第三話『布とギルド』
本当にスミマセン!
オーク鬼達を引っ張ってきてそのまま消えたはた迷惑なヒロイン少女の名前を出すと前回書いてしまいましたが実際に書いてみたらもう少し先になってしまいました。
今後、このような事が無いように鋭意努力する所存です。
結果的に嘘をつく事になってしまい、誠に申し訳ありませんでした。
数だけは無駄にいる群れを殲滅した後、俺は何故かリーズライロの東門前で正座させられていた。街へ入っていく人々は何事かとこちらを見て入っていく。その中には当然冒険者もいて、今頃掲示板でスレが立っているだろう事を思うと軽く泣きたくなる。さっき出て行った国軍の騎士団も驚いてたし。
さらに、俺を正座させているのがフリフリのゴスロリ服を着た、見た目十二、三の獣人族の少女なのだから、掲示板はお祭状態に違いない。おそらく、『青年冒険者、ネコミミ幼女に説教される』とかそういった内容だろう。
なんか、気軽に外を歩けなくなる事態のような気がしてきた。
「―――りーんー? 今、何を考えてたのかな?」
「いえ、何も考えてません!」
「つまり、遅刻に対して何も思わない、と。そういう事なのね。参ったわ、これは久々に話し合いの場を設ける必要があるのかも」
「すみません! 反省してますこの通り猛省してますからそれは勘弁してください!」
心底困った、と満面の笑みで首を傾げる少女――ミーナに土下座で頼み込む。ミーナの言う話し合いはイコール肉体言語の語り合いを指す。それも加害者から被害者への一方通行限定の、だ。
そんな俺に対し、ミーナはウェーブのかかった栗色の髪を揺らして満足そうに頷く。
ちなみに、スイは少し離れた所に氷の椅子を出して座り、我関せずの姿勢を貫いている。こいつは、ミーナの説教が始まると必ず避難する。そこに普段の俺優先な思考回路は存在しないので、頼るだけ無駄だ。それならまだ、その辺を歩いているプレイヤーに頼んだ方が可能性がある。
「まったく。ニュービーを助けてオーク鬼の群れを蹴散らして遅れたというのならまだ私だって怒らないわよ。でも、そうじゃなくて倒した後にアイテム整理をしてたのが理由だから怒ってるのよ。分かる?」
「はい。とても悪い事をしたと猛省しております」
もう五度目になる言葉に多少辟易もするが、断じて顔に出す事無く反省の意を示す。もしここで何か間違えようものなら、さらに説教の時間が延びるのは過去経験済みだ。俺は、もうかれこれ一時間以上されている説教を、嵐が去るのを待つ小動物が如く、じっと耐え忍ぶ。
「――――――だから、もうこんな事が二度と起こらないように、あなたは待ち合わせたら一時間前に着くように行動しなさい。いいわね?」
「はい。必ずそうします!」
「じゃあ、もう時間も無いし、簡単な依頼を受けて今日は終わりにしましょ。ほら、そこでお茶してるのも。ギルド行くからさっさとこっちに来なさい」
それからさらに十分強も説教を続けたミーナが、遠くでいつのまにか氷のテーブルを作ってお茶を始めていたスイも呼んだ。スイはティーセットとお茶菓子を仕舞うと、すぐに椅子とテーブルを消してこちらへ戻って来る。
「リン、お疲れ様です」
「そう思うなら逃げずに助けろ。俺の契約精霊だろ」
「戦闘じゃないので管轄外です」
立ち上がりながら言った文句にそう返され、普段から戦闘以外にも干渉してくるのだから今更過ぎる発言だとは思ったが、これ以上言っても不毛な会話にしかならないのでため息をついて諦める。
「もういい。それで、何のクエストを受けるんだ、ミーナ?」
「本当は始祖限定の《富士山脈》踏破クエストを受けようと思ってたんだけど、時間的に無理だから適当に見繕うつもり。もうゴブリン千体討伐とかでいい気がしてきたけど」
「待て、千体とかある意味精神的な拷問だぞ。つうか、その類の依頼なら俺は降りるぞ。内容が精神的にきつ過ぎる」
少し前までの面倒極まりない“作業”を思い出して言う。それに、ミーナはクスクスと笑って、
