第十七節
街に着いた時の時刻は分からない。
少なくとも午後だろうとは思うが、空はまだ赤くなかった。
門にいた衛兵さんは俺の背に乗せられた袋よりも手に持った緑烏を見て少しびっくりしていた。
あの森に一番近い門にいるのだから、これくらい見たことあるだろうに。
と思いながら【固有札】を見せつつ聞いてみると、俺のように丸々そのまま手に持って来る奴は初めてだとか。
冷静に考えれば当然だ。片手が埋まってしまうんだから。
少し乾いた愛想笑いで返しつつ、一応は問題ないとのことで街の中へ。
一応、とついたのは手にしている緑烏のせいである。
やっぱり一般市民には驚かれるのだろう。
栄光の剣亭に帰る道中、周囲の視線が凄く痛かった。
思わず【固有札】で生命力を確認してしまったくらいだ(減っている訳ないのだが)。
いつも使っている表の入り口から入ろうとしたら、後ろから誰かに呼び止められた。
「待て、そんなものを持って入るつもりか?」
振り向くと、髭面の小さい男性がいた。
しかも毛の色が水色である。
奇抜だ。目に悪そう。
「ええ、自分はこれでも冒険者なので」
と答えれば分かって貰えるかと思ったのだが、髭面さんはやれやれといった風に溜息を吐く。
「小僧、新前か? こういうのは裏に持っていくもんだ」
と言われた。
この人、冒険者だったのか。
説明を求めると乱暴な言葉遣いとは裏腹に、意外にも丁寧に説明してくれた。
冒険者の宿では冒険者から色々と買い取ってはいるが、表(酒場の方)で買い取るのは宝飾品や魔石、魔導具などの小さく貴重な品だそうだ。
魔物の素材などは宿の裏手にある場所に持って行くものだ、と。
「小僧がついてった連中はそんなことも教えちゃくれなかったのか?」
「いえ、一人でしたから」
そう答え、お礼を言って宿の裏手に向かおうとする俺に髭面の先輩冒険者は再び声をかける。
「新前の小僧、あまり欲を張ると早死にするぞ」
真剣な声音だった。
どうやら忠告してくれたらしい。
良い人だ。
「はい。一応、無理しない程度に頑張ろうと思ってます」
振り返ってそう答えたが、鼻で返された。
やっぱりこの量は取って来過ぎだったか。両手埋まってるもんな。
「で、そっちのは?」
髭面さんは俺が背負っている袋を顎で指す。
中身のことか? 気になるのだろうか。
「ビッグラビットの肉と毛皮です」
そう答えたら今度は完全に呆れるようにして溜息を吐かれた。
この人、良い人なんだろうけど色々失礼じゃね?
「全部持って来る奴があるか。少しは選んで捨てろ、全く…」
言い捨てながら髭面さんは宿の中に入って行った。
俺は心の中でもう一度感謝の言葉を送り、宿の裏へ移動する。
宿の裏は、商品の置いていない半露店のような感じだった。
物珍しげにきょろきょろと見回していた俺に気付いたのか、青年が俺の方に向かってくる。
その表情は苦笑のそれだ。
「やあ、冒険者かい?」
そう聞かれたので、「ええ、ついこの間から」と答えつつ【固有札】を見せる。
青年はそれを確認すると、先ほど髭面さんに注意されたようなことを、もう少し優しく教えてくれた。
「とりあえず買い取りに入ろうか」
ある程度話すと青年は布の敷物を持ってきて、戦利品を見せてくれと言ってきた。
彼が買い取り係りなのか。
青年が敷いた布の上に、一応説明しながら緑烏とビッグラビットの毛皮と肉を並べる。
ビッグラビットの肉を並べる時に、青年が再び苦笑していたようだがスルーだ。
「これで全部です」
俺がそう言うと、青年は検品を始めた。
多分、モノが俺の説明通りのものなのか、その質はどうなのかを確認しているのだろう。
まあ、当然だな。
しばらくその様子を見ていようとしたが、ふと気になったことがある。
俺が並べたのは間違いなくビッグラビットの肉だが、既にバラバラに解体してある以上、それが何の肉でどの部位のものなのかを確認するのは難しい気がする。
少なくとも俺の目には見分けなどつかない。
もしかしたら、何らかの【技能】を使っているのではないか。
そう思ってしまった。
まだ魔力は残っているし、いいか。
俺は青年の【技能】を【解析】してみた。
結果は【弓:(+3)一級】に【鑑定:(+3)一級】だった。
え、【鑑定】って。
これ【解析】と被ってるんじゃないのか?
