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♢第二話

 


 結局七夕祭りに参加することになってしまった。

 あんなに必死な皐月の頼みを断ることなんてできなくて。

 でも浴衣必須か。持ってるけど、なんとなく気が重い。



 皐月が入学した当初から順平を見ていたと言われてびっくりした。

 そんなそぶり全く見せなくて、静かに見つめて胸を痛めていたのだと思うと何となく申し訳ない気持ちになる。

 でもわたしが順平の元カノでしかもフラれたって皐月が知ったらどう思うだろうか。言うようなことでもないし内緒にしておくつもりでいる。



**



 二十二時。

 いつも通り携帯が震え、ディスプレイに『優くん』と表示される。

 元々は『金髪イケメン』という名前で登録されていた。もちろん優輝自身がわたしの携帯にそう登録しただけなんだけど。

 試験前日でもちゃんとかけてきてくれるのはうれしかった。でも優輝も明日から試験のはずなのに大丈夫なのかな。


「もしもし」


 いつもならベッドに寝そべって話をするのだけど、試験前日なので勉強机に向かった状態で通話にした。


『ヨウ』


 いつもとかわらない素っ気ない挨拶。

 だけどうれしくて、つい顔をにやけさせてしまう。こんな顔を優輝に見られたくないな。


『勉強してるのか?』

「うん、優くんは?」

『してるわけねーだろ。もう睡眠体勢ばっちりよ』

「睡眠体勢って言葉初めて聞いたけど、試験大丈夫なの?」

『なんとかなると思う……』


 くくっと笑いを堪えたような声が携帯越しに聞こえてくる。

 最初はわたしが優輝を『優くん』と呼ぶのが恥ずかしかったみたいでいやがっていたけど、今じゃもう何も言わない。


『あーそうだ、杳子』

「うん?」

『あのさあ、試験って、その……五日までだった、よなあ』


 妙に歯切れの悪い感じで優輝がいつになくぼそぼそと話し続ける。

 うん、と答えると躊躇うような小さな舌打ちが聞こえてきた。なにかぶつぶつ言ってるみたいだけどよく聞き取れない。


『七夕の……えと、祭り、そう! おまえの好きなあんず飴おごってやるから、その……』

「え、あ」

『ああ! くそ! 一緒に、行か、な、い……か?』


 最後のほうは尻切れトンボみたいに小さくフェードアウトしていった。

 七夕祭りに誘われた。まさか優輝のほうから誘ってくれるなんて思わなくてうれしくて思わず「はい」と言いそうになって手で口を押さえる。


「……ごめん、優くん」

『え?』

「実は、クラスでお祭りの企画があって……みんなで行こうって話になっちゃって……」

『――あ、あぁ。そっか……じゃあしょうがねぇな』


 明らかに残念そうなため息が聞こえてくる。

 たぶん気を遣ったのか小さめに。それが申し訳なかった。

 わたしだって優輝と行きたい。でも――


「ほんとごめんね」

『いい。気にすんな』

 

 照れながらも一生懸命誘ってくれたのがわかるから。

 なんだか涙が出そうなくらい悪くって、悲しくなってしまった。

 これが最後じゃない。だけど初めてのデートになったかもしれない。それをわたしがだめにした。


 ごめんね、優輝。



**


 

 試験最終日。

 明後日の七夕祭りはクラスの半分くらい参加することになったらしい。

 それを聞いてこのクラスの団結力の強さに気づかされた。


「女子で浴衣持ってなかったり着付けできない奴いるなら格安でレンタル受け付けるし、着付けサービスもあるからそれで参加できないと思ってるんだったら声かけて」


 このお祭りの企画者、同じ中学出身の宮部みやべくんが教卓の前に立ってカタログを置いた。

 宮部くんの家は着物専門のレンタルをやっている。お母さんとお姉さんふたりが着付けやヘアメイクもできるとのことで、さらに参加者が増えそうだった。

 

「うちにある浴衣地味なんだ。宮部くんのおうちで借りた方がいいかな。髪もやってほしいし」


 皐月が七夕祭りを楽しみにしているのがわかる。

 頬を赤く染めて順平を見つめるその目がかわいくて、頑張ってほしいと思った。


「ねえ、杳子は好きな人いないの?」

「え? なに、急に」

「もしこのクラスにいるんだったら、チャンスかなって思って……」


 ふるふると首を横に振ると、皐月が「そっか」と小さくこぼした。

 

