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♢第三話

 

 七夕祭りの日。

 午前中は小雨だったものの、昼過ぎにはあがって分厚い雲の隙間からわずかに日差しが覗きはじめていた。


「天の川は見えないだろうな」


 母に着付けをしてもらいながら窓の外を眺める。

 見える訳ないでしょ、と夢のないことをつぶやきながら母はわたしの体幹をぎゅーぎゅーと容赦なく帯で締め付けた。

 薄いクリーム色ベースの浴衣に黄色や薄紫色の紅葉や淡い桃の花が描かれている。帯は山吹色で数年前に一目惚れして買ってもらったもの。

 髪は前をトップから斜めに流し、後ろは毛先を軽くはねさせるようにカールしてサイドをねじって後ろで留めただけ。薄く化粧をしてもらったらいつもの自分よりもなんとなくだけどかわいいように見えてしまうから不思議。



 皐月が迎えに来てくれるまで二十分くらい時間がある。

 早足で優輝の家に行けば見せられるかも。でももしかしたら家にいないかもしれない。友達とお祭りに行っているかもしれないし、別の用事で出かけているかも。

 巾着の中から携帯を取り出して優輝の名前を表示した時、それが震えだし、着信メロディが鳴った。


 ディスプレイを見ると『順平』の文字。


 順平のアドレスは削除したつもりだったのにしてなかったんだ。

 こうして表示されるまで気づかないなんて。

 なんとなく出づらくて、躊躇っているとキッチンのほうから「電話鳴ってるわよ!」と母の叫び声。わかってるとだけ答えて部屋に逃げ込んで通話を押した。


「も、もしもし」

『杳子? 加納かのうがおまえの家探して彷徨ってるぞ』


 加納というのは皐月のこと。

 昨日住所も地図もメールで送って「大丈夫」って言ってたのに。


「今行く! 連絡ありがとう」

『いや、いいよ。ついでだから連れて行く』


 なんのついで? と聞く前に通話が切れてしまっていた。

 でも順平と皐月がふたりでここに来るなら話すきっかけもあるだろうし、結果オーライ?

 でも優輝に浴衣姿を見せに行く時間はなくなっちゃった。残念。



 それから約十分後、申し訳なさそうな顔の皐月が順平と共にうちにやってきた。

 皐月は薄い桃色の生地に大きな赤の椿の花が描かれた鮮やかな浴衣を着ていた。帯も同色の赤。そしていつもの三つ編みではなく、アップにしていて大人っぽさが強調されている。なにより眼鏡じゃなくてコンタクトだったのに驚いた。


「皐月、きれい」


 玄関前でつい声を上げてしまっていた。

 心なしか順平の頬が赤い気がする。もしかして皐月に見とれちゃったのかもしれない。恥ずかしそうに俯く皐月がまたかわいい。 

   

「じゃあ、行くわ。また現地で」

「あっ、ありがとう! 小城おぎくん」


 逃げるように去って行こうとする順平を引き留め、お礼を告げるとはっとした表情でわたしを見て、首を横に振った。

 順平、と呼ばなくてよかった。そんなふうに呼んだら皐月が不安になるような気がして。

 わたしのお礼に続くかのように、皐月も小さな声で順平に「ありがとう」と告げた。


 順平が去って行くのを見送った後、ほっとしたのか皐月の顔が情けないものに変化する。


「緊張しちゃった。団地の公園で順平くんが声かけてくれて助かった……ここの団地広いから迷うの無理ないって慰めてくれて。佐久間さくまくん達と待ち合わせしてたみたいなんだけど、まだ来てなくて送ってくれたの」


 佐久間くんは同じ中学出身のクラスメイトで、この団地の別の号棟に住んでいる。待ち合わせしてたから団地の敷地内にいたのか。

 

