骨と恋
◇ ◇ ◇
学校を休んで居る間に転入生が来たという。
わざわざこんな貧しい街に引っ越して来るとは……
「高柳くんの家はお医者さんなんだって、ここ、病院が無かったから助かるよね」
女子達が目をキラキラさせて頼んでもいないのにその転入生の事を話す。
確かに。
転入生・高柳 敬吾はクラスの小汚い男子達とはどこか違っていた。
糊の効いた真っ白なシャツに折り目がしっかり付いた膝丈のズボン。
きちんと櫛の入れられた、床屋にいったばかりのような整った髪形。
「やあ、君が東雲さん?風邪を引いてたんだってね?ウチの病院に来れば良かったのに」
真っ白い歯だ。
この子の骨は石灰なんか使わなくても真っ白に違いない。
女子達の目がキラキラするのも解る。
ああ、この子を煮たらきっと良い匂いがするに違いない。
「東雲さんのお父さんは骨格標本を作る人なんだってね?凄いなあ、僕も作る所を見てみたいんだけど……」
驚いた。
父の仕事を“凄い”と。
あまつさえ興味を持ってくれていると。
「作る所は見ない方がいいかも……気持ち悪いと思うよ?」
そう、それに今はあの殺された女の人の死体がある。
家に呼ぶのは遠慮したい。
「じゃあ、僕の家に遊びに来ない?」
面食らった。
初対面でいきなり家に呼ぶとは。
高柳 敬吾の家―高柳医院―は、街の外れに有った。
なる程、建てたばかりらしく真新しい白い外壁が眩しい。
お母さんだろうか?
医院の入り口とは別の玄関の掃き掃除をしているのは。
着物の上に割烹着を着けたその人は、私たち世代の母親にしては歳を取り過ぎているような気がする。
さりとてお祖母さんという程でもない。
「お坊っちゃま、お帰りなさいまし」
お手伝いさんだ。
お手伝いさんを雇う程裕福なのか、この家は。
今まで、私の家がこの街で一番裕福だったのに。
軽い嫉妬を覚えている私に
「東雲さん、どうぞ」
と、高柳 敬吾が笑顔で誘う。
人の笑顔が心を和ませるものだと解ったのは、この時が初めてだったような気がする。
「僕も標本を作っているんだ」
応接室の座り心地の良いソファーに座って、お手伝いさんの持って来た紅茶とケーキを食べ終わると、高柳敬吾がいきなりそう言って別室へと消えた。
えっ……?骨格標本?
そんな筈はない。
戻って来た彼は、菓子折りのような平べったい箱を幾つも抱えている。
「ほら、見て」
その箱の中を見て私は息を飲んだ。
蝶だ。
箱の中にピンで留められたそれは、死んでいるというのに誇らしげに自分達の翅を拡げ、美しさを競っていた。
学校の行き帰りによく見る、私も名前を知っている蝶もいれば
見たこともない、作り物のような色と形の大きな蝶もいる。
「それは南洋の蝶だよ」
私はしばし、時の経つのも忘れて宝石のような美しい死体を眺めていた。
「敬吾、お友達かい?」
ふいに、白衣を着た中年の男性が応接室の扉から現れた。
「ああ父さん、同じクラスの東雲さんだよ」
「初めまして、お邪魔しています」
私が挨拶するといきなり
「東雲?もしかしてお父さんは学者さんでは?君は東雲博士のお嬢ちゃんかね?」
高柳敬吾の父親は、驚きと懐かしさが入り交じった顔をしていた。
「珍しい名字だからもしかして……と思って、いやあ〜戦争のどさくさで音信不通になって心配していたんだよ」
高柳医師は父の学友だと言う。
世間は広いようで狭い。
大人達がたまにそう言ってるのをよく聞くが、その通りだと思った。
学生の頃の父はどんな青年だったのだろう?
昔の話を聞きたかったが、ふいにある事を思い付いた。
ポケットから例の薬の包みを取り出す。
「あの……これって、何の薬か解りますか?」
そう、私が毎日飲んでいるあの薬だ。
高柳医師は「ちょっと失礼」と包みを開けると、匂いを嗅いだり手触りを確かめたりしていたが
「大学の研究室で分析しないと解らないなあ……」
と、すまなさそうに言った。
大学の研究室でなら解るんだ。
「あの、そこで分析して貰うにはいくらかかりますか?」
私は余程必死の形相をしていたらしい。
「いや、数日後に行く予定だから、ついでと言っては失礼だが後輩に頼んでみてあげよう」
良かった……やっとこれで……
安堵の溜め息を漏らすと、それまで黙っていた高柳敬吾が私の顔を覗きこむ。
「タマキちゃん、どこか体が悪いの?お父さん、ちょっとタマキちゃんを診てあげてよ」
「ううん、そう言う訳じゃないの。心配してくれてありがとう」
彼は照れているのか、顔が赤くなっていた。
ああ……やっと
この薬の正体が解る……