第三十三節
今のはなんだ、誰か何かしやがったのか、何が起こった、お前も感じたのか。
そんな声がそこかしこで聞こえる。
怒号一歩手前のそれは、不安の発露だろう。
かく言う俺は突然の事態に付いて行けず、どこか一歩引いたような冷めた視点のままフリーズしていた。
反応こそ様々だが、考えていることは皆一緒だろう。
「うるせぇ!」
咆哮が響き渡る。
声の主は、マスターだった。
「揃いも揃ってアホ面晒しやがって。おい、今のはここに居る全員が感じた、そうだな?」
マスターの質問、というか確認に、その場にいる誰もが頷く。
それを見たマスターは続いて指示を出した。
「外の連中もさっきのを感じたのか聞いて来い。ほら、行け!」
その指示で酒場に居た約半数が外に飛び出して行った。
俺は残りの半分の方で、未だカウンター席に居る。
マスターは残っている俺たちを見回して。
「お前ら、何か変わったことはないか。体調はどうだ。壊れたものはないか。何でもいいから気付いたことがあれば言え」
と言った。
マスターの一喝で幾分冷静になっていたためか、はたまた混乱しているが故に素直なだけか、ほとんどの人はマスターの指示に従った。
俺もその例にもれず、ざっと分かる範囲で確認する。
健康状態は、問題なさそうだ。
気分が悪くなったり、体が痛くなったりはしていない。
自分の【固有札】を確認してみても、生命力や魔力が減っているなんてこともなかった。
今度は自分の持ち物、および周囲を見回す。
仮にさっきのが地震なら、建物の方はどこか壊れているかもしれない。
まあ、元いた場所で何度も地震を経験している身の上としては、さっきのはとても地震とは思えなかったけどな。
所有物に始め、床、壁、天井まで見てみたが、特に何かが壊れている様子も、変化した様子もない。
酒場にいる人たちの反応から見ても、何かあった感じはしなかった。
しばらくすると、何人かが酒場に駆け込んで来る。
それぞれ口々に街の人も同じ「何か」を感じたとマスターへ報告していたため、外に情報収集に出て行った人たちだろう。
その報告によると、少なくとも彼らが話を聞いた者は皆「何か」を同じタイミングで感じたらしい。
というか、そのせいで街は大騒ぎになっているそうだ。
勇者召喚の儀式の話は騒ぎこそ起こったが、何だかんだ言っても「対岸の火事」扱いだった。
かと思えばいきなりの事件(?)である。
余りの唐突さ、不可解さに混乱するのも仕方ないだろう。
しかし、本当に何が起こったのか。
その答え、というより影響は夕方頃明らかになった。
俺は「余計な混乱を招く可能性がある」とマスターに勧められずっと部屋に居たのだが、それでも何やら騒ぎが聞こえてきた。
今度はなんだ!?
昼の時みたいに何かあった感じはしなかったぞ!
そう思いながら一階に下りる。
酒場の様子は蜂の巣を突いたような騒々しさだった。
また、同時に物々しい雰囲気が漂っている。
ここが冒険者の宿である以上武装した人などいくらでもいるが、今酒場にいる冒険者の気配は臨戦態勢だ。
とりあえず状況を把握しようとカウンターへ向かう。
いつものようにカウンターの奥にいるマスターの表情も険しい。
冒険者の一人と話していたようだったので、それが済んだのを見計らって話しかけた。
「何があったんです?」
「ああ、厄介なことになった。詳しいことはそこらの連中に聞いてくれ」
マスターはそう答えると早々に話を打ち切り、他の冒険者と話し始める。
何やら忙しそうだ。
カイザはいないかと思い酒場を見回すが、その姿は見当たらない。
仕方がないのでそこらにいる人に聞いてみる。
「すみません、何かあったんですか?」
俺がそう聞くと、武装している冒険者らしき人は俺の顔を訝しげに見た後、「おお」と得心が言ったような反応を返してきた。
「お前か。外はえらい騒ぎだぞ」
と、武装している冒険者さんは話し始める。
どうやら魔物が街を襲撃しているらしい。
とはいえ、軍隊のように大きな群れだったり統率のとれた動きだったりするのではなく、それぞれが散発的に街へ突進してきては門にいる衛兵さんに特攻を仕掛けているとか。
今の所、衛兵と冒険者で協力して魔物を撃退できているからいいようなものの、下手をすれば街に魔物が入ると大騒ぎになっているらしい。
「魔物が街を襲うのは良くあることなんですか?」
俺がそう聞くと、武装している冒険者さんは苦笑で答える。
「そうそうあってたまるものかい。だからこそ騒ぎになってるんだがな」
だそうだ。
魔物は外壁には目もくれず、あくまで門にいる人を襲っているという。
その行動パターンは魔物そのものなのだが、そもそも魔物は一般的に一定の縄張りから出ることがない。
人を追いかけている時は例外だが、今回は逃げている人を追いかけて街まで来た訳でもないという。
「昼頃のアレが原因だろうって言われてるが、細かいことは何も分かっちゃいない」
というが、魔物の様子がおかしくなったのは昼の「衝撃」以降だそうだ。
外へ狩りに出ていた冒険者も、昼頃に「衝撃」を感じたらしい。
訳の分からない事態だったため、狩りは中断してすぐ街へ戻ろうとしたそうだ。
その途中、何を追っている訳でもない魔物が街の方向へ走っているのを見かけたと言う。
魔物の様子は普段と比べても常軌を逸しており、血走った目をぎらつかせ必死さすら感じる走り方だったらしい。
また、この街に向かって街道を歩いていた人は、昼の「衝撃」以降何度も魔物に襲われたそうだ。
街道とはいえ、全く魔物が出ない訳ではない。人の姿を確認した魔物は人を襲うのだから。
ただ、それにしても普通じゃ考えられない数に襲われたらしい。
因果関係を考えると「衝撃」が原因のようだが、それが魔物の襲撃とどう繋がるのかは分からない。
少なくとも分かることは、この街が、というよりこの街に居る人が魔物に狙われていること。
その程度だ。




