前……聞かれたよね」

「え?」

「わたしの好きな人のこと」


 優輝の腕がぴくりと動くのを感じた。


「この人なの。わたし、この人とつきあってるの」


 

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