「よかったね。見つけてくれたのが小城くんで」

「うん、浴衣姿を一番に見せたのが順平くんでうれしかった。杳子もすごくかわいいよ」


 てへっと顔を綻ばせて笑う皐月はやっぱりきれいだった。

 好きな人に一番に見てもらえるなんてうらやましいな。



**



 神社までの通りに出店がずらりと並んでいる。

 一番先頭の出店の横が集合場所だった。

 わたし達がついた時には結構たくさんの見知った顔が並んでいた。待ち合わせ時間は十九時だったけど、その十分前にはほぼ集まっていた。


 主催の宮部くんが声を張り上げて収集をかけ、あまり広がって歩かないように等注意事項を告げているけどみんなあまり聞いていない。それよりも女子の浴衣姿に釘付けの様子。


「優くん、来てるのかな」

「え? 何?」

「えっ、あっ、なんでもっ」


 思っていたことが口から出てたみたい。

 皐月に聞き返されて慌てて誤魔化した。

 ふと、クラスメイトに目を向けると、やっぱりクラス一可愛いと言われている綾菜が注目されているように見える、が、ちらちらと皐月を見ている視線があるのに気づいた。いつもと雰囲気が違うから驚いてるみたい。そばにいるわたしまで向けられていない視線を意識してしまう。

 はた、と順平と視線が合い、驚いてすぐに目を逸らされた。


「男子ーエスコートしたい女子がいたらスムーズにしろよ」


 宮部くんのかけ声で七夕祭りがスタートした。

 二列くらいに並んでみんな少しずつ屋台の並ぶ道を進んでいく。

 各々買いたいものの前で止まったりするのを抜かしたり抜かされたりして結局はばらけてしまいそうだった。これってクラスで来る意味あるのかなと思ったりして。でもたまにはこういうイベントがあってもいいかもしれない。みんないつもよりテンションがあがっていて楽しそう。


 綾菜の周りには男子が群がっている。そしてなぜか順平達がわたしと皐月の後ろをぴたりと歩いているのにびっくりした。皐月は平常心を保つのに必死なようで歩き方がぎこちない。転ばないといいけど。


「あれ? 順平と佐久間じゃね?」


 後ろで順平が呼ばれる声がして振り返ってみると中学時代の同級生だった。確かサッカー部の人だと思うけどわたしは同じクラスになったことがないから名前はわからなかった。

 そこで立ち止まる順平と佐久間くんとほかの男子を横目にわたし達は静かに歩みを進めた。立ち止まって待っているのもおかしいから。

 急に緊張が解けたのか皐月の様子が元に戻り始めた。

 

「順平くんのそばにいられたのはうれしいけど、緊張がマックスでー」

「一息ついてなにか飲む?」

「そうだね。ラムネでも」

「小城くん達、金髪のガラの悪い男に絡まれてたけど大丈夫かな」


 わたし達を抜かしてゆくクラスメイトの女子が心配そうに話している声が聞こえてきた。

 金髪の――そこまで聞いてもしかしたら、と思った。


「大丈夫かな。順平くん」

「ちょっと見てくる」

「えっ、杳子待って」


 不安そうな表情を浮かべる皐月にそう告げて元来た道を戻る。

 神社に向かう人の波に飲まれそうになりながらなんとか逆流していくと屋台同士の隙間からその裏にあるやや広いスペースにクラスメイトの男子の後ろ姿が見えた。そこにはクラスの男女数人の姿がある。

 その背中越しから覗き込んでみると、順平と向き合って話しているのは予想通り優輝だった。


「ゆ……」


 名前を呼ぼうとして躊躇われる。

 優輝の後ろには同じような金色の髪を後ろに束ねた綺麗な顔の男の子と浴衣姿の茶髪の女の子がふたりいたから。

 順平が優輝に近づいて、なにかを話しているように見える。

 

「わかったよ」


 そう言い捨てた優輝の態度が急に苛立たしそうなものに変わった。

 そしてギャラリーのようにして立っているクラスメイトの隙間を縫うようにしてこっちへ向かってくる。


「――っ」


 わたしと目があった優輝はわずかに目を見開いて小さな舌打ちをした。

 その顔には明らかに怒りが含まれているように見えた。

 

 そしてわたしの横を通り過ぎて神社の方へ去って行く。


「待ってよー優輝」


 浴衣の女の子達が優輝の背中を追う。

 金髪を結んだ男の子がちらっとこっちを見て、同じように優輝の後を追って行った。


 

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