骨を売る
◇ ◇ ◇
「骨は石灰に埋めておくと白くなるんだ」
マスクを着けたくぐもった声で父は言った。
畳一畳分ほどに掘られた穴に石灰の粉が敷き詰められ、そこから次から次へと骨を取り出す。
成る程、漂白されたように白い。
「綺麗だろう?タマキ。人間てのは皆、骨と言う真珠を醜い肉と血の中で育てているんだ」
頭蓋骨の石灰を払いながら子供のような笑顔でそう言う父は“骨磨き屋”だ。
死体から骨を取り出し、綺麗にして骨格標本などを作る仕事をしている。
生まれた頃から見ている光景だ。
別に恐いとも気持ち悪いとも思った事が無い。
町の皆は
「死体ばかり扱っているから、変な病気を患って兵隊にならずに済んだ」
と父の陰口をたたく。
線が細くて病弱に見えるが別に病気ではない。
父が戦争に行かなくて済んだのは学者だったからだ。
何の研究をしていたのか私は知らないが。
「タマキ」
父がふいに私を呼んだ。
「なあに?父さん」
「もうすぐ富永さんが来るころだ、お茶の用意をして置いてくれないか?」
“富永さん”と言うのは父の作った骨格標本を仲買する人だ。
主に外国の医学校などから注文を受けているらしい。
肥っている割りには眼光が鋭く、私は苦手だったが、いつも珍しい外国のお菓子をもって来てくれる。
◇ ◇ ◇
富永さんは
綺麗な箱に入ったビスキュイを私にくれた。
「タマキ、父さん達は仕事の話をするから、お前はあっちでそれをおあがり」
いつも、父と富永さんの“商談”からは席を外させられる。
まあ、私はまだ11才で子供だし。大人の難しい商売の話を聞いていてもつまらない。
だが、たまに居間の扉の外で息を殺して彼らの“商談”を聞いていたりもする。
さっぱり理解出来ないのが常だが。
「富永さん、ところで例の物は……」
「見つけましたよ、苦労しました。この分を差し引いて今回の謝礼はこの位になりますが、宜しいですか?」
「勿論です。御苦労をお掛けしました。」
「しかし、東雲さん、一体こんな物をどうするおつもりで……?」
父は、富永さんに何を持って来て貰ったのだろう?
変わり者と言われる父の事だ。
外国に行く機会の多い富永さんに、外国でしか手に入れられない“何か”を頼んだとしても不思議ではない。
ただ、富永さんの反応が気になった。
しかし、富永さんと父が骨格標本の入った箱を丁重に黒塗りの車に運び込むのを見ているうちに
どうでも良くなった。
父は、一年に2〜3体の骨を磨くが、それで親子二人が食べて行くには充分過ぎる収入を得ていた。
この戦後の物の無いご時世なのに私は毎月少女雑誌を買って貰い、それをクラスの女子に回し読みさせるので、町の人に疎まれる仕事をしている家の子だというのに女子にはいじめられる事が無かった。
しかし、男子は別だ。
「やーい骨磨きの娘ー!死体臭えぞー!」などと、事あるごとに私はからかわれる。
だが、女子達が少女雑誌の恩義を感じてか庇ってくれるので、さほど酷い目に遭わずに済んだ。
父も、町の人達に気味悪がられている割りには、嫌がらせなどを受けていないのには理由がある。