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第二十七話『旅立ち』

次話にお知らせがあります。

 どこまでも広がる蒼天の元、草原には涼やかな風が肌を優しく撫でて抜けていく。背後のリーズライロを通り抜けて、どこまででも風は抜けていくのだろう。

 速度だけで言えば、俺やミーナは風くらい余裕で追い越せるが、あの自由さ、無軌道さは、それこそ天族でも無ければ近付けないだろう。きっと、そんな風の視点を持てば、地上のしがらみ全てがくだらない、馬鹿馬鹿しい物として映るに違いない。

 だが、俺達人間は、そんな風の自由自在な姿は真似できずとも、技術で空を飛び、海を渡り、果ては宇宙まで手を伸ばしてきたのだから、きっと、方向性は違っても人は自由なのだ。

 

 「師匠、突然空を見上げてどうかした?」

 「気にするな。ちょっとした現実逃避だ。あと、もう師匠じゃないんだからそう呼ぶな」

 「師匠は師匠だし、違う呼び方なんて今更無理だよ。それにしても、現実逃避するような問題ってあったかな?」

 「敬語をやめるのはよくて呼び方を変えるのは無理って。いや、いい。どうせ害も無いし好きにしろ」

 「リン、慰めてあげましょうか? 無論、からフギュ」

 

 妙なことを口走ろうとしたスイをチョップして止め、ため息を吐く。本来なら、この旅立ちの日にアルシャがいるはずも無かったのだが、俺のミスとアルシャの捨て身に近い策略が上手い具合にはまってしまい、こうなってしまった。

 その策略と言うのも――

 

 「普通、王人が下位種族から特殊な転生で派生する種族とか思わないもんな」

 「おかげで、私とリンの蜜月の日々が邪魔されるんですから、最悪の事態ですよね」

 「今回の事が無くてもそんな事はないからな。まあ、色々面倒な事態っていうのは否定できないが」

 

 本来ならば、王人というのは前にも説明した通り、イベントでプレイヤーの二つ目の種族として一時的になれる例外的な種族だが、設定上では各国のトップはサブではなくメインの種族が王人だった。

 メインに据えられた王人という種族はプレイヤーの物とは違い、城内においてあらゆる状態異常を無効化し、即死も無効した上に、レベルは二千でありながら、モンスターで言えば八千レベル並のステータスになる。加えて、取り巻きとして宮廷魔術師長と近衛騎士団長を常に従えていて、例のイベント以外で攻撃すれば宮廷魔術師と近衛騎士が無限湧きで出てくるというチート仕様だ。

 ちなみに、イベント時には相対したパーティのトップが持つ、隠しパラメーターの名声値によって能力が上下するため、住人の依頼を積極的に受けるなどの善人プレイをすれば倒しやすく、逆に、PKを初めとした悪人プレイを行えば、難関と言うのも生温い強さになる。要は、名声値の差が王の戦闘力を決定するのだ。

 この世界ではそこまで理不尽ではないようだが、善政さえ敷いてさえいれば、弱体化している人族相手ならばオーバーキルと言える攻撃力と防御力になるだろう。しかも、善政を敷く王に反旗を翻すならば確実に悪となり、下手しなくても王単騎で無双できそうだ。

 その儀式が残っているというのならば、国が六千年以上も続いている事に納得がいく。たとえ反乱が起きようとも、よほどの暗愚で臣民から見放されなければ確実に鎮圧できるのだから。

 民の間での名声が自身の能力値を決めると知っていれば、常に善政を敷き続けるだろうしな。

 

 「まあ、何にせよ、とりあえずは予定通り南に行って、東から北を経由してタルタロス下層のロキの神殿だな」

 「そうですね。その間にアルシャさんには適当な上位種族に転生してもらって、エンドレスで二千レベルまで上げるべきでしょう。初期種族へ戻す(・・・・・・・)為には、最上位種族でカンストしているのが第一条件ですから」

 「一番の問題はロキだな。はっきり言って、神々に関しては運頼みだ」

 

 初期種族へと戻すためには様々な条件があるが、最終的にそれを行うのはタルタロスの下層に存在する神殿にいるロキであり、現実であるこの世界では、アルタベガルのように条件さえ満たせば滞りなく全てが進むとは限らない、というか、予定通り、想定通りに進むなどと考える方がきっと間違っているだろう。

 だが、上位以上の精霊と神々に関しては、例え始祖としての能力と一万超のモンスターを狩る技量が合っても脅しなど考えられない程に絶望的な差がある。ノルン三姉妹のようにお飾りの爪先の垢のような存在ならばともかく、神々にすれば、始祖と言えども鎧袖一触だ。瞬殺される。

