屍を買う
◇ ◇ ◇
「東雲さん、お願いがあるんですが……」
私の同級生の母親が尋ねて来た。
いつも私の事を「死体臭い」などと言ってからかう浪江ゲンタの母親だ。
先日、ゲンタのお祖母さんが亡くなったと先生が言っていた。
玄関から彼女越しにリヤカーが見え、ムシロに何かが包まれているのが乗っているのが分かる。
「義母が先日亡くなりまして……そのう……死体を買っていただけないかと……」
……やっぱりだ。
この町の人間は
死人が出るとすぐ父に売りに来る。
皆、物や金に困っている。
誰かが死ぬと、墓に葬らず父の所に持って来る。
父が町の人間から、迫害されないのはこれがあるからだ。
標本に出来る立派な死体は高値で買い取られる。
しかし
「年寄りは骨が脆いから買い取れませんよ」
父が冷たい言葉で切り捨てる。
ゲンタの母はすべての希望が絶たれた様な顔をして項垂れた。
申し訳無いが私は、「いい気味だ」と思ってしまう。
なんだか、私達親子が神になったようなそんな気がして気分が良い。
ゲンタの母親は
しばらくそのまま
父が家の中に引っ込んでも
暗い玄関先に立ち尽くしていた。
次の日、ゲンタは学校に来なかった。
「あんな腕白小僧でも、たまには風邪ぐらい引くのだろう」と、誰も気にも止めなかった。
ゲンタと仲の良い男子数人と、私を含めた女子数人で宿題や学校からの連絡を届けるついでに見舞いに行く事になった。
ゲンタの貧しいバラック小屋のような家の玄関で、ゲンタの友達のミノルが
「ごめんください」と叫ぶが誰も出てこない。
親が病院にでも連れて行ったのかとも思ったが、この町の病院は空襲で焼けてしまったので隣町の病院まで行かなければならず、そこはとても病気の子供を連れて歩いて行ける距離では無い。
しかも、この町では子供が病気になったぐらいでいちいち病院へかかる程裕福な家は無い。
「ゲンタ……?」
ミノルはおそるおそる、ゲンタの家へ上がりこんで、玄関からは見えない暗い室内へと行ってしまった。
私達も続こうか?と思案していると、ミノルがなんとも形容し難い奇声を発しながら、玄関へと戻って来た。
歩いた、走った、と言うよりは転がり出たようなミノルの様子を見て、男子達は全員、室内へと入って行った。
女子数人はミノルの尋常ではない様子を見て、何か、中で大変な事が起こっている事を悟った。
そして、男子達の悲鳴が聞こえて来た。
その声は、半ば半狂乱で、嗚咽も混じっていた。
「タマキちゃん!行っちゃダメ!誰か大人を呼んでこよう!」
女子の誰かが言ったその言葉を聞いた時、私は既に玄関を靴を履いたまま上がっていた。
ちゃぶ台がある、たぶん茶の間の向こうの座敷で男子達が泣き叫んでいた。
布団を敷いたままになっているそこには、
ゲンタと、ゲンタの母、ゲンタの弟達が首から血を流して倒れており、
窓辺の梁から垂れ下がる縄でゲンタの父親が首を吊っていた。
◇ ◇ ◇
ゲンタの家は父親が定職に就かず、母親の内職だけで暮らしていたらしい。
昨日、父がゲンタのお祖母さんの死体を買い取っていたら、この家族は死なずに済んだのだろうか?
……なんだか、私や父が殺したような気がして来て、考えるのを止めた。
どうせ、父の所に来た事は誰にも言っていないのだろう。
屋根の上で鴉が鳴いている。
ああ、人が死んだら鴉が知らせると言うのは本当なんだな……と感心した。