第八節
次に雑貨でも買いに行こうとして、露店巡りに戻ろうとした時、聞き覚えのある鐘の音が聞こえてきた。
音は一回分。そこに何か意味があるのかどうかは分からないが、朝と夕に鳴らしていることから鑑みて昼の鐘ではないかと当りを付ける。
となると今は昼か。あまり腹は減ってないから昼食を摂る必要はないかな。
適当に露店巡りをして、革の水袋に小さい革袋を二つ、木製のマグカップみたいなコップ、ナイフを購入した。
ナイフは手の平よりも少し短いくらいの刃渡りで、頑丈そうなものを選んだ。
全部で神聖銅貨二枚にストルオス銅貨百六枚。残金はストルオス銅貨百十六枚也。
ナイフが高かった。神聖銅貨二枚だ。
しかしナイフは便利ツールだから買わないわけにはいかなかったからな。必要経費だ。
ナイフは鞘とベルトがセットになっていて、今は腰に下げてある。
残金を全て宿代に使ったとして、既に払っている分を合わせると宿暮らしは最大であと九日間可能。
だが、この調子だとすぐに金が尽きる。
全て必要経費だったとはいえ、散財しすぎたか?
これは本格的に冒険者稼業を始めることを考えないと。
冒険者として登録するのを先送りにしている理由は大きく分けて二つ。
一つ目は知識不足。
冒険者としての知識はおろか、この世界で生きる上での常識すら俺は持ち合わせていない。
それこそ通貨価値すら知らないような状況だ。常識がないにもほどがある。
二つ目は、戦闘能力。
戦闘の経験がないのに加えて【能力】や【技能】にも不安がある。今のところ全データ初期値な上に構成は後衛型だ。
俺はしばらくソロで活動するつもりなので全衛型が理想なのだが(誤字などない)、今のままではパーティの後衛としてですら問題がある。
一言で総括すると「力不足」なのだ。
ちなみにソロで活動する予定なのは、異世界ものの基本である「チートバレ」予防策の一つである。
無駄に人間関係で悩むのも嫌だし。
それにソロ冒険者はロマンだ。
そんな諸々の問題を解決する手段として【特典】の経験点一万点を使用することにする。
この経験点を使用して【能力】や【技能】を強化すればソロで冒険者をやれる程度の力は手に入るだろう。
ただし、これにも一つ問題がある。
俺はこの街に入る時、副隊長さんに【固有札】を見せてしまっている。【能力】も【技能】も把握されているのだ。
例えばここで一万点の経験点を使い強化すると、冒険者として登録する際に【能力】や【技能】を見せろと言われた時点で詰みだ。
だから先に冒険者として登録して、「手の内を安易に見せるわけないだろう」という理論で武装すれば完璧だ。
あれ、そう考えると今の手持ち五百点を使うのもまずいかな。
そうだ、とりあえず冒険者組合で話を聞いておこう。登録しちゃうと冒険者の宿に移らなないといけなくなるから明後日まで登録はできないだろうが、もし登録時なんかに【能力】や【技能】の確認が必要なかったら好きな時に強化できる。
そうと決まれば冒険者の宿「栄光と剣亭」に向かうとしよう。
時刻は昼過ぎ。
露店のある通りは活気があり、それぞれ商売に精を出している。
そんな時間帯でも、冒険者の宿の酒場には酒を飲んでいる冒険者(らしき人)がそこそこ居た。
宿の入り口から入ってすぐは酒場になっている。いくつかのテーブル席とカウンター席があり、思い思いの場所で飲んでいるようだ。
そんな酒場の中を行き来している若い女性は看板娘といった具合なのか、料理の乗った皿やいくつものジョッキを器用に持って運んでいる。
中に入った俺に気付いて、看板娘さんは素晴らしい笑顔を向ける。いや、あれは店員として客に向ける笑顔であって、俺に向けられたものじゃない。勘違いなどするな。
なんて小さい動揺を押し殺していると、酒場にいた人たちがチラリとこちらを見て、すぐに視線を外した。
やはり冒険者なのだろう。値踏みというか、警戒というか、そんな感じの視線だった。
看板娘さんは手にある皿とジョッキを運び終えると、俺の方に向かってきた。
「いらっしゃい。お昼?」
と思いの外気さくに話しかけてきた。挨拶、といった感じではない。とても自然な感じだ。
栗色の肩辺りまで伸ばしたパーマがかった髪に、整っていながらも幼さを感じさせる愛嬌のある顔立ち。
これが看板娘の実力か。
「いえ、冒険者になりたくて登録に関するお話を聞きたくて」
そういうと酒を飲んでいた人がそれぞれの反応を示す。鼻で笑う者、微笑ましいものを見るような顔で頷く者、無関心な者。
こっちとしては一々気にしていられないので、スルーで。
「そう、ちょっと待っててね」
看板娘さんはそのままカウンターの奥へと消える。
俺は言われた通り、しかし入り口から入ってすぐのところで突っ立っていては邪魔になるかもしれないと少し移動して待つ。
酒のつまみとして作られたものなのか料理のいい匂いに食欲が反応していると、カウンターの奥から一人の厳ついおっさんが現れた。
おっさんは俺を見て小さく手招きする。
看板娘さんから説明してもらえるわけじゃないのか。
内心がっかりしつつも、おっさんから話を聞くべくカウンターに歩み寄る。