いや待て、下手したら俺のチートが見られるかもしれない。
ゲームやフィクションだと「鑑定」と言えばキャラクターやアイテムのデータを見るものと相場が決まっている。
ヤバい。どうなんだろう。
と、とりあえず【鑑定】を【解析】してみる。なんか奇妙な表現だな。
【鑑定】の技能を持つ者は、既知の情報から対象物を判別する技術を得る。(また、対象物の質の把握や既知の情報から対象物を推測する際にも補正)
あ、内容としては文字通りの「鑑定」なんだね。
いや、でもそうじゃないんだ。この技能によってチートがバレるかどうかが問題なんだ。
もう一度、今度は「【鑑定】によって【固有札】の内容を読み取ることができる」かどうか【解析】してみる。
不可能。対象の人物が自身の知る人物であるかどうかを判別することは可能だが、総合等級や【能力】の等級などを知ることはできない。
多分大丈夫、ということだろうか。
バレると問題なのは、俺の出自と【固有札】の各内容くらいなので、【鑑定】については問題なさそうだ。
焦った。かなり焦った。
しかし冷静に考えてみれば、【鑑定】が【解析】に似た効果のものだったら、魔石の構成なんかもとっくに割れているはずだ。
そうなっていないということは、【鑑定】はそこまで万能な能力じゃないということだ。
要は目利きの延長なのだろう。
とはいえこれは便利だ。
俺の【解析】と合わせたら絶大な効果を発揮する気がする。
後でとろう。
俺が一喜一憂(順番が逆だが)している間に【鑑定】が終わったのか、青年が俺に向き直った。
「緑烏は丸一匹、ビッグラビットは下手な処理だが質は良かったから、おまけして全部でストルオス銀貨一枚だ」
驚愕した。
一回の狩りでストルオス銀貨一枚だと喜ぶ前に、確認しなければならない。
俺の耳がおかしくなっていなければ、彼は今「緑烏」と言った。
確かに俺はあの「緑色の烏にしか見えない魔物」を「緑烏」と内心呼んでいたが、それが正しい名前だとは思っていなかった。
しかし、青年までもそう呼んだのだ。
これはどういうことだろう。
他の魔物、ゴブリンやビッグラビットはカタカナな名前な上英語表現だ。にも関わらず、こいつだけ「緑烏」なんてのは明らかにおかしい。
疑問に思ったところで、すぐに答えが出た。
そうだ、【自動翻訳】だ。
そもそも、俺と彼では使っている言葉が異なっている。
街の名前が「グノーズ」、国の名前が「ストルオス王国」、副隊長さんの名前が「ダイン」と聞き取れたので名詞はそのままなのだろうと思っていた。
そう、思い込んでいた。
だから、魔物の名前もそれぞれの名前そのままなのだと思い込んでいた。
ちゃんと考えれば聞きなれたゴブリンという名前や、英語なビッグラビットなんて明らかにおかしい。
これらも【自動翻訳】された結果なのだろう。
だが、俺があの魔物を「緑烏」と認識していたせいで、青年の言葉が「緑烏」に【自動翻訳】されてしまった。ということだろう。
これは面倒だ。どうすべきか。
と思ったが、妙案が浮かんだ。
森で狩りをしていた時は意識的に【探知】や【隠密】を使っていた。
正確には「使う」という動作はないが、それぞれの【技能】を意識しながら探索したり気配を探ったりしていた。
今は使っていないが、その効果が消えている訳じゃないと思う。
しかし、そこには差があるのではないかと思えた。
例えば街中で俺はかなりの視線を浴びせられたが、【隠密】を使っていればもう少しマシだったかもしれない。あれ、今更気付いた。なんでそうしなかったし。
そういえば最初に【隠密】技能を習得していた冒険者さんだって、普通に見つけられた。
いや、探していた訳ではないのだが、普通に目に入ったのだ。
つまり、その気がなければ効果が発揮されていない。
なら、意識的にその効果を弱めることができないか?
試しに俺は【自動翻訳】を意識して聞き返してみた。
「すみません、さっきこれの名前って何と言ってました?」
緑烏を指差す。
青年は俺が駆け出し冒険者だと知っているのか気付いているのか、変な顔をせず答えてくれた。
「リーフクロウか? 羽根はペンの材料になるし、肉も結構イケるな」
リーフクロウか。英語だな。
この名前は多分、枝に止まって葉っぱに擬態しているところから付いたのだろうと思う。そしてやっぱり烏だったか。
これは固有名詞というより、この魔物を表す呼び方なのだろう。柴犬を「日本犬」と呼ぶような呼び方だ。
そしてその名前が【自動翻訳】によって俺の認識である「異世界(西洋)風」に変換された結果が英語なのだろう。
なら、これを和名化させることもできるのか。
もう一つの疑問も含めて試してみるか。
俺は対象を和名で呼ぶように意識しつつ口にした。
「なるほど、これは葉烏と言うのですか」
青年の反応は、異変なし。
成功だ。
俺の認識だと「リーフクロウ」も「葉烏」も同じ意味だ。英語か日本語かの違いだからな。
しかし、その「音」は完全に異なる。
だが、青年は特に「何言ってんだこいつ?」みたいな反応はしていない。
正確に意思疎通ができている、のだろう。
これで確定だな。【自動翻訳】は便利だが問題もある。
例えば俺がエルフやドワーフと思っていた種族は、そう呼ばれていない可能性がある。
というか呼ばれていないだろう。
このままではこの世界の名詞を変な形で覚えそうだ。
今後は【自動翻訳】の効力を少し落として、この世界流の呼び方を認識していこう。まあ、和名が多くなると異世界情緒がなくなるから適度に英語でいいんだけどね。
盛大に脱線していたが、本題に戻ろう。買い取りだ。
リーフクロウ一匹に下手な処理のビッグラビット一匹分でストルオス銀貨一枚になるのか。
ボロ儲けじゃないか?
これで冒険者としての義務である「神聖銅貨五枚」分は支払える計算だ。
こんなに楽なものなのだろうか。
いや、チートの効果だな。
俺には経験点一万点があったから、しっかり【能力】を上げることができたし、【限界突破】があったから【技能】も大量に習得できた。
普通ならこうはいってない。
気を抜かないようにしないと。
とりあえず、以前と同じ轍を踏まないように。
「では、神聖銅貨五枚でお願いできますか?」
と彼に答えた。
青年は「分かった、少し待っててくれ」と言うと、一旦建物の中に入って行った。
金を取ってきているのだろう。
そして案の定、戻ってきた彼はそのまま俺に神聖銅貨を五枚渡し、一緒に連れてきていた少年に荷を運ぶように指示していた。
多分、これからリーフクロウの解体とかするのだろう。
最後は軽く挨拶してそのまま別れる感じだった。
面倒な交渉もないし、値段も俺としては文句がない。
今後も彼にはお世話になるのだろう。




