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骨を愛でる



   ◇ ◇ ◇




私には母が居ない。


私が小さかった頃、空襲で死んだのだと言う。


それについて別に寂しいとも不便だとも感じた事は無い。



「母さん欲しいか?」



夕食の席で、父にそう言われても、何と言って良いか解らず、途方に暮れた。



「余所の人と一緒に住むのは嫌」



てっきり、父が再婚でもする気なのかと思って、そう答えた。



父は何も言わず夕食後必ず服用しなければならない粉薬の小さな包みを私に差し出した。



物心ついた時からこの薬を飲んでいる。



別に病気でも無いのに何故毎日飲まなければいけないのか?疑問に思った事もあるが……



「病気にならない為の予防薬だよ」としか知らされていない。








ふと……



これを飲まなければ私はどうなるのだろう?と思った。




何か変わるのだろうか?


死んでしまうのだろうか?





本当に些細な好奇心だった。



その日から、薬を飲んだふりをし続けた。



特に変わった様子も無く、数日が過ぎていったある日……








どうも食欲が無い。


学校に行ってもだるくて何も出来ずにぐったりしていると、先生に


「タマキちゃん、風邪のようね、酷くなるといけないから早退してお家で休んでいなさい」


と、家に帰らされた。





風邪か……



そう言えば私は覚えている限り風邪など引いた事が無い。


……きっとあの薬を飲まなかったからだ。


そう思った。



今日からはちゃんと薬を飲む事にしよう。




真夏でも無いのに午前中の陽の光が肌に痛かった。


鉛の足枷を嵌められたように足が重い。



やっとの思いで家にたどり着く。



父の姿は見えなかった。







きっと作業場に居るのだろう。


具合が悪い旨を伝えて薬を貰わなければ……



その時の私は

―薬を飲まなかったせいで病気になった事を怒られるかもしれない― その事だけを心配していた。




作業場に父の姿は無く、代わりに妙な光景が目に飛び込んで来た。



外国語の難しそうな題名の本ばかりぎっしりと並んだ本棚。


その本棚が移動していた。



そればかりではなく、その本棚のあった場所に、穴が開いている。



穴と言うよりは隠し部屋かそれに続く通路のようだ。



初めて見た。家にこんなものがあるなんて。



私は半ばわくわくしながらその隠し通路へと入って行った。






通路の奥から灯りが漏れている。人の気配。


間違いない、父はあそこにいるのだ。




頭がぼんやりする。

熱が上がって来たようだ。



歩いている実感が無い。


灯りの漏れる扉の少し開いた隙間から父の姿を見付けた。



父は、微笑んでいた。







父が、何かを愛でるように微笑んで見ているもの


……骨だ。




否、真珠で出来た骨だ。


あまりに美しく磨き上げられたそれは、そうとしか思えなかった。



なんて綺麗なんだろう。


美しい輝きを纏った骨は、妖精か女神のようだ。




きっとあれは父の最高傑作だ。

富岡さんがどんなにお金を出しても決して売らないだろう。






ふと、私の気配に気が付いたのか父がこっちを見た。



しまった。私は熱で朦朧となった事も相まって骨の美しさに自分の存在も忘れてしまっていたのだ。



父は一瞬、驚いた顔をして、そして段々表情が険しくなって行った。




恐い。




私は見てはいけないものを見てしまったのだろうか?




父は私をどうするのだろうか?







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