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♢第一話

 


 長かった梅雨もそろそろ終わりを迎え、毎日暑い日が続く。

 試験が終われば夏休みも近い。それが待ち遠しい。その前のテストは嫌だけどしょうがない。 


 わたしが住む町ではかなり大規模の七夕祭りがある。

 試験が終わった翌々日くらいの七夕に開催される予定。

 正式には梅雨明け宣言されていない時期なので、なかなか晴れることはないけどここ数年曇りが続き、なんとか無事に開催されている。


 試験一週間前くらいからお祭りのことでクラスメイトは盛り上がっていた。

 祭りといっても特別なことが開催されるわけではない。

 いつもは静かな神社へ向かう道に出店がずらりと並び、鳥居を潜った先に生えている大きな笹に短冊を飾ることができるだけのありきたりなもの。

 笹は町内会の有志達が前もって飾り付けをしてくれている。毎年その飾りを見るのも楽しみ。近所の幼稚園や小学校でも協力して飾りを作ってくれているから、かわいらしいものがたくさん飾ってある。



「七夕祭り参加者募集。女子は浴衣必須」


 試験を前日に控えた七月の初日のホームルームの時間、プリントが回ってきた。

 クラスの目立つ男子グループが企画したようで、女子も盛り上がって参加すると張り切っている。


杳子ようこ、どうする?」


 今一番仲良くしている後ろの席の皐月さつきが小声で聞いてきた。

 三つ編みに細い黒縁眼鏡のおとなしそうな外見通り、あまり積極的なタイプではない。どちらかというとわたしもそうだから似たもの同士。


「結構みんな行くみたいだし……」


 プリントを握りしめる皐月の手が少し震えているのに驚いた。

 まさか興味を示すとは。きっとわたしと一緒で不参加なんだとばかり思っていたから。


「お願い、杳子。一緒に参加して。ひとりじゃ行きにくいの」


 手をあわせてわたしに頭を下げる皐月は耳まで真っ赤で、思わず呆然としてそれを見つめてしまっていた。


「どうして、え、まさか?」

「ちゃんと説明するから……お願い」


 泣き出しそうなか細い声で訴える皐月に「わかった」としか言えなかった。


 七夕祭りのジンクスがある。

 好きな人を視界に入れながら笹に短冊を結ぶと思いが叶うというもの。

 短冊は今時珍しく紙縒で結ぶものになっていて、それが切れずにうまく結べたらさらに願いが叶う率が高まるといわれている。

 きっと皐月はこのクラスの誰かが好きなんだろう、そう思った。



**



「絶対に誰にも言わないでね」


 昼休みはいつもは教室で食べるけど、今日は皐月の内緒の話があるから屋上の入り口がある手前の踊り場に来た。内緒話をするにはここが最適。ただ思ったより声が響くからこそこそっと小声で話す必要があるけど。


「わかってる。誰にも言ったりしないよ」

「そうだよね、杳子が言うわけないよね。気を悪くしたらごめんね」

「そんなことないって、大丈夫だよ」


 本当に泣き出しそうなくらい必死な皐月がかわいくて宥めるように肩を軽く叩くとうんうんとうなずいた。


「ずっと内緒にしてたけど、順平じゅんぺいくんが……好きなの」


 皐月の肩を叩いてた手を止めてしまった。

 まさか、相手が順平だなんて思いもしなかったから。

 目を丸くした皐月が眼鏡越しにわたしを見つめている。

 それに気づいて思わず苦笑いしか返せない自分が情けなかった。


「杳子と順平くん、同じ中学出身でしょ。だからなかなか言い出せなくって……ごめんね。それに順平くん、綾菜あやなちゃんと仲良しだしつきあってるのかも」


 悲しそうに顔をしかめる皐月を見てううん、と首を振った。

 内緒にしてたことを咎めるつもりもないし、気にしないでという意味だった。


「やっぱりつきあってるのかな。あのふたり」

「う、たぶん違うと思うよ。詳しくはわからないけど」

「そうだよね、同じ中学出身でもそんなことまでは知らないよね」


 ――知ってるんだけど。

 

 そんなことは言えっこない。

 口をつぐんで自然を装い、何度かうなずいてみせた。




 順平とわたしはつきあっていた。

 卒業式に順平から告白されて、元々彼が好きだったわたしはうれしくて舞い上がるような気持ちでそれを受け入れた。初彼、そして初めてのキス。

 同じ高校に入ってクラスも一緒。幸せだったのに順平はいつのまにかわたしからクラスで一番かわいくて目立つ綾菜へ心変わりしていた。


 順平とは時々一緒に下校していたけど、わたし達のつきあいは誰にもバレることなく静かにその幕を閉じた。



 それがほんの数週間前の出来事。

 本来ならわたしは未だに失恋の痛手から立ち直れていなかったはず。

 だけど、そんなわたしを救ってくれたのは小学校までうちの隣に住んでいた幼馴染の優輝ゆうきだった。



 順平にフラれたわたしは、土砂降りの雨の中びしょ濡れで帰っている途中、雨宿りをしている優輝に声をかけられた。

 中学の頃から脱色して茶色だった優輝の髪は金色になっていて目を疑ったけど、わたしを気遣って濡れるのもいとわず自分の家に招き、シャワーと中学時代の体操着を貸してくれた。

 わたしがずぶ濡れだった理由を感じ取った優輝はその日の夜から毎日電話をしてくれた。他愛ない話をわたしが寝付くまでずっとしてくれて、すごく助けられた。

 優輝の優しさに甘えたわたしはいつの間にかその電話が楽しみになってていた。



 だけど優輝が他校の女の子に腕を組まれて仲良さそうに歩いているのを見かけて、すごくショックだった。なんでこんな気持ちになるのかわからないくらい苦しくて、胸が張り裂けそうで。

 その時にはすでにわたしの心の中から順平は消えていた。

 たぶんこの時にはわたしは優輝に惹かれていた。だけどそれを認めたくなくて、「彼女に誤解されたら悪いからもう電話しなくていい」なんてかわいくない言葉で優輝を拒絶した。自分勝手な言い分なのにそれを優輝は何も言わず承諾してくれた。



 最後の電話でわたしは寝たふりをした。

 少しでも早く優輝を解放してあげたくて。

 もう、わたしは大丈夫だから、そう思っていたのに。


 ――好きだ


 最後の最後で優輝はそうひと言だけ残し、電話を切った。

 


 あの他校の女の子のこととかいろいろ気になることはあった。

 だけど優輝のあの言葉が嘘だとは思えなくて。

 そんなこと言われたら気にならない訳ないし、心のどこかで喜んでいる自分もいたから。



 数日後の雨の日。

 学校帰りの駅前で順平にやり直そうと言われた。

 それを偶然にも同じ最寄り駅の学校に通っている優輝に聞かれていた。


 よかったな、だなんて口パクで言われて泣きたくなった。

 気がつけば、わたしは立ち去ろうとする優輝を追っていた。

 ここで追わなかったらきっと優輝とは終わってしまう、そんなのは絶対嫌で。雨の中びしょ濡れになりながら必死で追いかけた。



 そして今、わたしと優輝はつきあっている。

 それに順平がわたしとやり直そうとしてくれていた思いも知っている。だから綾菜とはつきあっていないはずなんだ。


 でもそれをどうやって皐月に伝えたらいいのか、わたしにはわからない。

 

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