第十五節
朝の鐘に俺は半ば飛び起きるように目覚める。
まずは生命力と魔力量を【固有札】で確認する。
それぞれ【生命力:29:27】【魔力量:56:30】となっていた。魔力量は計算通り、生命力の回復量は「7」?
三の倍数じゃないってことは、総合等級の三倍ってわけじゃなさそうだ。他に関係してそうなのは…【耐久】かな?
そう考えると合点もいく。回復量は【耐久】の実数値なんじゃないだろうか。
これも今度解析しよう。
ざっと朝の支度をして部屋を出る。といっても荷物なんて戦利品を入れるための袋と水袋くらいだ。街を出る前に水を入れておかないとな。
一階に下りてカウンター席に座り、給仕をしている少年にストルオス銅貨二枚で朝食(酒抜きと事前に言っておいた)を頼む。
朝の酒場は独特の雰囲気だった。
朝まで飲んでいたような者もいれば朝から飲み始めているらしい者もいる中で、依頼や魔物狩りの打ち合わせをしている者もいる。
退廃的ながらも活気のある感じは如何にも冒険者といった感じだ。
食事を終えると宿から出て近くの井戸に向かう。
魔術で水を出すことはできるが、魔力を浪費したくはない。
井戸には多くの人が並んでいた。
時間がかかる。面倒だ。
今後は前日の内に確保しておく方がいいか。
そこそこ時間がかかったが水は確保した。
今日は暗くなる前に帰る予定だから、食べ物の類は要らないだろう。
準備は整った。
いざ、街の外へ。
狙いは街の近くにある森だ。事前にマスターから聞き出した、この辺りの駆け出しに丁度いい場所らしい。浅い場所なら魔物も弱いと言っていた。
最初にこの街に入った時とは正反対の方向にあるらしい。
門から出ようとした時にも【固有札】をチェックされる。
名前と種族、追記にある「冒険者」の部分だけ見せたが、問題はなかったらしくそのまま素通りだった。
衛兵さんが俺を見る目が生温かかった気もするが、気にせず通り過ぎた。
街から森までは徒歩で体感二十分といった距離だった。
森と言うからには木々が鬱蒼としていて薄暗いのかと思っていたが、木は密集しない程度に生えていて地面には茂みも多い。
適度に動き易そうかつ隠れ易そうだが、それは魔物にとっても同じだろう。
気を引き締めて進もう。
技能【隠密】で気配を消してこそこそ移動しつつ、【探知】で魔物を探す。
狙いはゴブリンやビッグラビットと呼ばれていた魔物だ。
前者は駆け出し冒険者が経験を積むのに良い魔物らしい。外見は緑色の肌、子供程度の身長で毛髪がない。割と良くあるゴブリン像だな。石器レベルの武器を持っているとか。
後者は駆け出し冒険者が金を稼ぐのに良い魔物だそうだ。皮は色々な用途に使われる上、肉は美味しいらしい。外見は普通の兎らしいが、その大きさは大型犬ほどもあるそうだ。すばしっこいから攻撃が当たり辛いとか言っていたな。
駆け出しに勧めるくらいだから、そこまで強くはないのだろう。等級で言えば一級のはずだ。これで二級や三級だとしたらかなりキツイな。
魔物を探して森の中をうろうろしていたら、何か違和感があったので目を向ける。
一本の木の枝、その上に鳥が止まっていた。足が焦げ茶色で羽が緑だったのでパッと見では分からなかったようだ。
緑の鳥は俺に見つかったことに気付いていないようで、枝の上から動かない。
あれは魔物だろうか? 分からないが、試しに狩ってみよう。
俺は隠れていられる限界まで近づいて、魔術を使った。
落雷のような電撃を放つイメージだ。
魔力が消費される感覚と同時に魔法が成る。
異音と閃光、それに鳥は気付くことができただろうか。雷撃は一瞬で命中し、鳥が枝から落ちる。
嗅ぎ慣れないオゾンの匂いの中、鳥は既に動かなくなっていた。
それでも念のためにナイフを抜き、できるだけ離れた位置からつつく。
