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屍の復讐




   ◇ ◇ ◇




「東雲の娘、焼け死ぬのと俺に殺されるのとどっちがいい?」



私がどこに居るのかはまだ解らない様だ。必要以上に声を張り上げている。



それに、妙に落ち着いている男の様子から、火はまだ小火程度ではないかと思う。


きっと私を燻り出す気でいるのだろう。



しかし、だからと言ってこのままでは家は全焼してしまう。



私も此所から出られぬまま、息絶えてしまうだろう。



どうにかして此所から出て、男の手を掻い潜り、助けを呼ぶ方法を画策していると



玄関の呼鈴が鳴った。






「東雲くん!僕だ!高柳だ!娘さんの事で話がある!」



……高柳医師?

何でこんな時間に?



「タマキちゃん!心配になって来たんだよ!なんかコゲ臭いけどどうしたの?タマキちゃん!」



……敬吾まで。




確か、玄関の鍵は開けっ放しだった筈だ。



何も知らずに入って来たあの親子が男に襲われたら……



高柳医師は腕力はあるのだろうか?



男は何も言わない。



何も言わず、訪問者が諦めて帰るのを待っているのか?



「東雲君、悪いが勝手に入らせて貰うよ」



高柳医師がそう言った途端、


靴の音。


かなりの至近距離から遠ざかる足音。



男が玄関に向かったんだ。






私は本棚を押した。


隙間から灯りが洩れ、それが段々と広がってゆく。


ああ、作業場の電球がこんなに明るく感じるなんて。



明る過ぎて物が良く見えない。



やっと、目が慣れて作業場を見渡した私は思いがけないものを目の当たりにした。




てっきり男は玄関に向かったと思ったのだ。


だって足音が……





作業場の入り口で、腕を組みしたり顔でこちらを見る男。


「考えたね、隠し部屋とは」





高柳親子が作業場に入って来た時にはもう



私は男に捕まり、ナイフを突き付けられていた。








「タマキちゃん!」


敬吾がボーイソプラノの声を響かせた。



高柳医師はその後で、この光景を見るや否や厳しい顔をして男に言い放つ


「その子を離せ!」



離せと言われて、離す訳は無い。


男の持っているナイフの切っ先は喉元にぴたりと付けられ私も動く事が出来ない。



「敬吾!火を消して来なさい!君は一体何だ?金が欲しいなら僕がくれてやるからタマキちゃんを離せ」



敬吾が消せる程度の火なら、やはり本か何かに火を付けただけだったのか。



「金?そんなものは要らねえよ。全く、殺す人間が増えてこっちは大変だよ」



高柳医師は男を見据えたまま黙りこんだ。



「お父さん火を消して来たよ!」



敬吾が戻り、そう言いながら、何故か驚いた様な目をした。



私の状況はさっきと変わっていない筈なのに何を驚いて……



やがて、その顔は恐怖の表情になり、高柳医師も全く同じ様な表情で何かを言いたげに口を開いたり閉じたりしていた。



違う……彼らは


私と男ではなく、その後ろを見てるのだ。


高柳医師の指は確かに、私を羽交い締めにしている男のそのまた後方を指している。




「なんだ?注意を反らす気か?その手にはのら……」



男の声が止まった。



やがて、男がゆっくりと、後ろを向くのがわかった。






「あ……あああああ」



今まで威勢の良かった男が、まるで赤ん坊のような声を上げ、私を突飛ばした。



ナイフもいつの間にか床に落ちている。




男と、高柳医師と、敬吾の視線はあの秘密の通路に向けられていた。



その虚ろな暗闇の中に、何かがいた。






それは、女の死体だった。



土色に変色した躰に死斑が浮き、

死後硬直か、腐敗のせいか、それとも元々こういう顔なのか、唇がこれ以上無い程捲れ上がって歯茎まで剥き出しの口から米粒の様なものが這い出ては落ちる。


蛆だ。




乾いた目玉をぐりぐりと動かし、男の姿を追っているように見える。


死体の視界に捕らわれた男は


「ア……アキコ。何でお前生きているんだ?」



などと言っているが、これが生きている様に見えるのか。この男は。



無様に失禁までしている男に、女の死体は蛆と黄色い体液を撒き散らしながら近付いていった。




「やめろ……許してくれ」



男はもう、床に尻餅をついたまま、後退りする他無いようだった。






別に可哀想とも思わない。


父を殺したと言っていた男だ。


私を殺そうともした。


高柳医師や敬吾までも。



うんと恐がらせてやればいい。


死体に何が出来るか解らないが。



「タマキちゃん、敬吾、逃げるんだ」


高柳医師が我に返ったのか突然言った。



「いいえ、先生、敬吾くんを連れて逃げて下さい。私は後で行きます」



「何を言ってるんだタマキちゃん!女の子を一人残して僕達だけで逃げる訳にはいかないよ!」



敬吾が、恐怖に震えながらも言ったその言葉を聞いて、胸の奥が暖かくなるのを感じた。



だが。



「私は父の研究を見届けたいんです」



「ではあれが、反魂香で蘇生させた死体なのか……」



信じられない。とでも言いたげに高柳医師は、ゆっくりと、しかし確実に、男に向かってゆく腐敗した女を見詰めていた。




「頼む!逃げるんなら俺も連れて行ってくれ!」



男が嘆願した。









勿論、私は連れて逃げる気など毛頭無い。



その醜悪な化け物の蛆と体液にまみれてしまえ。


「助けて……」



女は、歯の剥き出しになった口を開けると、男の頭をがっしりと掴み……






……頭を噛み砕いた。






断末魔の声を上げる間もなく男の頭は左目の上半分が無くなり、大量の血と脳漿が混じった液体を滴らせていた。







その様子を見ていた敬吾は、失神してしまったようだ。


高柳医師はぐったりした敬吾を抱き抱えている。



女はと言うと、男の脳を殆ど食べ尽くしてしまった。



目から上がすっかり無くなり、まるで前衛的な彫刻の様になった男を見ていたら







女と目が合った。





嫌な予感がする。


この女は自分を殺した男に復讐したいだけでは無さそうだ。




「先生!敬吾くん!逃げてっ!」




さっきは、赤ん坊のようにおぼつかない足取りでゆっくりとしか歩けなかった女が、凄い速さで私達に向かって来たのだ。











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