第十一節
あれこれ考えながらも適当に歩いていたが、この時点で既に魔力が残り「2」になっている。
このまま「栄光の剣亭」に行ってもろくに解析できなさそうだ。
一旦宿に戻るか。
俺は適当なところで踵を返し、宿に向かった。
その際に技能について色々考えていて、一つ気になることに思い当った。
俺は最初から【魔術】の技能を持っていた。これは【特典】で得たものでも「経験点」で得たものでもない。
ゲームでいうならキャラメイク時点で、初期スキルとして持っていたものだ。
もしかして、誰でも最初から一つは技能を持っているのか?
例えば目の前で喧嘩をするように交渉をしている商人と客も技能を持っているのだろうか。
試したい。戦闘向けじゃなくても便利な技能はあった。冒険者じゃないからこそ使い勝手の良い技能を持っている可能性を見出してしまった以上、これは解析せねばならない。
問題は、誰を解析するべきかだ。
冒険者はある程度狙いを定めて解析できた。
剣やら弓矢やらを持っているのだから、関連する技能を持っているだろうと予想がついたからだ。ほぼ確実に戦闘に、そして冒険者生活に便利な技能を持っていることだろうと。
しかし一般人の場合、魔物と戦うことなど(多分)ないだろう。つまり経験点は入らない。
この世界の人にも初期経験点があるのかは分からないが、初期技能くらいならありそうだ。
となると、便利な技能を持っていそうな一般人を狙って解析するべきなのだが…判断基準に迷う。
お金持ちそうな人を狙うのが安全か? それだけの金を稼ぐ才覚の根底は【技能】にあるのではという想像からの選択だ。
逆にせっせと働いている人を狙うという手もある。忙しそうに働いている人(または働かされている人)は、それだけの腕を持っていて重宝(利用)されているという考えだ。
どちらも間違ってはいない気がする。
なら金を持っていそうで忙しく働いている人を選びたいのだが、金を持っている人は、人を雇って働かせ自分は楽をしているというイメージがあるせいで見つかる気がしない。
と思っていたのだが、最適な職種を思い付いた。
商人だ。
それも個人営業している儲かってそうな商人なら条件にぴったりではないか?
そもそも個人営業とかあるのかどうか分からないが、それっぽいことをしている人はいるはずだ。
それっぽい人を探して解析しよう。
狙いは半露店だ。
儲かっている商人なら曲がりなりにも店を買って露店は卒業してるだろうし、逆に露店じゃない普通の店は冷やかしで中に入るようなものじゃないようだから今は狙えない。
となれば、儲かっていそうな半露店の商人を探そう。
宿に戻るのをやめて、色々歩き回ることにする。
途中で昼の鐘が鳴ったが、特に腹は減っていなかったため探索を続行。
適当に盛況な半露店の店主らしき人の【技能】を【解析】してみる。
しかし結果は【調理:(+3)一級】。商売と何の関係が。手作りして接待とかそういうことか?
完全に失敗ではないが、これは外れだ。
もしかしたらいずれ使うかもしれないが、今は不要だからな。
ただ、実験としては成功だ。
やはり初期技能システムは存在するようだ。
投げ遣りな気分のまま、解析した商人と話している人の【技能】を【解析】してみたら、「なし」という結果が返ってきた。
これは技能なしということか? 初期技能どこいった?
何か違いがあるのか? 初期経験点を使って技能を習得していたってことか?
多少混乱しながら見ていると、客の方はエルフであることに気付く。
初期技能は種族「人間」の種族ボーナスみたいなものなのか?
分からん。
とりあえず今日は魔力が尽きたため解析研究は終了だ。
時間は昼過ぎ少し。
寝るにはまだ早いが、かといって何ができるわけでもない。
経験点一万点の使い道でも考察するか。
若干失意のまま宿に帰ることにした。
帰り着き、しばらくボーっとして気分を切り替え経験点の使い方を考えていたのだが。
今は机に突っ伏している。
経験点の計算がかなり面倒だったのだ。
どれだけ消費してどれだけ残っているのか、あれを上げたらこれを上げるときの必要経験点はどうなるのか。
全部暗算でやろうとしたのがそもそもの間違いだったのだ。
これはメモが要る。
無いと無理。
ただ、多分この世界には「メモ紙」なんてないだろう。
この宿屋のカウンターにいるおばさんに宿帳を書かされたことはないし、おばさんが書いているところを見たこともない。
普通なら誰がいつどこの部屋に何日間泊まる、なんて記録をするはずだ。
冒険者の宿、冒険者組合にしたってそうだ。
登録している冒険者なら【固有札】を見れば分かるとはいえ、誰がいつどこで登録したのかとか、そういう情報を書類で残すものじゃないのか?
