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骨と屍



   ◇ ◇ ◇




狼狽えている高柳親子を突飛ばすのがやっとだった。



次の瞬間には死体の腐敗した手が私の両肩を掴んでいた。



嫌な匂いのする粘液がブラウスに染み込み、皮膚に伝わって来る。



腐りかけた死体のくせに凄い力だ。男の脳を食べたからだろうか?



私も、脳を食べられてしまうのだろうか?






死体は、剥き出しの歯を大きく開けた。









観念してきつく目を瞑ったが、来るべき筈の痛みも衝撃も来ない。



おそるおそる目を開けると、女の死体は開けていた口を閉じ、乾いた眼球で私を見据えていた。



表情など解らない筈なのに何か、考えているような顔をしている気がする。



死体はそのまま長い事、動かなかった。


否、時間にしたらほんの数秒だったのだろうが。





砂が大量に落ちる音がしたかと思うと、そのまま女の死体は塵になり、床にうず高く積もっていった。



……助かった……





反魂香で蘇生された死体は長く生きられないと言うのを今頃思いだした。




たまたま、そのせいで助かったのか、それとも別の理由が有ったのかは解らないけど。





女の死体は灰になったが、男の死体は相変わらず脳の無くなった頭の中を晒してそこに在る。



私もああなっていたのか。と、それを見て身震いした。



「タマキちゃん!タマキちゃん!」



意識を取り戻した敬吾がヒステリックに私の名を呼ぶ。



「敬吾くん、私は無事よ。死体は塵になってしまったわ」



おそるおそる作業場を覗きこんで、塵になった死体を見た高柳医師は


「やはり古い文献の既述は正しかったのか……いや、そんな事よりタマキちゃんが無事で良かった」



と言いながら、安堵の溜め息を洩らし、その場にへたりこんでしまった。


私も、もう怖いものは何もいない。と、気が抜けて床に座り込んだ。



丁度、あの秘密の通路の入り口に背を向けるように。



背後から、何かの気配を感じた。



私は、すっかり忘れていたのだ。



死体はもうひとつあった事を。







しかし、何故だろう?



あの醜悪な女の死体から感じた恐怖や、禍々しさは何も感じられない。



それに、本当に、幽かな消え入りそうな声だったが、私の名前を呼んでいる様な気がしてならない。



秘密の通路を覗き込むと、やはり真っ暗で何も見えない。



「先生、マッチを持っていませんか?」


僅かなマッチの灯りでも、無いよりはましだろう。

と、高柳医師に訊いてみると。



「灯りにするのならマッチよりもこれを使うといい。火傷しないように気をつけて」



と、銀色のライターを点火させ、持たせてくれた。




オレンジの揺らめく焔に照らされた通路。



もうひとつの死体は

あの、熱にうかされていた時に見た真珠の骨だ。



もしかして、父が本当に生き返らせたかったものは、


あんな腐った化け物ではなく……




秘密の小部屋に入り、ライターを掲げた私は息を飲んだ。



あり得ない光景は先程嫌と言う程見た。



しかしこれは……









死体と言うにはあまりにも美しく、そして暖かく。


さりとて生きた人間と呼ぶには、透き通って消えてしまいそうに儚いその姿。



私を見るとにっこりと微笑んだ。



ああ私は、この笑顔を覚えている。



記憶の奥深くに封印された、懐かしく悲しい思い出。




……母さん。




真珠の光を纏ったその人は、ふんわりと私を抱きしめた。



「タマキ、大きくなったわね」



優しい声だ。



「母さん!母さん!」



沢山話したかった、でも、何も言えない。



「無事で良かった」



そう言うと母は、光の粒になり、さらさらと消えた。



「待って!母さん……母さん!」



ああ、この日の為に、父が大事にしていた母の骨。



こんなにあっけなく消えてしまうとは。



母に会えた嬉しさと

母が消えた悲しさで




いつまでも私は泣いていた。









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