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RPG~Real Playing Game~  作者: KAITO
第一章「こんにちは異世界」
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第二十四節


 結論から言うと、俺は彼を殺す選択肢を選べなかった。


「大丈夫ですか?」


 立ち上がり、彼の所へ向かい手を差し伸べる。

 見た限りでは汚れこそ目立つが、怪我の類は小さい擦り傷や切り傷程度だ。多分、オークから逃げた時に茂みや木の枝に引っ掻けたのだろう。

 男は反射的になのか、俺の手を取った。

 

 その顔は未だに呆然自失としている。

 多分、まだ「助かった」実感がないのだろう。

 少なくとも彼自身にとって、今の状況は降って沸いた幸運により何故か生き長らえたようなもののはずだ。

 俺がその「降って湧いた幸運」というのは(俺にとって)皮肉だが。


 それに、冷静さを取り戻せば俺が彼の仲間を、そして彼らを「助けようとしなかった」ことに気付くはずだ。

 その時に彼がどんな反応を示すか…いや、過ぎたことは仕方がない。


 とりあえず手を引き彼を立たせる。

 足を痛めた様子はない。

 やはり座り込んでいたのは気が抜けたからか。


 彼の目に、少しずつ理性が戻る。

 完全な復帰を待つ方がいいのかもしれないが、俺はここから離れるのを優先した。


「とりあえず、ここに居たら危険です。森の浅い方に移動しましょう」


 そのまま手を引いて移動を促す。

 彼は一応、俺につられて移動し始めた。


「あの、もう大丈夫ですから、そろそろ手を放してくれませんか?」


 少し歩いたくらいで男がそう言ってくる。

 その声には困惑こそ含まれていたが、しっかりとした理性が感じられた。


「はい、分かりました」


 そう返して一旦足を止め、振り返って相手を見ながら手を放す。

 表情を窺う限り、怒りや憎しみといった感情は読み取れない。

 が、どちらにせよ、ここで言い合っている余裕も無い。

 そう思っていたのだが。


「ありがとう、助かりました。自分はカイザって言います」


 彼は体調を確認するように、自分の体をあちこち触りながらお礼の言葉と自己紹介を口にした。

 一瞬、腰の鞘に剣がないのを確認した時だけ顔を(しか)めたが、他は特に問題ないと判断したようだ。


「お…私はクーヴィルです。よろしく」


 つい俺と言いかけた。


 彼、カイザは一つ頷くと、真剣な表情で切り出した。

 思わず、精神的に身構える。


「えっと、戻る、んですよね?」


「え、あ、はい。とりあえず森から出ようかと」


 咄嗟にそう答えたが、俺は、何というか少し混乱していた。

 俺はてっきり責められるとばかり思っていた。

 しかし実際には、責められるどころかお礼を言われたのだ。

 予想外の事態に混乱しても仕方がないというものだろう。


 変な顔をしていたのだろう。彼は俺を見て少し訝しむように目を細めたが、すぐに気を取り直して質問してきた。


「質問なんですが、残りの魔力はどんなもんですかね」


「あー…、オーク一体なら何とか…ってくらいです」


 つい数字で答えようとしてしまったが、ぎりぎり思い止まった。

 魔力量の具体的な把握は解析によるものだ。

 他の人は消費も残りも経験則と感覚で計っているはず。

 危ないところだった。


「それなら急いだ方がいいか…」


 一言呟いた彼は、手を腰の後ろに回し短剣を取り出す。

 それは俺が持っているナイフよりも少し刃渡りが長く、いざという時には予備の武器として使えるように選んだものだと思われる。

 彼が下げている鞘の長さは俺の剣のそれに近いため、本来の得物とは勝手が違うだろうが何もないよりはマシだろう。


 急いだ方が良いというのは同意見なので、とりあえずは森から出ることを優先する。

 彼の発言から推測する限りでは、俺と共闘して森から出る意思があるようだ。なら、当面は問題ないだろう…と思いたい。


 その後は互いに無言だった。

 ぺちゃくちゃ喋っていたらすぐ魔物に見つかるだろうから当然だが。

 俺は、用心に用心を重ねて進む。

 陣形(?)としてはカイザが前で俺が後ろだ。単純に前衛と後衛に分かれている形なので、どちらから言い出すこともなく自然にこういう形になった。


 これは推測だが、カイザは【隠密】や【探知】の技能を持っていないのではないか。

 隠れようとしているのも、周囲を警戒しようとしているのも、後ろから見ている限りでは理解できる。

 だが、何というか、俺も偉そうなことを言えた義理ではないのだが、あまり上手くない。

 これが【技能】の有無か。


 途中で何度か魔物に遭遇しかけたが、隠れてやり過ごしたり俺が隠れている魔物を見破ったりして何とかやり過ごしていた。

 しかし、別の問題が発生した。


 暗くなってきたのだ。

 夕闇が少しずつ森を染め始める。

 感覚的には、まだ森の外は遠い気がする。

