第六節
翌朝。重低音の波状攻撃に睡魔は敗北した。
多分、夕方に鳴っていた鐘と同じものだろう。回数は多かったようだが、寝ていたので数えている訳がない。
伸びをした後、ベッドから這い出す。やっぱり色々疲れていたのだろう。ぐっすり眠れた実感がある。
部屋の木窓は日光をほとんど部屋に入れないため、朝の室内は暗い。手さぐりで窓を開け、朝日を取り入れると共に空気を入れ替える。
と思ったら、まだ太陽は昇り切っていなかった。明るくなり始めた頃、といった具合か。
時間にしたら何時なのだろう。かなり早い気がする。が、常用できる照明がない以上日照時間は大事だろう。それは純粋に行動時間に繋がるのだろうし。
あ、そういえば昨日は歯を磨いていない。こっちの世界にもそういう習慣があるのかは分からないが、似たようなのはあるだろう。流石に歯ブラシなんてないだろうが。
それに顔も洗えないな。木桶に入っている元お湯は体を拭いた後の残り湯だ。顔を洗うには適さない。当然水道などないだろうから…井戸かな。近くにあるんじゃないかと思うし聞いてみよう。
朝の支度なんて最低限しかしない俺だが、今回は色々と事情が違う。念入りに確認しておこう。
手で触ってみた感じ、寝癖はなさそうだし髭も生えていない。というか髪サラサラなんですが、肌質だけじゃなくて髪質まで変わってるのか。何もせずにこれだと手入れできたらどうなるのだろうか。以前は髪が硬くて寝癖には難儀したものだ。
体調は良好。問題はない。
すごく今更だが、魔術で出した水は飲めるようだな。これは便利だ。水道の有難味が理解できた。
ただ、魔力は完全には回復していないようだ。これは【固有札】や解析結果を見なくても感覚で理解できる。
ゲームだと一晩寝れば体力も魔力も全快! ってのが基本な気がするが、この世界ではそうじゃないらしい。まあ、一晩寝て体力全快できるってのも普通に考えれば異常だしな。ゲームな世界に居て今更何を言っているのかって感じだが。
試しに自分の【固有札】で【能力】を確認してみる。【筋力:(4)二級】【耐久:(5)二級】【敏捷:(5)二級】【感覚:(5)二級】【魔力:(5)二級】と、結果は変わらず、各能力の数値しか出てこなかった。
ん? 待てよ。
今回、俺は【解析】を使用していない。普通に【固有札】で【能力】を確認しただけだ。
しかし解析にかけた時のように実数値が表示されている。なんでだ?
既に知っている情報だから、問題なく見える、とかそういうことだろうか。
後で検証しよう。
とりあえず今は、自分の体力やら魔力やら、そういう変動値と最大値が知りたい。
あるのか分からないが、【解析】を使えば分かるはずだ。
俺は「そういうもの」があると意識しつつ、自分に【解析】をかけてみる。すると魔力の減る感覚と共に情報が脳裏に浮かんできた。
【生命力:20:20】【魔力量:12:7】
左が項目、真ん中が最大値、右が現在値だ。それぞれがどんな基準の下に定められた数値なのか分からないが、とりあえず数値化できるようだ。
試しに【固有札】を確認してみると、先ほど解析した二つの項目が【能力】に追加されていた。これは【能力】の範囲なのか。
しかし今まで確認できなかったということは、これらは普通数値では知りえないことなのか? それとも何か確認する手段があるのだろうか。
そんなことを考えていると喉の渇きと空腹感を感じる。先に朝食を摂ろう。
一階に下りるとカウンターにはおばさんがいた。
おばさんはカウンター担当なのだろうか。いつ寝てるんだろう。
朝食は食べられるのか聞くと、もう出来ているそうなので食堂へ。
席に着くと料理が運ばれてくる。昨日は気にしなかったが、料理を運んでいるのは若い女性だ。十代前半か? 正直女性の見た目から年齢を計るとか俺には無理だ。
こんな朝早くから働いてるのか、なんて若干寝ぼけた頭で考えながら朝食を摂る。
今朝のメニューはパンと豆のスープと果物だ。量はそこそこ。朝食として考えれば多めに思える。
しかしこの果物、どうしても林檎に見えるのだが。色、見た目、香りと正に林檎だ(色は種類によって様々だろうが、これはいかにも林檎な感じで赤い)。
朝の気怠い感じの中で食べるとなると、この固めでちょっと乾いた感じのパンは食べ辛い。スープに浸けてふやかしたりしながら食べ終え、デザートに果物を食べる。
その味は完全に林檎だった。ただ、俺の知っている林檎に比べて酸っぱいか。素人考えだが、品種改良とかしてないとか、進んでないとか、そういう理由かな?
