第二十六話『布と選択肢』
「アルシャもこれで二千レベルか。思ったよりも早かったな」
レベルを確認してそう呟き、内心で思い直す。
正当な剣を習い基礎ができていたからか、それとも元より才能があったのかは分からないが、最初から最後まで、アルシャはこちらの予想を大きく上回る結果を出してきたのだから、当然の結果なのだろう。
そのアルシャはというと、《鳥樹【サクラ】》の死体の前でへたり込みながらこちらを睨んでいる。うん、涙目上目遣いで睨まれたところで全く怖くない。
「なんでそんなに冷静なんですか。鳥樹とか、普通に災害と同列の怪物なんですよ?!」
「いや、たかだか中の下程度だぞ? 火竜よりは強いが、災害っていうのは大げさだろ」
「大げさじゃありませんよ! 過去には襲われた町がまるまる一つ森に沈んだ事だってあるんです。その時は騎士団の半数が死傷してようやく討伐したくらいなんですよ?」
「……まあ、これで《桜花片》の防具一式が作れるんだから気にするな。いつまでも借り物の装備じゃお前も嫌だろう? 自分で調達した素材を使って装備を揃えてこそ、一人前だからな」
製作はともかく、中の下の武器防具に使う材料くらい自分で揃えられる程度の強さは無いと、この先安心して生活なんてできないだろう。
少なくとも、これでそこらの張りぼての強さを見せびらかすぼんくらに負ける事はありえない。というか、人族の中で負けるようなことはまず無いだろう。仮に二千レベルの輩がいたとしても、、か細いワイヤーで綱渡りをするような話になるが、一手も間違える事無く戦えば勝てるだろう。
このまま仙人となり、始祖かそれに準ずる種族に転生、さらにそこへ王人の特性が加われば、王城内のみに限られるが、確実に俺やミーナでさえも素の能力では及ばない強さを得る事となるだろう。少なくとも、八千レベルくらいまでは力押しで行けるようなステータスを得る事は間違いない。
もっとも、それはステータスだけを見た場合であり、五千レベル辺りからはかなりふざけた――例えば『半径百メートルに入った瞬間、レベルに関係なく視覚が封じられる』というような理不尽極まる能力を持ったモンスターが徐々に増えていき、八千レベルともなれば理不尽過ぎて笑うしかない初見殺しの能力を持つモンスターもいる。加えて、六千を超えた辺りからは高度な知能と戦闘技能を保有するモンスターも珍しくなくなっていくのだから、力押しは運が良くともせいぜい六千レベルが限界だろう。
九千を超えるモンスターは、逆にステータスが圧倒的過ぎていかに躱すかが重要になって来るし、一万を超えるともはや死線の遥か先を突っ走らなければ、死以外の結末が得られない。
神域のモンスターはその辺りの自我が極端に薄いが、地上の一万超えのモンスターはゲームのトッププレイヤーが束になっても返り討ちにされる程にゲームバランスを崩壊させる怪物だ。
まあ、今はそんな事など考える必要も無く、アルシャはそもそも出会う事自体ないだろう。
「んじゃ、装備が完成して転生が終われば、俺もお役ごめんだな。予定より伸びた書庫の調査もあと一週間あれば終わるし、装備の作成で三日、転生で二日、慣らしで一日ってとこだろう。十分余裕があるな」
「転生、ですか?」
「ああ。といっても別に赤子からやり直す訳ではなく、只人から一つ上の種族へと体を作り変えるだけで、仙人の場合は満遍なく上がるし見た目も変わらないから、上限が取り払われると考えるべきだろう」
「仙人ですか?」
「ああ。不死の祠で仙人。死の祠で呪いそのものの塊である呪人。生の祠で聖人。聖人は何者も殺さずに二千レベルに到達すればなれるが、茨道すら生温い話しだし、聖人は生あるものは何も殺せなくなる回復特化職だ。呪人はいるだけで周囲を呪うし、聖人は上位種族に行けば始祖に次ぐ存在になるが、アルシャは身を護る力がいるから選べない。だから、仙人以外に道はない。ちなみに、仙人からは天人――聖人の最上位種族みたいな特定種族以外のたいていの種族になれるから、そういう意味でも選ぶに易い種族になってる」
仙人以外の種族の特徴と欠点を上げると、アルシャは首を傾げて疑問の声を上げた。
「あの、その三つしか選択肢はないんですか?」
「………ああ、すまん、説明不足だった。転生できる上位種族の種類はステータスで決まるんだ。各種族に転生するための数値を満たしていないと転生するための選択肢に出て来ない形になっているんだが、その最低基準が何の種族種子も使っていない普人族で千五百相当なんだよ。で、仙人は逆に一千レベル以下のステータスか、英雄という特殊な種族にならなければ出て来なくて、呪人は千五百未満。聖人は特殊条件を満たすか仙人と同じく一千レベル以下のステータスである事。ただし、転生は千五百レベルからじゃないとできないせいで、呪人以外は条件を満たすのが難しい上に苦労がすごい。そして、それを満たすと必然的に他の上位種族にはなれない。最も要求数値の力人や魔人であっても満たせないからな」
「努力の種族、ですか」
「ああ。実際、ただ二千レベルになるだけなら、アルシャは今回掛かった半分の時間でいけるだろう。相当な無茶をした分、早く二千レベルに上がった訳だが、現状だけを見るなら別の種子を使えば半分の時間でもっと強くなっていた。アルシャは、これを聞いて無駄な時間を過ごしたと思うか?」
「いえ。無駄にはなっていないと思います」
「それでいい。だからこそ、お前は仙人へとなるのに相応しいだろう」
アルシャの答えに口の端が上がる。実際、ただ普通に種族種子を使っただけなら、百や二百ならともかく、一千も上の敵と相対すれば敗北は必至だろう。だが、アルシャは実質千以上上の敵を倒した。これは紛れも無くアルシャ自身の技量であり、死線を越えた先で生き残る努力を全力でした結果だ。
だが、ここでそれを理由に自惚れるようならば、これ以上の力を与えるような事はできなかっただろう。というより、そうならないと考えたからこそわざわざ仙人になる道を歩ませたのだが、それでもこうして判断が間違っていなかったと判るのは嬉しいものだ。
ミーナ達の行っている調査ももうすぐ終わるし、そうなればもはや共にいる事は無くなる。その後に万一アルシャが暴走するような事があれば、少なくとも人族では誰一人として止められる者はいない。
それでも、元の世界に帰るまでの間くらいはこの選択の結果に責任を持てるが、そんな嫌な話にならない事を祈るばかりだ。
「……まあ、大丈夫だろ」
「? 師匠、何か言いました?」
「いや、なんでもない。バラしたらとっとと帰るぞ」
元々無菌室で純粋培養されたような奴だ。それこそ無用な心配だろう。
そんな事よりも、装備のデザインを考えないとな。