 これは森の中で一晩明かすことになるか。


 そう思いながら進んでいると、変な生物が一匹、俺の視界に入った。

 フォルムは人のそれに近い。

 が、その体は毛皮で覆われ、指先には鋭い爪が生えている。

 顔を見る限りでは、それは人に近い姿をした狼だ。

 確か、あれはコボルトだ。


 何度か遭遇しかけた魔物はこちらに気付いてはいなかったが、コボルトは既にこちらに気付いているようで俺たちの居る方へ走っている。

 その目は真っ直ぐ俺たちを…というよりカイザを見ていた。

 俺には気付いていないのか。


 カイザも近づいて来るコボルトに気付いたようだ。


「くっ」


 と声を漏らし、一瞬俺の方を見て俺が気付いているのか確認すると、短剣を構え直した。

 どうやら迎え撃つ気らしい。


 仕方ない。

 俺も(一応)剣を構えてコボルトに向き合う。

 魔術で石の弾丸を放つ前に、コボルトはかなり近くまで走り寄って来た。

 それを迎え撃つように魔術を放つ。


 が、コボルトは横っ飛びで避けた。


 躱された!?

 拙い、魔力の残りは少ないってのに!


 カイザはコボルトを迎撃するためか前に出る。

 俺の視線を遮らないように気を付けているのか、絶妙な位置取りだ。


 しかし、続けて魔術を撃つ気になれない。

 もう魔力がヤバい。


 そんなことを考えている間に、カイザとコボルトは更に前へ出る。

 既に両者の距離はもう一息といったところだ。


 魔術を温存するため、剣のリーチに入るため俺も前に出る。


 俺が接敵する前に、既にカイザはコボルトに斬りかかっていた。


「はあぁっ!」


 気合と共に短剣を振り下ろす。

 コボルトは回避しようと体を捻るが、刃を首に受けて盛大に血を吹き出した。

 カイザは少し離れ警戒を続けているが、コボルトはそのまま動かなくなった。


 コボルトが具体的にどれくらいの強さなのかは知らないが、まさか魔術を避けられるとは思わなかった。

 下手をしたらオークより強いのか?


 本来ならここでコボルトから皮なんかを剥ぎ取るのだろうが、どうするべきか。

 臨戦態勢を解いたカイザと目が合う。


「これは置いてくしかない、ですよね?」


 彼も同じことを考えていたようだ。


「そうですね。荷物を増やす余裕はないと思います」


 そう答えると、彼は少し悔しそうな顔をするも、すぐにコボルトの死体から視線を外す。

 その先は森の外だ。


「でも、どうするんです? このままじゃ日が落ちるまでに間に合わないですよね」


「そう、ですね」


 森の中で夜を明かすのは極めて危険だ。

 火を焚けば「ここに獲物がいるぞ」と宣伝しているようなもので、闇と森に紛れてどれだけの魔物が襲いかかって来るか分からない。

 かといって、灯りが無ければほとんど何も見えず、魔物に見つかったらほぼ確実に奇襲される。


 急いで、つまり森を出るまで走るという選択肢もあるが、当然道中にいる魔物には見つかるだろう。

 ひたすら逃げても、魔物は同じくひたすら追いかけて来るのだ。


 俺は腹を決めた。


「走りましょう。魔物は振り払えそうなら放置で、駄目そうなら速攻ということで」


 そう告げると、カイザはにっと口角を上げ不敵な笑みで返した。


「了解だ」


 そこからは単純だ。

 ただ、森の外に向かって走った。

 流石に無理矢理茂みを掻き分けてまで直進している訳ではないが、それに近い強行軍だ。


 日が沈む。

 夕焼けが完全に空から消えた頃、俺たちは草原で寝転がり息を整えていた。

 幸い、道中にはコボルトがもう一匹襲いかかって来ただけだったので、さほど問題はなかった。

 もしかしたら、離れた位置にいた魔物が俺たちに気付いていたかもしれないが、少なくとも現状、追って来ている気配はない。


 助かった、のだろう。

 ここはまだ街の外だから、油断することはできない。

 が、森の中に比べれば格段に索敵しやすい。

 とりあえず一安心だ。


 息も整ってきたので立ち上がる。

 俺たちは疲労で重くなった足を街へと向けた。


「はあぁ…」


 カイザは深い、安堵の溜息を吐く。

 そこには生存の喜びが強く込められていたように感じたのは気のせいではないだろう。

 俺でさえ九死に一生を得た思いなのだから、実際に死に掛けた彼にとってはどれほどの思いなのか。


「本当に助かりました」


 と、今度は俺を見ながらお礼の言葉を口にした。

 その声に、嫌味っぽさや非難の色はない。

 本当に、感謝の念が感じられた。


 それ故に俺は、きつい。

 俺は彼を見捨てようかと迷ったのだ。

 結果的には助けた形になったのかもしれないが、帰り道では彼にも助けられた。


「こちらこそ、助かりました」


 自己嫌悪混じりの言葉しか出てこない。

 彼がそれに気付いているのかどうかは分からない。

 彼は笑顔で返すと、前を向く。

 視線の先には、月に照らされた街の外壁が見えた。


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