第九節
説明を終えた途端に登録するのかとは。
まあ登録したくて話を聞きに来たと言ったのだから、そうなるか。
「その前に、二つ確認させてください」
そういうとおっさんは片眉をクイッと上げる。器用だな。
「なんだ」
「まず、ここの宿泊料金はいくらになります?」
「一人部屋ならストルオス銅貨で十六枚だ。ああ、飯やら何やらは含まれてない」
高いな。五割増しとはなんだったのか。
「次に、私は今麦の祝福亭という宿に泊まっているのですが、料金を明後日の分まで先に支払っているのです。今冒険者として登録すると、数日ですが」
「ああ、そういうことか」
途中で被せられてしまった。こちらの話を最後まで聞こうよ。
「お前さんは武器やら防具やらは持ってるのか?」
「いえ、今はこのナイフだけです」
と、腰に下げたナイフを見せる。あ、抜いてないよ? 下がってカウンターの向こうからでも見えるようにしただけだ。
「それなら問題ない。ただ、あからさまに物騒なものを持つようになったらこっちにするこったな」
「なるほど、ありがとうございます」
つまり一般人を威圧するようなことが無ければ大丈夫ということだろう。
それなら登録してもいいな。
「で、どうする」
「はい、お願いできますか」
「よし、【固有札】を渡せ」
なんていうか、トントン拍子だな。
組合に登録とかいうくらいだから、お役所仕事なアレコレが待っているものとばかり思っていたんだが。
「分かりました」
言われた通りに【固有札】を渡す。【能力】も【技能】もそれ以外も見せる状態だが、当然【特殊】は隠している。
おっさんが【固有札】を受け取ると、奇妙な感覚に襲われた。一言で表すなら「許可を求めている」ような感覚だ。
なぜ分かるのか、と言われても答えようがない。そういうものなのだろう。慣れなければ。
しかも今回は許可を求めている理由まではっきりと分かった。
当然それも感覚的なものなのだが、ゲームのシステムアナウンス風に表すとこうなるだろう。
「おっさんが【固有札】に情報を書き込もうとしています。内容は『冒険者組合所属冒険者:一級:二千三百八十五年一月十一日:残り神聖銅貨五枚』です。許可しますか?」
いや、システムアナウンスなら「おっさん」なんて言われないだろうが、俺はおっさんの名前を知らないからな。
要は冒険者組合に登録した証を書き込もうとしているのを認めるかどうかってことだ。当然、許可。
すると今度は【固有札】に書き込まれた感覚がある。
「ほら、終わったぞ」
おっさんは俺の【固有札】を返してきた。
え、終わり?
「ありがとうございます」
一応動揺を隠しながら【固有札】を受け取り、自分でも確認する。「追記」の項目に「冒険者組合所属冒険者:一級:二千三百八十五年一月十一日:残り神聖銅貨五枚」と書かれていた。
「これでお前さんも冒険者だ。一級だが、頑張れや」
おっさんはそのまま奥へと引っ込んで行った。
え、本当に終わりなのか。
書類みたいなものに書いたりはしないのか。
そういうものなのか?
とりあえず要は済んだので冒険者の宿を出る。
これで以降は「追記」を見せて冒険者であると証明すれば【能力】や【技能】を隠せる。
ある程度はチートしても大丈夫だろう。
宿屋に戻る途中、露店で小さい串焼きのようなものをストルオス銅貨一枚で買って食べた。
驚いたことに、串は金属製で食べ終わったら買った店に返す制度のようだ。使い捨ての竹串とかないんだろうか。
ついでに露店の人に歯を洗うための道具はどこで売っているのかと聞いてみた。
怪訝な顔をされたが、旅人で一応冒険者だというと納得して答えてくれる。
微妙にぼかす言い方をしているのは、歯ブラシなんてものは無いんじゃないかと思っているからである。
そして、やっぱり歯ブラシなんてなかった。
少なくともここらだと、歯を洗うための道具は楊枝になるという。それとて当然、日本で売っているような木製の小さい爪楊枝が沢山入ったものが売っているわけではなく、細く適当な短い木の枝の先を尖らせたものや金属製の少し長い爪楊枝のようなものだ。
売っている場所を聞き、行ってみる。
教わった店の人が言うには、冒険者ならほとんど使い捨ての木の枝のものよりも、何度も使えて携帯に便利な金属製がいいだろうとのことだ。
理由には納得できるし、カバーのようなものも付けてくれるという。
しかし値段がストルオス銅貨二十枚だった。高いよ。
仕方がないので購入した。
宿に戻り、今後のことを考える。
何はともあれ、戦闘力を得るのが重要だ。