俺はそうしない理由なんて「媒体が無い(高い)」くらいしか思い浮かばない。
そういえば冒険者の宿で【固有札】に追記した情報に「二千三百八十五年一月十一日:残り神聖銅貨五枚」とあったが、あれは「二千三百八十五年一月十一日までに神聖銅貨五枚を支払う」なのか「二千三百八十五年一月十一日に更新、残り神聖銅貨五枚を一年以内に支払う」なのか、どっちだろう。
これが分かれば現在の暦が分かる。
今日は「一月十二日」の「二千三百八十五年」か「二千三百八十四年」だ。
長期契約とか予定合わせとかのためには、正確な暦を把握しておくべきだろう。
まあ、こっちは急がなくてもいいか。
盛大に脱線したな。
そんな訳でメモするものが必要なのだが、これに関しては知識がある。
土や砂に書いたり、木板を削って書いたりするのだ。
前者は地面に適当な落書きをする要領だ。木枠を用意してその中に砂を敷き文字を書くやり方もあるが、用意するのが面倒だし金がかかるから却下。
後者は西洋中世モノを読んでて得た知識で、当時は木の板の表面を削る要領でメモをしたらしいというものだ。表面全体を削ってしまえば再利用もできるとか。
木屑とか酷くなりそうだが、これを知ってからというもの、一度やってみたかったのだ。
よし、なんとかモチベーションが上がってきた。
そうと決まれば木板を手に入れよう。削るのはナイフがあるから大丈夫だろうし。
部屋を出て一階に下りると、変わらずカウンターにはおばさんがいた。なんだろう、最早守護神か何かかと思えてくるほど確実にカウンターにはおばさんがいる。
そうだ、とりあえずおばさんに聞いてみるか。
「すみません」
俺がそう声をかけると、外に出る俺を見送るつもりで当てが外れたのか、一瞬の間をおいて返事がくる。
「ああ、なんだい?」
「メモ用の木板とかありませんかね?」
俺がそういうと、おばさんは「あるよ」と言ってカウンターの下をごそごそやり始める。
今思ったのだが、メモって語源は英語だったはずだ。前にメモリーの略称だと思い込んでいて恥ずかしい思いをしたから覚えている。
そういえば、俺は細かく考えると日本語に英語、加えて和製外国語が混ざった言葉を話しているはずだ。
しかし【自動翻訳】は正常に効力を発揮している。
もしかして、これって「意訳」なのだろうか。
ちょっと考えている間に、おばさんはカウンターの下から一枚の木の板を取り出した。
大きさはそこそこある。少なくとも俺の顔よりは大きいだろう。厚さは指一関節分くらいだ。
「ストルオス銅貨五枚ね」
意外に高い。ちょっと使いたいくらいでこの大きさと値段はきつい。
「もう少し小さいのはありませんか?」
そういうとおばさんは大きい木板をカウンターの下に置き(多分置いている)小さ目の木板を出した。
こっちは手の平よりも少し大きい程度のもので、厚さはさっきの木板の半分以下だ。
「こっちならどうだい? ストルオス銅貨三枚だよ」
三枚なのか。ちょっと高い気もするが、まあこれくらいならいいだろう。
俺は銅貨を三枚渡してメモ用木板を手に入れた。
そのまま二階に上がり部屋へ戻る。
これで細かい計算ができる。
計算自体は桁の少ない単純な四則演算だから簡単なのだが、雑多にある計算結果を覚えておくのは無理だった。
試しに【剣】【体術】【防御】【探知】【隠密】を習得した上で【魔術】【体術】【探知】【隠密】を二級に上げるとするなら、必要な経験点は…五千六百点!?
技能の新規習得に必要な経験点が二百ずつ上がるのが大きいのか。
しかしソロで活動するのに必要なものを揃えた結果だ。しかもこの試算はあくまで「現状確認できている技能」だけでのもの。
経験点の需要がうなぎ上りの天井知らずだ。
他にも能力の成長もある。
能力の成長に関して色々計算してみたが、同じ能力になるように成長させたとしても、その順番によって最終的に必要な経験点に差が出ることが分かった。
効率がいいのは、一本伸ばしをして次へ、一本伸ばしをして次へと成長させていく方法だ。
成長させたい能力と能力の合計をかけていくのだから、能力の合計が低いうちに高い能力を成長させる方がいい。ということだ。
こうなれば【魔力】一本伸ばしでいってみるか? とも思ったが流石にリスキーすぎる。
ゲームならキャラをリセットするなり作り直すなりどうとでもなるのだが、現実じゃそうもいかない。
経験点を無駄に使うと分かっていても、平均的に伸ばすしかないだろう。
器用貧乏とか言われそう。やっぱり特化型はどこのゲームでも強いってことだな。
それでもソロは絶対だ。
これだけは譲れない。
俺は夕の鐘が鳴るまで部屋に籠っていた。