完全に動かないことを確認すると、知らず知らずに深く安堵の息を吐いた。
緊張していたらしい。
心臓がバクバクと音を立てる。
そりゃそうか。
これは実戦なんだからな。
周囲を警戒しながらも、倒した鳥を観察する。
外見は「緑の烏」と言えば分りやすいだろう。
電撃を浴びはしたが、焦げているような感じはない。そういうものなのだろうか。
冷静に考えたら、電気って電流が流れないと駄目だったような気がする。こんな直接電撃をぶつけるようなやり方でもよかったのだろうか。
まあ、魔術によるものだからちゃんと物理法則を当てはめようとする方が無理な話か。
そういえば、と思い出したように魔力量を確認する。どうやら先ほどの魔術では「2」の魔力しか使っていないようだ。
あれが「2」って、魔術強いな。
この緑な烏から売れるものを剥ぎ取りたいのだが、これの話は聞かなかったからどうすればいいのか分からない。
そもそも魔物なのかすら分からないのだ。
と思っていたのだが、閃いた。
経験点を確認すればいい。
経験点が増えていたならば、これは魔物だったということだろう。
早速【固有札】から経験点を確認する。
現在保有している経験点は千二百六十五点。
四点増えていた。
ということは、これは魔物だったのだろう。
こいつ一匹で四点か。【経験の深化】で倍加されているはずだから、元は二点。
経験点の取得量はどういう計算なのだろうか。気になる。
あとで解析しよう。
緑の烏はどうしたらいいのか分からなかったので、適当に血抜きをしてそのまま持ち帰ることにした。
ただ、血抜きには時間がかかる。先ほどの戦闘音と血の匂いで魔物や肉食動物が寄ってくるかもしれない。
だから俺は、緑の烏の死体とその血を囮にする形で茂みに隠れることにした。
何事もなければ血抜きの済んだ緑烏を袋に入れて狩りに戻ればいい。何か近寄ってきたなら、場合によっては観察、いけそうなら狩る。
そういう心積もりだった。
もちろん、緑烏の死体がある場所ばかりに気を取られていないで、周囲の気配にも注意する。
やっぱり【探知】と【隠密】は便利だ。
しばらくして緑烏から滴る血が収まってきた頃、俺は緑烏に近付く気配を察知した。
周りを警戒しているのか、ゆっくりとした速度だが草むらでガサガサと音を立てつつ進むモノ。
気配からすると複数だが、正確な数は分からない。
緑烏の死体は少し開けた場所の中央に置いてあるため、これを取りに来たならば相手を視認できるようになるだろう。
息を潜めて待つことしばし、現れたのは三体のゴブリンだった。
緑の肌、小さい骨張った体、手には石の棒のようなものを持っている。
あれなら一目でゴブリンだと分かる。
ゴブリンたちはやはり警戒しているようで、何やら言い合いながらゆっくりと緑烏の死体に近付く。
ちなみに声は「ゴブゴブ」じゃなくて「ギャイ」だの「グギ」だの「ギエエ」だのと、耳障りな感じだった。地味に期待してたのに、「ゴブゴブ」だったら面白いのにと。
周りを確認するが、他に近付いている気配はない。あのゴブリンたちにお仲間がいる訳でもなさそうだ。
なら、このまま狩らせてもらおう。
ゴブリンから取れる肉は少ない上に臭くて不味く、皮も上等じゃないという理由でゴブリンからは金になる素材が取れないそうだ。
故に、今度は後のことをあまり考えずに攻撃できる。
範囲攻撃っぽい魔術を使おうかとも思ったが、緑烏まで巻き込みそうだ。あれがどれくらいの額で売れるのかは知らないが、折角血抜きまでしたのだからちゃんと持ち帰りたい。
仕方ないから、このまま奇襲で一匹ずつ狩るか。
茂みに隠れたまま魔術を行使する。
イメージは銃弾。石の弾丸が魔力という力を得て発射されるイメージだ。