「冗談よ。といっても、この辺りだと私達クラスが楽しめるクエストってあんまり無いよね。地下の闇試合にでも出て荒らしてみる?」
「あれ、確か二日だか三日だかに一回、騎士団の摘発があるだろ。あれ、抵抗できない上にペナルティあるんだから、きちんと調べて計画的にやらんといかんだろ。あれの武器返却で取られる罰金は洒落にならないし」
いきなり物騒な事を提案してくるミーナに、倫理観からではなく利得の問題から否定する。会話だけ見れば人として大いに間違えた犯罪臭のたっぷりする会話だし、実際に現実でやれば犯罪だ。だが、これはゲーム内の話なのでそういった事は関係ない。善人的行動を取るのも悪人的行動に染まるのも、どちらでもないアウトローとなるのもプレイヤーの自由意志と言える。
俺やミーナはどちらかというと清濁併せ呑むタイプのアウトローなので、それが必要なら巨大犯罪組織の壊滅から国の近衛騎士団との戦闘までこなす。クエストでなら、と注釈が付くが。
そんな風に二人で会話していると、スイがひょいと間に顔を出して提案する。
「決まらないようでしたら、ミノタウロスの討伐はどうですか? 生息域も遠くなく、強さも手頃。攻撃方法に制限を加えるなどすれば、十分に楽しめると思います」
「縛りゲーか。たまにはありかもしれないな」
「んー。短時間でやるならそれぐらいしかないか。よし、その案採用。ただし敵は西の谷にいる《火竜》ね。それぐらいじゃないとつまんないし」
方針が決定すれば、ミーナの行動は早い。俺やスイを置いていく勢いで門を潜って行くのを、こちらも早足になって見失わないように追いかける。といっても、見失った所で目的地は分かっているのだから問題ないが、また説教は遠慮願いたい。
俺はミーナの後を追って、リーズライロの中心、王城の周囲を回る環状通りにある上位者用の冒険者ギルドへと入る。S+からF-まであるランクの内、A-以上の冒険者しか使えないのと王都の見栄でかなり小奇麗な作りになっている。もちろん、下位ギルドは下町に置かれている酒場併設で汚い物だ。
こういう設定にも凝っているよな、と思いつつミーナの後を追って中へ入る。
中へ入り、まず先に目に入るのはカフェテリアになっているスペースで寛ぐ上位冒険者達だ。ここリーズライロはアヴァロンのど真ん中に鎮座しているため、アヴァロンを主な活動国としている冒険者は大抵ここに拠点を置いて活動している。俺もそんな冒険者の一人だ。
そのカフェがそれなりに賑わっているという事実に、俺は眉を寄せる。
(なんで、こんなに人がいるんだ?)
そう。気になったのはこの一点。リーズライロには調理系のスキルをマスターしたプライヤーが出している店も多々あり、出てくる軽食の味は単調で、ドリンクの種類も少ないギルドのカフェは滅多にプレイヤーが入る事もなく、せいぜい暫時パーティを探す人間くらいだ。
そんな場所に多くの冒険者らしき人間がいて、入って来た俺達に対し、“見知らぬ異物”を見るような視線を向けてきている。“最古参でここを根城としている”俺にすらも、だ。
明らかに通常ではありえない事態。何かが起きていると判断した俺はミーナの方へ早足に駆け寄った。
そして、ミーナが職員に声を掛ける前に止める。
「ミーナ、ちょっと待て」
「? 何、リン」
怪訝そうに振り返ってきたミーナに、俺は端的に用件を伝える事にする。
「どうにも様子がおかしい。ギルドのカフェは閑古鳥が鳴いてたはずだし、ミーナはともかく、ここを主な活動場所にしていた俺に対して、知らないような反応だった。自分の活動する街のユニークスキル持ちを知らないなんて、それこそありえないだろ」
「リンの言う通りです。付け加えるなら、カフェにいる人達の平均レベルが低過ぎます。中級にようやく入ったかどうかというレベルですよ。正直、いる理由が理解できません」
俺の言葉にスイも続けて、その言葉を聞いたミーナは冒険者達の方を見る。そして、すぐに顔を険しくした。
「確かにおかしいわね。最高レベルが千ちょっととか、できてせいぜい《火食鬼》十頭の討伐くらいじゃない? 《影鳥》が五羽も出れば簡単に全滅するんじゃないかしら」
