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第六話『布と決闘 その一』

第六話です。気障男と決闘です。

とりあえず、ギルドが用意した相手は次回に出てきます。

 闘技場。ゲームでは武闘大会などに利用されていたそれは、中世ローマのコロッセオを復元したような形をしている。

 円形の石造建築で、観客席へは四方の出入り口から、舞台へ通じる選手控え室へは南北の専用で入り口から行く事ができる。観客側の入り口から入ると食事を売る店やお土産を売る店などがあるが、選手控え室の方は恐ろしく質素だ。

 そこを抜けると、観客席とそれに囲まれた石畳の舞台がある。また、観客席には隔離された貴族用の観覧席が一段高く設置してあり、その中でさらに一段上げた場所には王族用の観覧席がある。

 そんな観客席だが、どっかの馬鹿がせっせと宣伝でもしたのか、貴族平民冒険者商人一般人騎士兵士と様々な人種、階位、職業の人間がこれでもかとひしめき合っていた。唯一王族専用の場所は涼しげだが、他の満員御礼な状態を見て、頬が引き攣るのを感じる。

 それを見て、何を勘違いしたのか、馬鹿が得意げに胸を張ってきた。


 「父上に言って、人を集めてもらったのさ。君はこれから、大勢の前で僕の剣技によって無様に負けるんだ。今更許しを請い願っても、王族の方々も出てきている以上、逃げるなんて許されない事だよ。せいぜい後悔しながらやられたまえ」

 (………この自信は一体どこから来るんだ?)

 「はっはっは! 怖くて声も出ないか! 愚かにもこの僕に決闘を申し込んだんだ。せいぜい一撃でやられたりしないでくれたまえよ?」

 「いや、呆れて言葉もなかっただけだし。そもそも、挑んできたのはそっちだろう、気障男。馬鹿みたいにおしゃべりするような暇があるなら、装備の最終点検でもしたらどうだ? あ、すまん。お前は馬鹿だったな。もう何も言わないから存分にしゃべってくれ」


 反射的に言い切ってから、もろに挑発してしまった事に気付いたが、馬鹿みたいな言葉を並べられたら誰でもこうなると思い直す。真っ赤になった気障男が何事か喚いてくるが、軽くスルーして審判にルールの再確認をする。


 「審判、ルールは致命傷を与える攻撃の禁止、決着後に因縁を付ける事の禁止、決闘中の装備変更の禁止、範囲魔法の禁止、上級魔法の禁止、それだけだな?」

 「え、ええ、まあ、その通りですが…………」


 肯定しつつも、喚く気障男が気になるのか、チラチラとそちらに視線を向ける審判。どうやらこの騒がしい馬鹿をどうにかしないとまともに決闘の開始も告げられそうに無い。

 黙らせるか。


 「【夜の帳に静かなる安寧を。闇の抱擁。彼の者の音を消し去れ】【沈黙サイレント】」


 簡単な初級魔法の沈黙だが、この魔法は割と使える。詠唱を変えれば範囲にも使えるので、PK集団と対峙する場合、魔法対策の一つとして重要な魔法だ。

 口は動くが声の出ない気障男を見て満足し、頷いて審判に向き直る。


 「ん、静かになったな。で、それ以外に決闘前にする事はあるのか?」

 「あの、決闘前から魔法で有利な状況を作るのも禁止です」

 「始まる前には解くから大丈夫。というか、そうでもしないとまた騒いで面倒臭いでしょ、こいつ」

 「…………私の口からは何とも答えかねます」


 目を逸らしながら答えられても全く説得力が無い。それなりに整った顔の女性だし、権力を盾に言い寄られでもしたんだろうか。それとも、気障男を知ってる奴は皆こんな反応だとか?

 ありえそうな説についつい哀れみと憐憫の視線を向けてしまう。何か騒いでいるが声どころか足音すらも沈黙の魔法が消し去っているので何がしたいのか分からない。まあ、何が言いたいのか予想は付くが、限りなく全力でどうでもいい内容だろうから無視だ。


 「で、まだ何かあるの?」

 「いえ、ルールの確認と双方の同意の確認だけですので、後は開始の合図のみですが………」

 「じゃあ、サイレント解いたらさっさと開始してくれ。この後にもう一人相手しなきゃならないんだ。前座はさっさと終わらせたい」


 言いたい放題だな、と自分でも思うが、相手が気障男なので大して気にならない。いや、普段ならこんな事は言ったりしないのだが、意味不明過ぎる因縁のつけ方をされて、さすがにちょっと怒っているのだ。これぐらいは許容されてしかるべきだと思う。