「話を聞きたいって?」
おっさんは即本題に入った。
「はい。冒険者になりたいのですが、色々決まりがあると聞いたので。登録する前に色々お聞きしたくて」
おっさんは低く渋い声で乱暴な口調だが、俺は丁寧な口調で返す。
知らない人、それも年上にタメ口とか(元)日本人な俺はしない。
しかしおっさんは意外に思ったらしく、少し表情を変えたと思ったらすぐに元の渋い表情に戻る。
「なるほど、慎重だな。腕が立てばいい冒険者になれるだろう」
と一言感想を述べたあと、色々と冒険者組合及び組合所属冒険者について話してくれた。
まず組合について。
組合、つまり冒険者の宿はある程度人がいる場所ならまず存在する。人がいれば需要が生まれるためだろう。
組合とは言うが、実質的には各冒険者の宿ごとに独立しているような状態だそうだ。
だが、どこかで冒険者として登録すれば、以降は【固有札】を見せて登録済みであることを示すだけでいい。冒険者の宿はそれぞれ独立状態だが、組合そのものは同じものだからだ。
とはいえ、あちこち移動して回るのが冒険者。初めて来た冒険者の宿だからといって初心者扱いされても困る。そのため組合に所属している冒険者はその能力を等級で表すらしい。
等級の評価はそれぞれの冒険者の宿の主人が、熟した依頼や持ち込んだ魔物素材、評判などから判断して付けるという。
次に規則について。
組合に登録する際には当然【固有札】を確認するが、その際には必ず「総合等級」「全【能力】」「全【技能】」を公開しなければならないらしい。やっぱりか。
公開条件に【特殊】がないのは、そもそも【特殊】を持っていることが稀であるためである。
また登録の条件として「【固有札】に記されている年齢が十五以上である」というものがあるそうだ。理由は単純で、一般的には十五で成人扱いになるからだとか。逆に言えば他に制限はない。
一度登録すればずっと冒険者でいられるかと言えばそうでもない。冒険者には守るべき規則の他に一つだけ義務が存在する。それらを守らなかった場合、最悪犯罪者として処罰されるそうだ。
守るべき規則というのは、実は非常に曖昧で、「犯罪に手を染めない」「無用な暴力を振るわない」といった社会常識程度のものだ。
一つだけ異なるのは依頼について。「一度受けた依頼は基本的に達成しなければならない」というものだが、基本的にというだけあり当然例外もある。
依頼者が犯罪者の場合、依頼の内容が明らかに達成不可能な場合は無条件で依頼を破棄できる。当然報酬はないが、この場合は依頼者から賠償金を受け取ることができる。
期限のある依頼を冒険者が期限内に達成できなかった場合、一度受けた依頼を例外条項以外の理由で破棄する場合は冒険者が賠償金を支払うことになる。
他にも「冒険者組合を介さず個人で結ばれた依頼に対して冒険者組合は一切の関与をしない」とか、「依頼を受けた冒険者が状況の変化などで依頼の達成が困難だと判断し、それを冒険者組合が認めた場合は依頼を正当に破棄できる」というものもある。後者の規則には「ただし、この場合冒険者組合は速やかに依頼を他の冒険者に引き継がせること」とあるが。
そして義務だが、「一年に神聖銅貨十枚分の登録料を支払う」ことだ。これはストルオス銀貨一枚分だな。
単位が神聖銅貨なのは、ストルオス王国以外の冒険者組合も当然存在するためだ。
最後に冒険者について。
冒険者は基本的に自由である。つまり、色々と自己責任な面が強い。
例えば、冒険者になった場合、国に住民税(人頭税という国もある)を支払う必要がなくなる。冒険者の宿が冒険者組合として税を支払ってくれるからだ。代わりに登録料を払う必要があるし、宿代もかかるが。
街の出入りに税がかからないことは知っている。ただし、当然街の外で何があっても自己責任である。魔物に襲われ人知れず死んだりしたらそれで終わりだ。
他にも冒険者が魔物を狩ってその素材を手にいれたとして、それを冒険者の宿に売るのか他の店に直接売るのかは冒険者次第となっている。
冒険者の宿に売る場合、自分はこの魔物を狩ることができるだけの腕を持つという証拠になる。加えて冒険者の宿に売る場合は売り値が安定するという利点もある。魔物の危険さやその素材の価値などを細かく把握しているため、確かな値を付けられるのだとか。ただ、少し安く買い取られるらしい。
自分で商人に売る場合、全ては自己責任となる。つまりは交渉次第だ。上手くいけばしっかりと儲かるし、そこそこの値で売ったとしても冒険者の宿に売るよりは高値になるそうだ。ただ、逆にぼったくられることもあれば、トラブルに発展することもある。冒険者組合は個人的なトラブルにはよほどの理由がない限り口も手も出さないため、この方法は登録したてにはオススメできないと言われた。
他にも冒険者としての心得とかあるらしいが、それは正式に登録してからだそうだ。
一通り説明を終えたおっさんは途中から看板娘さんに持ってこさせたエールを飲み干し俺に視線を向け直して。
「で、登録するのかい?」
と聞いてきた。