「さすがにそれはない……と思いたいな」
火食鬼は鬼の森の西にある地下洞窟の最奥にいる鬼の森の主で、これを一人で倒せれば中級者の仲間入りができるという火を吐くトロル鬼で、まともな戦闘技術を持った最初の敵とも言えるモンスターだ。
影鳥の方はというと、大人の人間くらいの大きさで、影に潜んだり、影を槍にして飛ばしてきたりする中級モンスターだ。翼は退化して飛べないが、代わりにそこらの鉄剣より良く斬れる。それに、影踏みのように影を踏まれると移動が出来なくなってしまうので、中級プレイヤーといえどもそうなれば嬲り殺しだ。自身の影の向きや長さにも気を付けなければならないので、それなりに厄介と言える。
ただ、それでも中級ではせいぜい中の下という所だ。上の上であるドラゴンとは月とスッポンだし、ここにいる冒険者達のレベルなら隊列をしっかり組めば余裕を持って倒せる。まあ、ミーナが毒舌なのは仕方がない事なので諦めが肝心だ。カフェの連中も、子供が言った事と流してくれるっぽいし。いや、もしかしたらレベルを見て泣き寝入りした可能性もある。それぐらいの差があるし、可能性は十分だろう。
そう思ったのだが、どこにでも空気の読めない馬鹿というのはいるらしい。
「今の言葉、いくら子供でもちょっと聞き捨てならないな」
(子供だと言うならそれぐらい流せよ)
見事なまでにやられ役のセリフを吐いて立ち上がった馬鹿を呆れた目で見る。レベルは千で、中級では影鳥と同じく中の下に分類される《金狼》の装備で身を固めた優男だ。見た目から気障な雰囲気がにじみ出ていて、金ピカ装備がかなり痛い。いや、本人が気に入ってるなら文句など言う気は毛頭ないのだけれども。
そんな馬鹿は、気障ったらしい動きでこちらに来ると、何故か俺に対して指を向けてきた。
「と、いう訳で、僕は君に決闘を挑むよ、平民」
「いや、どこがどうなってそういう結果になるのか分からないんだが。とりあえず、国語の勉強をしてから出直してくれないか? 会話が通じない奴と意思疎通するスキルは残念ながら持ってないんだよ」
とりあえず挑発してみた。すると、気障男は面白いぐらい顔が真っ赤に染まる。いくら感情に対する反応が大げさなDMギアとはいえ、ここまで真っ赤になるのは初めて見る。感情表現の豊かな奴だ。
「こ、このダンフォール公爵家次男の僕を侮辱するとはいい度胸だ! そこの君、すぐに決闘の手続き書を用意してくれたまえ!」
「は、はい! 分かりました!」
受付にいた女性が慌てた様子でギルドの奥へと走っていく。だが、俺はそれとは別の部分に首を捻った。《決闘》のやり方は、片方がステータスメニューから決闘を選択、相手を指定して向こうが了承すればすぐにその場で始まる。なのに、どうしてここでギルドが出てくるのか。
怪訝に思っていると、気障男が余裕綽々の態度で話しかけてきた。
「僕との決闘が怖いのかい? 恨むなら、そこの子供をきちんとしつけておかなかった自分を恨むんだね」
「いや、何で決闘でギルドが出張るのか考えてただけなんだが。というか、ミーナは子供…………あれ、ミーナって何歳だっけ?」
「十七歳だけど?」
「俺の一個下か。という訳で、別にそんな子供じゃないんだが………どうかしたのか?」
ミーナに年齢を聞いて顔を上げると、目の前の気障男含め、話を聞いていた全員があんぐりと口を開けていた。一体どこにそこまで驚愕する理由があるのかが理解できない。アルカディアが本来十八禁のゲームだからだろうか。だが、年齢制限なんてあって無いような物だし、別に驚くような事でもないと思う。
首を捻っていると、気障男がようやくといった様子でミーナに問いかける。
「そ、その姿で本当に十七なのかい? 十二歳の間違いじゃなくて、十七歳?」
「なんで見た目で歳を判断してるのか分からないけど、私が十七歳だったら何かおかしいの?」