 「で、いいか?」

 「は、はい。分かりました」

 「じゃ、よろしく。【禊ぎ、祓い、清めよ。魔は在を許さず。聖によりて平穏をもたらせ】【魔法解除マジック・キャンセル】」


 〈パキン〉、という音と共に周囲百メートルほどの魔法が解除される。この場合、解けるのは範囲内にある沈黙だけだ。途端、気障男が騒ぎ立てる。


 「君はいきなり人に魔法を使うなんてどんなひじょ「両者習い、始め!」審判!?」


 俺は、頼んだ事をきっちり実行して闘技場の端へ走っていく審判に、グッ、と親指を立てて見送る。気障男の言葉を遮って行くなんて粋な計らいに拍手したいぐらいだ。


 「さて、始めるか」


 言って、俺は腕に巻いていた布を解く。紅血布ではない。《呪霊布》と呼ばれる布で、今装備している黒い鎧の装備《邪霊の鎧》シリーズと同じく装備者のステータス―――主に攻撃力―――を下げる物だ。

 普通はこんな物は装備しない、というよりネタのコレクションだったのだが、俺の攻撃力だと気障男が一撃、正確には掠めた程度でも死にかねないので仕方なく装備している。STRに-補正を掛けておかないと、スプラッタが怖過ぎてまともに攻撃なんかできやしない。


 「ふ、ふん。まあいい。寛大な僕はちょっとした無礼ぐらい許してあげよう。今はこの無礼者をひざまブベッ!?」

 「あ、隙だらけだったからつい」


 決闘が始まっているにも関わらず、長々と話しているものだから、つい手が出てしまった。しまったな、と呟く俺の前で、顔面に一撃を受けた気障男がゴロゴロと壁まで転がっていく。擬音にしたらそこまででもないが、尋常じゃない速さだ。


 (ステータス的に約五千も下の奴と決闘なんてした事ないからな。装備でステータス下げてるって言ってもせいぜい千程度だし、実際の差は四千か。ていうか、吹っ飛び方が軽くギャグだな)

 「なんていうか、すごい弱い者いじめだな」


 そこまで力も入れてないし、スキルも使っていないただの突きだから大丈夫だと思うが、念のために《個体識別パーソナルサーチ》を使用して残りHPを確認する。


 (ダメージは軽く撫でたくらいか。力を入れなかったとはいえ、やっぱりスキル使わないとダメージ少ないな)


 といっても、異常なほどレベル差があるのでそれだけで気障男の最大HPの五分の一程度は削れている。まともにスキルを使用していたのなら、基礎の基礎に当たる攻撃でも一撃死しているだろう。


 「あれだな。モンスター以外にスキル使ったりはできないな。悲惨な事になりそうだ」


 一人で自分の存在の異常さを確認した所で、ようやく気障男が起き上がってきた。金ぴか《金狼ゴールドウルフ》装備は土に塗れてその輝きを失って、鼻からはダラダラと鼻血を垂らしている。


 (とりあえず、顔に当てるのは止めよう。鼻血で汚れるし)

 「君、よくも不意を打ってくれたね、この卑怯者が」

 「始まっても呑気に前口上なんて垂れてるからだろ。そもそも、真正面から打ったのに不意打ちも何も無いだろうが。反応できない方が悪い」


 というか、アルタベガルの決闘だと開始の合図と同時に攻防が始まるから、前口上を長々と述べる事自体理解できない。戦場で士気を上げるために行う舌戦はまだ分かるのだが、個人の決闘でうだうだと喋る必要なんて無いだろう。時間の無駄だ。

 という訳で、ひょいと気障男の手から武器を叩き飛ばしてみた。


 「あ、ま、待て! 武器を飛ばすなんて卑怯だぞ!」

 「卑怯以前に、ちょっと叩かれた程度で武器が飛んでく事にビックリだけどな、俺は」


 ただ、このまま武器を持たない気障男を叩きのめした所で気分は晴れないので武器を拾って来るまで待ってやる。無駄で無意味なプライドを叩き折るなら、こいつが全力でぶつかったと自分で思わないと無意味だ。だから、弱い奴をいじめて遊んでいるように見えようが、一度徹底的に叩き潰す。