一発目、わざと緑烏から一番遠い奴を狙う。
石の弾丸は静かに発射され、ゴブリンの頭に吸い込まれるように命中し風穴を開けた。
発射音ではなく、命中した音に他の二匹が気付く。
何が起こったのか確認するべく振り向こうとするゴブリンたち。
しかしその前に二発目が発射される。
狙ったのは緑烏に一番近づいていたゴブリンだ。
迫り来る弾丸に気付くことすらできず、そのまま頭を吹き飛ばされる二匹目のゴブリン。
最後に残ったゴブリンは一匹目をやっと確認し終えた状態だ。
息を飲むような驚愕が伝わってくる。
それが恐怖に変わる前に、三発目が放たれた。
驚きに固まっていたのか、はたまた何か行動を起こそうとしていたのかは分からないが、三匹目のゴブリンも撃ち抜かれ物言わぬ骸と化した。
実際にはどれくらいの時間でことが成されたのかは分からないが、俺はその一瞬をとても長いものに感じていた。
初めから速攻で倒す予定ではあった。
例えば大声を上げられて森の奥から魔物がわらわらと押し寄せてこられたら逃げられるかどうか分からない。
だからまともな抵抗すらさせずに倒す。
それが目標だったのだが、思いの外上手くいった。
多分、狙った順番が良かったのだろう。
念のため周囲の気配を探ったあと、素早く緑烏を回収する。
頭や首から血を吹き出しているゴブリンたちは無視だ。
緑烏を袋に入れて、森の中の広間から離れた。
そのまましばらく進んで、一旦森の外に出た。
森のすぐ外は草原だ。見晴らしがいい上、遠くに見える丘を除けば密集して生える高い草もないため隠れる場所はない。
とりあえず一安心と、俺は適当に座り込む。
「ははっ」
声が漏れる。笑い声だ。
フィクションでは最初の狩りなんかで魔物の死体を見て気分を悪くする主人公がいる。
俺自身、車に轢かれた猫の死体くらいなら見たことがあるが、動物を殺したことはない。
だから、俺もグロテスクな死体を見て気分が悪くなったりするんじゃないかと思っていた。
なるほど確かに若干生理的嫌悪感を感じた。
しかし、それ以上に感じるこの達成感。
相手の運命を手中にした時の支配感。
命を奪う寸前の全能感。
勝利を確信した瞬間の優越感と爽快感!
これは格別だ。
略奪の悦楽、強者の愉悦。なんて単語が浮かぶ。
思わず口角が上がり、手が震える。
この興奮、この昂揚感は堪らない。
あれからしばらく、俺は一人で笑っていたためか少し落ち着いてきた。
あんな興奮状態で危険な森の中にいたら簡単に不意を突かれそうだと咄嗟に判断して森から出たのは正解だった。
実際、俺はしばらく周囲の警戒を怠っていた。
そんな気が回らなかった、というのが正しいが、危険なことには変わりない。
ようやく冷静さを取り戻してきた俺は、とりあえず魔力量と経験点を確認することにした。
魔力量は「6」消費、一匹に「2」ずつ使っているようだ。
それでも頭を弾けさせるくらいの威力が出せるのだから凄まじい。
経験点は十二点増えていた。一匹につき四点、緑烏と同じか。
今回だけで、経験点は十六点稼いでいる。
これが多いのか少ないのかは分からないが、仮に一日で二十点稼げるとしたら十五日で三百点、一日ずつ休日を挟んだとしたら一月で三百点稼げる計算だ。
年間で計算すると三千六百点になる。
意外と少ないな。
いや、【特典】の一万点が多いのか。
しかも本来の経験点はこの半分なのだ。
これで少ないとか言ってたら他の冒険者さんたちに殺されるかもしれない。
よし、やっぱりこういう計算していると気分が落ち着く。適当な冗談が浮かぶ程度にはニュートラルに戻っている。
まだ日は高い。
魔力もまだある。
もう一狩り行こう。
主人公「クーヴィル」初めての戦闘です。
戦闘描写もそうですが、戦闘後の主人公の心理描写が難しいです。