しかしこれは紛う事なき林檎だ。
ってことは、この世界の植生考察は地球準拠でも何とかなるってことだろう。
もしかしたら名前は全く異なるのかもしれないが、「林檎」も「アップル」も同じものを指すように、言葉が違えど対象が同一ならば同じこと。その言葉の差も【自動翻訳】で解決だ。
これは異世界ものの定番の一つ、料理が唸るかもしれない。
俺自身の料理経験なんて学校の家庭科実習に毛が生えた程度だが。色々試せば何とかなるだろう。完成形や基本的な調理法、調理の発想くらいならにわか知識程度とはいえあるのだ、再現も不可能ではないはず。
また一つ異世界を楽しみつつ、朝食を終える。
食堂から出ておばさんに井戸の場所や雑貨の類、武器なんかを売っている場所を聞いた。
井戸は予想通りすぐ近くにあり、他の店の場所も大体分かった。特に店の場所は全て大きな通り沿いなのでありがたい。細かい道に入った瞬間に迷子になる自信がある。
井戸は宿から出て二件隣の位置だった。井戸の側まで行くと人が並んでいるのが見える。
面倒くさくなった俺はそのまま踵を返して部屋に戻った。
そう、これはテストだ。
魔力量を確認するためのテストなのだ。
感覚的には、最初に魔術で水を出した時に使った魔力量と解析に必要な魔力量は同じくらいに感じた。
なら、ここで解析の使用と同じくらいの魔力を使って水を出し、魔力量の変化を見れば解析にどれくらいの魔力を使うのか確認できる!
そうと決めたら実行する。木桶の上で手の平の上に水を出し、顔を洗う。その後手拭いで顔を拭いて【固有札】を確認する。
すると【魔力量:12:6】に変化していた。一度の解析に魔力量「1」を消費するということか。
今日は起きてから解析二回分の魔力を使った。つまり朝起きた段階で俺の魔力は「8」あったということだ。
一晩休んで「8」回復か。回復量は割合計算なのか? まあ、これも解析すればいいだろう。今は魔力がもったいないからパス。
そういえば俺は昨日、全魔力を使い切ったが何も起こらなかったな。体調不良とか気絶とか、魔力を全部使った場合のパターンは(フィクションの世界には)色々あるが何も起こらないのは助かる。
まあ、魔力を使い切った喪失感みたいなのはあったが、感情でカテゴライズするなら「疲れた」程度のものだから無視できる。
現状、魔術を全く使わなかったと想定して一日に解析を使える回数は八回ということになる。
色々解析したいのに、もどかしい。順序としては魔力量を増やすこととか回復量を増やすことに解析を使うべきだろう。じゃないと効率が悪い。
ここは「魔力量やその回復量について」解析し、得られた情報からそれらを強化するという流れだな。
しかし今日はあと六回分か。解析する対象は慎重に定めないとな。
とりあえずは「魔力量やその回復量について」【解析】をかける。すると、普段の倍の量の魔力が使用された。
魔力量の最大量は総合等級と各【能力】の最大等級を足した数に【魔力】等級と【魔術】技能の等級を足した数をかけることで求められる。
魔力の回復量は六時間の連続した睡眠をとることで、総合等級と【耐久】等級を足した数に【魔力】等級をかけた値に等しい。
魔力を「2」消費したのは、実質的に解析した対象が二つだからか。これは対象指定をしっかり考える必要があるな。
しかしややこしい。計算式で表現しよう。
最大魔力量=(総合等級+最大能力等級)×(魔力等級+魔術)
魔力回復量(要六時間睡眠)=(総合等級+耐久等級)×魔力等級
となる訳か。
俺の今の【能力】と【魔術】を【固有札】で確認し、計算してみる。
数字が小さいからこの程度なら余裕で暗算できる。
計算は省くが、魔力量の最大値は「12」になるし、回復量は「8」になる。
解析に使える魔力はあと「4」か。
魔力量や回復量を高める要素は「総合等級」「【魔力】等級」「【耐久】等級」「【魔術】等級】という認識でいいだろう。
俺の【能力】で最大の等級は二級だ。実数値に差こそあれ、全ての【能力】が二級な現状、この認識で問題ない。
そして魔力量と回復量の両方の要素として「総合等級」と「【魔力】等級」がある。これらを主に強化するとして、他二つもそれなりに。
現状で建てられる方針としてはこんなところか。
方針が定まれば次の問題が浮上する。
まず、総合等級とは何か。ちなみに【固有札】で確認することもできるが。
総合等級とは、個体そのものに対する評価である。
という情報しか出てこない。
その評価というのは戦闘能力なのか、使用した経験点の量なのか、【能力】や【技能】なんかの等級から計算されるのか。
色々推測はできるが、これという推論もない。
ここは【解析】するか。
総合等級は対象となる個体の【能力】【技能】【特殊】等級の内、最も高い等級三つを平均した値に等しい。ただし、端数は除く。
三つの等級の平均か。端数は除くっていうのは、割った時の余りを無視する、でいいのだろうか。
四捨五入とかの可能性もあるが、とりあえず置いておく。
俺のステータスで一番高い等級は二級だ。【能力】の五項目が二級なのだから、そのまま平均値を出して総合等級二級ということなのだろう。
そうなると、総合等級の計算式を確かめるために【魔力】の等級を上げたくなってくる。実数値は「5」だから、三級にするには二回成長させればいいはずだ。
そこらへんは解析してない推論だが、多分合っている。
どの道【魔力】を成長させてみれば分かるのだが、それに必要な経験点が分からない。
ここは解析しかないだろう。
しかし何を対象に解析するべきか。【魔力】を成長させるのに必要な経験点、という条件だと下手すりゃこの一回にしか効果が無いことになる。
それに、技能を成長させるのに必要な経験点も調べたい。
が、解析の乱発は魔力量の関係でしたくない。
どうするべきか。
明けましておめでとうございます。
書き溜め分を全て投稿しました。書き溜めって言えるほど溜まってないですけど。
毎日更新できるよう頑張っていきたいと思います。
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