 叩き潰したからといって、今後の面倒を見る気はさらさら無いのだけれども。


 「くっ。武器さえ持っていれば君なんか簡単に捻れるんだからな」

 (そこまでの実力者なら、そもそも武器を手放すような事態になるなんてありえないんだけどなぁ)

 「はいはい、そうですか。なら、さっさと掛かって来たらどうだ? ほら、あんまりにもつまらないせいで観客も退屈してるし」


 どういう文句で集めたのかは知らないが、観客席にいる人達はあくびをしたり隣の人と世間話をしたりしていて、まともにこちらを見ていない。おそらく、そんな状況でも帰っていないのは、ギルドのトップクラスのメンバーがこの後に決闘をするからだろう。

 なんだろう、本気で前座扱いの気障男がかわいそうに思えてきた。

 そんな事をつらつらと考えていると、気障男が斬りかかってきたので軽くステップで避ける。剣術指南でも受けているのか、剣筋が真っ直ぐな分下手な素人よりも読みやすい。きっと、今まで安全で確実な狩りしかして来なかったせいで、レベルに対して戦闘経験が圧倒的に少ないのだろう。

 速度と威力だけは一人前な攻撃をひょいひょいと避け、時たま寸止めの攻撃を放って煽る。


 「クソッ! ちょこまかと逃げるんじゃない!」

 「逃げてるんじゃなくて躱してるんだよ。文句を言う前に当てる努力をして見せろ」

 「この! 馬鹿にするな!」

 「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い。ただ真実を教えてやっているだけだろう。訂正させたければそれだけの物を見せてみろ。撤回に値すると思ったなら訂正してやる。あと、剣筋が粗くなってるし、全体的に単調過ぎる。フェイントや変則的なリズムを取り入れろ。これだと、人間や高い知能を持つ相手には当たらないぞ」


 言って、俺は先程までよりも少し深く下がり、振るわれた剣目掛けて単発格闘スキル《旋蹴撃ソルト・ストライク》を叩き込む。気障男の剣は中級の《火鋼蜘蛛アレアダ》から取れる《火鉄》と呼ばれる素材から作った剣だ。それぐらいなら、スキルに乗せた蹴りで容易に破壊できる。


 〈バガンッ〉


 おおよそ鉄と人体がぶつかった際に鳴るような類ではない音が辺りに響き渡り、剣が砕け散る。そこで俺はさらに一歩踏み込み、もう一つスキルを立ち上げた。

 

 防具破壊スキル《破鎧》

 

 相手にダメージを与える事無く防具のみを破壊する上級スキルの一つで、俺はそれを躊躇無く黄金色の胴鎧へと叩き込む。すると、胴鎧も剣と同じく簡単に砕け散ってしまった。違いといえば、〈パキィン〉という比較的綺麗な音と共に砕けた所か。

 ずっと回避に専念していた相手がいきなり攻勢へと回り、一瞬で武器と防具の一部を失った気障男は、ただただ呆然として砕け散った剣の柄を見ていた。あれだけこちらを無視していた観衆も、響いた音といつの間にか発生していた理解不能な事態に静まり返っている。

 そんな周囲の反応を軽く受け流して、俺は布を腕に巻きつけた。それから、スッと腰の剣を抜いて突きつける。


 「まだ、やるか?」


 呆然としていた気障男はパチパチとまばたきをして突き付けられた剣の切っ先を見て、俺を見た。それから、すでにそれしかない選択肢を選び口に乗せた。

 すなわち、


 「……参った。僕の負けだ」


 両手を上げて降参を示した気障男に数瞬遅れて審判が俺の勝利を宣言する。

 それに一拍遅れて、大歓声が闘技場を大きく揺らした。

何だか最後まで気障男という名前のせいで締まらなかった気がしますが、気にしたらきっと負けなので気にしません。

主人公が若干悪役みたいな事をしているのは、普段から掛けられていたストレスにプラスして、異世界に来て意味不明な理由で決闘を仕掛けられたからです。ちょっとキレてます。

呪いの装備は文字通りただ集めていただけのコレクションです。機会があれば、今後もネタ装備や用途不明な装備などが出てくるかもです。

次回はギルドの用意したマトモな人材と決闘です。ようやくまともな戦闘シーンになりそうですが、その分決着が早くなるかもしれません。今回以上に短くなるかもしれませんので、あらかじめその事はご了承ください。

ではでは、次の話で再会できる事を祈らせていただき、失礼させていただきます。

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