少しムッとした顔でミーナが返すと、カフェの冒険者達も「嘘だろ……」「絶対見えねぇよ」「獣人族ってあんなに成長遅かったか?」などの声を漏らしている。あ、ミーナの顔が引き攣った。
〈ドグシャ〉
アイテムボックスを操作して出した巨大なフライパンが石の床に減り込む。それを見て顔を引き攣らせる冒険者達を、ミーナは笑顔で見回して一言。
「次、同じ事言ったら潰すから、よろしくね?」
可愛らしい声に反して背筋に悪寒が駆け抜けるようなミーナの言葉に、全員が頚椎が折れるんじゃないかというぐらいに首を縦に振る。そこに先程の受付の女性が戻ってきて首を傾げていた。
まあ、戻ってきたら大人数が首を壊れたように何度も縦に振っているのだ。むしろ、これで状況が理解できたらすごい。
「あの、こちらが決闘の同意書になります」
それでも職務を全うすべく紙を差し出した女性は職員の鑑だ。そんな女性から紙を受け取った気障男は、先程までの目的を思い出して俺にその紙を突き付ける。
「君の処刑同意書だ。ほら、さっさとこれにサインしたまえ」
「それはいいが、お前の名前も無いと意味が無いんじゃないか? それとも、俺の名前だけ書かせて、後で自分より強い奴に代わってもらうのか、気障男? だったら、名前にチキンも付け足す必要があるな」
ひょいと紙を受け取ってサインしながら言うと、他の冒険者達から失笑が漏れた。先ほどミーナによって下火にされた怒りに再び燃料を注がれ、気障男は顔を真っ赤にしてプルプルと震えだす。
「決闘は明日だ。明日になって後悔しても遅いからな。せいぜい、自分の不用意な言動を恨みたまえ」
そう言い捨てると、俺から奪った紙に自身の名前を殴り書きにして出て行った。
「リン、からかい過ぎたんじゃないですか?」
「クロウよりはマシだと思うけどな。あいつがここにいれば、もっと遥かに悲惨で陰惨かつ一方的な舌戦を繰り広げたはずだし。ほら、とっとと依頼受けるぞ」
「そうね。あの頭の足りない人も、明日ボコボコにされればいい薬になるわ。リン、明日は思い切り遊んで遊んで遊びまくって、プライドを根こそぎ砕くのよ」
「いや、さすがにそこまではしないって」
肩を竦めて受付へと向かう。歩きながらメインメニューからギルドカードを選択。手の中に出現したプラチナ色のそれを、先ほど決闘状を持ってきた女性に渡す。それによって、受付が分厚本を出して同時に目前にクエスト選択のウインドウが開く。
その“はず”だった。
ギルドカードを受け取った女性は一瞬驚いたように目を見開き、しかし、すぐに困惑と疑念を乗せた表情でこちらを見上げ、
「あの、この形式のカードはすでに使用が停止されていて、更新期間も終了しているのですが。それに、あなた方の年齢ですと、カードの持ち主本人ではない、という事になります。申し訳ありませんが、奥までご同行ください」
いきなり言われ、俺を含めて三人全員の動きが止まる。何かのイベントか、という考えが頭を過ぎったが、このようなギルドカードの提示から始まるイベントなど存在しない。
そもそも、カードの使用が停止されている、という事がまずありえない。
女性の言葉によって一気に混乱状態へと叩き落された俺とスイ、ミーナは、突然の事態に反論するといった行動を一切取る事無く、言われるがままにギルドの奥へと連れて行かれる事となった。
気障男はモブです。要望があれば、名前と共に再登場の検討をしますが、基本的に今回の件のみです。例の少女への取っ掛かりになる予定なので。
次回はギルドカードの件でお偉いさんと対面。とりあえず、そこで今いる場所がゲームの中ではなく異世界だという事に気付かせます。そうしないとダンフォール公爵家の気障男君を主人公が斬り殺す事になってしまうので。
ミーナのキャラが定まらないのが目下の悩みです。昔やったゲームのキャラクターをイメージしていたのですが、暴走してしまい全く別物に。まあ、パクリにならなかったと喜ぶべきなのでしょう。
早くレギュラーパーティが揃う所まで持って行きたいのですが、まだまだ時間が掛かりそうです。
できれば、まともな戦闘描写が入れたい神榛 紡でした。