俺は実戦など知らないが、ゲームで考えると重要な【能力】は【敏捷】だと思う。
この世界は現実だから、ゲーム以上に速く動けるということは重要だと思う。
あとは、回避のための【技能】が欲しいところだ。
人によってゲームのプレイスタイルは異なるが、俺は「耐える」スタイルよりも「避ける」スタイルが好きだというのもある。
そのためにも、まずは情報収集だ。
そして情報収集のためには解析だ。
ということで、とりあえず手持ちの経験点を使って【魔力】を上げてみる。
事前解析での計算通り、消費した経験点は百二十。
結果は【魔力:(6)二級】。
やはり成長は等級を上げるものじゃなくて、実数値を上げるものだったようだ。
そのまま魔力を「7」に上げてみる。俺の予想が正しければ【魔力】が三級になるはずだ。
こちらも計算通り、消費した経験点は百五十。
結果は【魔力:(7)三級】だ。また、【魔力量:20:1】になっていた。表示はされていないが回復量も増えているはずだ。
経験点の残りは二百三十点。試しに他の【能力】を上げてみてもいいのだが、ここは温存しておくべきだろう。
それよりも、最後の魔力で何を解析するべきかが問題だ。
ベッドに寝転がり色々考えていると、突然鐘の音がして驚いた。
窓を開けて外を見ると、日が落ち始めている。
どうやら眠ってしまったようだ。
夕食を摂るために食堂へ向かう。
おばさんはいつも通りカウンターにいた。
本当にいつもいるんじゃなかろうか。
そういえば、このおばさんの技能を解析した時に【槍:(+6)二級】【体術:(+6)二級】という結果が出てたな。
その後、宿の説明やら何やらですっかり考察し忘れていた。
まあ、槍ってのは、槍だろう。うん。
問題は「槍」という武器のどの程度の範囲に効果があるのか、だ。
命中率、攻撃力、その他にも何かあるのか、だな。
仮に【槍】の技能が槍での攻撃力上昇だとすると、他に命中率上昇技能があるように思う。
逆に【槍】が命中率上昇だとすると、攻撃力上昇技能があるのでは?
そして【体術】。
これは、なんの技能だ?
字面からは体を動かす技能のように思える。バク転とかできるようになるんだろうか。だとしたら戦闘と関係ないよな?
おばさんに【槍】や【体術】について聞いてみたいが、俺がおばさんの【技能】を知っているのはどう考えてもおかしい。
ここは残りの解析を使うことにしよう。もう夜になるし。
となると、解析すべきは…【体術】だな。
正直【槍】は槍に関する技能であると確定している。というかこれで槍以外の何かに関する技能だったら驚愕だ。そんなの読めるか。
という訳で【体術】技能を【解析】してみる。
【体術】の技能を持つ者は、体を動かす技術を得る。(回避行動に補正)
来た! 回避技能来た!
つまり【体術】技能を習得すれば、回避にボーナスが付くってことだろう!?
これは必須だな。
重い鎧とかガチガチに着込んで相手の攻撃を耐えつつ戦うとか趣味じゃない。
相手の攻撃はひらりと躱し、流れるように反撃。やっぱこれだろう。
今は攻撃に使えそうな手段が【魔術】しかないが、何、別の【技能】を取ればいいだけのこと。
第一【槍】なんて技能があるなら、きっと剣とか弓なんて技能もあるはずだ。
剣。いいね。
剣を右手に、左手で魔法を操る回避型魔法剣士スタイル。
これが俺の格好良い姿。
いかん、興奮して変なテンションになっている。
落ち着け俺。
おばさんが微妙な目で俺を見ていたような気がするが、平静を装いスルーして食堂へ。
食事の内容は昨日の夕食と大差なかった。
野菜が違う種類の何かに見えるが、じゃあ何かと聞かれると俺には分からない。
とりあえず普通に美味しいので良しとする。
ちなみに味付けは基本塩味だ。
塩は輸出するくらいなのだから、貴重品でも何でもないのだろう。海が近いって言ってたしな。
部屋に戻る際に、カウンターにいたおばさんからお湯の入った木桶を渡された。
ついでだから自分で持って行けということだろう。
手抜き感が半端じゃないが、特に文句を付けることもない。
そういえば昨日渡された木桶が回収されていたな。俺が出ている間に持って行ったのだろう。
部屋に色々物を置いておくのはよろしくないな。
体を拭く前に、事前に買っておいたコップにお湯を一掬いしておく。
手拭いで体を拭いて、昨日のように干す。着ていた服もそのまま適当に洗って適当に干した。
服は初めに来ていたものに着替え、楊枝で歯を磨いてコップのお湯で口を漱ぎ楊枝を洗った。
日も落ちてきたため、後は寝るだけである。