 何せ、連中は最弱でも二万前後のステータスを持っている上に、それぞれがNPCとしては異常な技量を保有しているのだ。これに勝つなどと言えば、アルタベガルの古参から大爆笑が返される程に常識の無い話だ。

 最古参としては過去に精霊王や神を弑するための議論を真剣に交わした事もあり、苦笑いしかできないが。

 スイが俺の仲間になった時はとうとう可能になるのかというような話も一部で交わされたが、結局よくある『敵だと強いけど味方になると弱体化する』という謎の法則がスイにも適応されている事がすぐに分かり、沈静化した。

 スイはプレイヤーと契約したり使役されたりするNPCとしては最上級の能力と知能を持つが、同じクラスの能力を誇るモンスターや従者などはそこまで珍しくも無く、そういった点で言えば《キングテイマー》と呼ばれるプレイヤーが十二体のモンスターを引き連れているし、次点で《女帝》が七人の《七星》と呼ばれる凶悪な従者を従えている事で有名だ。

 そもそも、始祖はおろか、魔神や半精霊含む最古参の精鋭総勢百八名で挑んで上位精霊一体に敗北した事実を考えれば、神に望む結果を求めるのが如何に無謀な道か分かるというものだろう。

 それでも、自分の行った事の責任としてやらなければならないと思うと、今更ながらに少し憂鬱になる。

 

 「それにしても、ミーナさんが一人で旅に出たのは驚きましたね」

 「そうか? 俺もあいつも元々ソロだ。食料もアイテムボックスにあるし、そう難しい事じゃないだろ。ある程度のイレギュラーには注意する必要があるだろうけど、情報を集めるなら二手に別れるのは当然だしな」

 

 俺の気分が下降の方向へいったのを感じ取ったのか、スイが話題転換をしてくれたのでそれに乗って肩を竦める。

 確かに現実となった現状で一人旅をするミーナの事を心配するのは分かるが、ゲーム時代のように凶悪なPKが湧くような状況でもなければ、始祖を害するなんていうのは夢のまた夢というものだ。

 付け加えるなら、ここひと月ほどの間に試した結果、従属や隷属といった魔法やそれが掛かった道具は、ゲーム時代のモンスターテイム用だろうとこの世界特有の後暗いものだろうと効かないことも分かっているし、ステータスの恩恵だろうが、麻痺毒なんかも致死量の云十倍と摂取しなければ問題ない事が分かっている。

 そうじゃなければ、いくら強いと知っていても一人で行かせる訳が無い。

 

 「まあ、何か問題が起きたなら連絡くらいは寄越すでしょう。直近の大きな問題は精霊()が精霊王に謁見して挨拶する事ですからね。本当に、何も問題が起きなければいいのですが」

 「問題が起きるなら俺やアルシャのような人間が侵入する事に対してか、そうじゃなければ向こうの問題だろう。精霊の一体や人間如きに精霊王がほいほい会えるか、なんていう事もあり得るからな。まあ、さすがにそれは無いと思うが」

 「その際はスパッと諦めましょう。向こうが気に止めないという事は精霊術の妨げにならないということですし。こちらに無害ならば興味もありません」

 

 きっぱりと言い切るスイは本気で興味の一つも無さそうで、苦笑しつつも荷物を背負い直す。馬車なんかも考えたが、これから向かう南の世界樹を内包する大森林ではあまり有用ではないし、どのみちティル・ナ・ノーグに侵入する際には乗り捨てるのだ。それなら、初めから無い方がいい。

 軽く背嚢の感触を確かめてから、空気を呼んで黙っていたアルシャの頭をポンと撫でる。

 

 「じゃ、行くぞ。まずは精霊王の楽園、ティル・ナ・ノーグだ」

 「精霊王の楽園って言ったら、御伽噺に出てくる程度の存在なんだけど、あまり驚いてない自分が怖いなぁ」

 「リ、リンッ! アルシャさんだけずるいです! 私も撫でてください!」

 

 それぞれマイペースで旅立ちの感慨も何もあったものじゃないが、これもまた、一つの形だろう。

 それほど滞在しなかった王都での出来事やこれから向かうティル・ナ・ノーグの情景に心を向けながら、俺は現実となったこの世界で初となる旅に、期待と不安がない交ぜになった複雑な思いを感じていた。

 正直に言えば、普通では経験できない未知に、ドキドキしていたのだ。

 それを二人に悟られてしまわないように、少し早足で踏み固められた道を進み、ゲームで、そして異世界であるこの世界でも始まりとなった、王都『リーズライロ』を後にしたのだった。

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