「残念ながら、ここには」

「え、ほかのクラス?」

「ううん、別の学校の人」 


 そう言いながら優輝を思い浮かべて笑みがこぼれる。

 あの金髪を皐月が見たらびっくりするかなって。

 わたしはもう慣れたけど、初めて見る人には刺激が強すぎるかもと思いながら笑っているわたしを皐月が首を傾げて見つめていた。



**



「七夕祭り、浴衣着たいんだけどいいかな」


 夕食の時に聞くと、母も弟の拓哉たくやも驚きの声を上げた。


「いいけど、去年もその前も着なかったのに」

「うん。クラスのみんなで行くことになって浴衣必須なの」

「姉ちゃんのクラスってそんなに仲いいんだ」

「なんだ。てっきりデートかと思ったのに」


 つまらない、と母がつぶやきながら大皿からコロッケを掴みあげる。デートだったらどんなによかったか。


「そうだ、さっき買い物帰りに香坂さんちの優くんに会ったわよ。ちゃんと挨拶されてびっくりしたわ」


 母は優輝とのつきあいにいい顔をしない。優輝が金髪になったのをとってもいやな感じで見ているし、あまりつきあうなとも言われている。もちろん拓哉にも。でも拓哉は優輝が好きだから「そんなこと言われてもな」ってうまくかわしている。


「杳子、あんな頭の彼氏連れてきたりしないでよ」


 コロッケにかぶりつこうとしたのとほぼ同じタイミングでそんなことを言われ、胸の辺りが軋むような感覚がした。

 箸で掴んでいたコロッケを見つめて悲しくなる。

 優輝は母の作ったコロッケが大好きだった。わたしの家は暖かいと言ってくれた。うちのことも大好きでいてくれているのにそんな言い方ってない。


「優くんの何が悪いの? 金髪だから? 見た目で判断しないで。優くんはすごく優しいし昔となにも変わってないよ」


 食べかけのコロッケを小皿に置き、箸もテーブルに戻す。

 急に食欲がうせたし、これ以上ここにいたくなかった。

 涙がこみ上げてきて、それを見られないようすぐに席を立ってキッチンを後にする。

 優輝のことを思い浮かべて堪えていた涙がこぼれ落ちた。




 ベッドに寝そべってぼんやりしていたらうつらうつらしていたみたい。

 部屋の扉がノックされる音ではっと我に返った。


「姉ちゃん、ちょっといい?」


 拓哉の声が聞こえて、返事をするとまるで隠れるようにこそりとわたしの部屋に入ってきた。


「なに?」

「優輝のこと好きなの?」


 扉に凭れた拓哉が腕を組んで言った言葉に顔がかっと熱くなり、ベッドから飛び上がってしまった。


「なっ、なっ……なんでよっ」

「相変わらずわかりやすい反応だよね。母さんも気づいてるって。あんなふうにかばうの逆効果だよ。本当に考えなしっていうかさ」


 やれやれといったポーズを取る拓哉に開いた口がふさがらない。

 なにもかもわかってますよって態度にも納得がいかないけど、今の反応はさすがにあからさますぎだったかも。


「この前だって姉ちゃん、優輝のこと悪く言われて部屋にこもってたろ?

あの時から薄々感づいてたけど」

「うっ……」

「一緒にカラオケにいたセーラー服の人、優輝の彼女じゃないのかな。結構きれいな感じだったし、姉ちゃん勝てる気がしないよ」


 悪いことは言わない、諦めなと肩を叩かれる。

 拓哉の言っているセーラー服の人というのは優輝の隣の家に住んでいる同い年の女の子のこと。わたしもふたりが仲良さそうに歩いているのを見てつきあっていると勘違いしたけど、優輝本人から友達だと聞かされていた。


 なんて言ったらいいのだろうか。すでにつきあっていると言うべきなのか。でも母にバレるのはやっかいだし。


「僕も優輝はいいやつだと思うし、姉ちゃんの思いが叶えばいいって思うよ。でも母さんも心配してるんだってわかってやれよ」


 急に大人びたことを言い出す拓哉に驚いてしまう。

 こんなこと言われるとは思わなかったから。でもどっちつかずな意見に忌々しさを覚えたのも事実。


「拓哉だって自分の彼女を悪く言われたら絶対腹立つから」

「なに? 彼女って」

「いいからもう出て行って!」


 これ以上話していたら真実がバレかねない。

 わたしの気持ちが拓哉にバレたと思うだけで恥ずかしくていたたまれないのに。



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