第二十五話『布と手本』
「見てろ、とは言ったものの、紅鷹を殺すのは面倒なんだよな」
「普通にやったら四百四十四回殺す必要があるんだっけ。そんな事をするくらいなら、マナの無い空間に閉じ込めて餓死させた方が早くて確実よね。運営も何考えてそんな設定作ったのかしら。本当に今でも疑問ね」
「その場のノリでしょう。他にも《ピッキー》とか意図不明なモンスターもいますから、そういった事に関しては考えるだけ無駄です」
紅鷹。通称はフェニックスで、レベルは四千前後、一般プレイヤー達の作った基準で中の上くらいで、これを倒せれば上級者の入り口に立ったと言えるらしい。
実際の所、一万以上のモンスターや最低十万の神々といった怪物が多くいるので、あくまでもスキルとレベルによるステータスに頼ったプレイヤーの基準であって、八千くらいまでなら単独で余裕を持って狩れるような“人外級”などと別途に数えられる人間からすると、これでようやく下の上だ。
そんな紅鷹であるが、寿命以外では四百四十四回殺すまで何度も復活するという厄介な設定を持っている上、今回のように、自身より下位の火属性のモンスターを従える特殊なモンスターであり、他にも面倒な能力をいくつか抱えている嫌われ者だ。
だがまあ、攻略法が無い訳ではない。
「スイ」
気負う事も無く堂々と歩きながら声を掛ける。
隣でそんな俺の声に応えたスイが杖を引っ張り出して地面を、トン、と軽く突いた。
【世界変遷:水の神域】
まず、最も分かりやすい対処法がこれだ。
スイを中心に蒼色の波紋が広がり、紅鷹の生み出した灼熱の世界を、水で満ちた深蒼の世界へと軽々と呑み込み塗り替えていく。
紅鷹の復活は炎系フィールドである事が前提条件故の方法だが、フィールドを塗り替えられるようになる頃には紅鷹程度は瞬殺できるレベルになっているので、あまり参考になる方法ではなかったりする。
だがまあ、可能な限り色々な手本を見せるのが目的だから、可能不可能はこの際置いておく。
ただ、このままだと殺し方を全て見せる前にうっかり殺してしまいかねないので、炎系のフィールドに変更し直す必要があるだろう。
「んじゃ、一回見せたし戻すか。【世界変遷:焔の獄界】」
「軽い気持ちでやってるように見えるけど、常識的に考えたらとんでもないわよね。なんせ世界を意のままに改変する訳だし、街中でやったら大惨事どころじゃすまないでしょ」
「別に誰も被害を受けなきゃ問題ないだろ。街で発動するような事は無いだろうしな」
スイの広げたフィールドを俺の魔力が侵食し、紅鷹の造り出したモノより数段上のフィールドを展開しつつ肩を竦めて見せる。
そんな俺に対してため息を吐いたミーナは、トッ、と軽い音と共に地面を蹴り、ほぼ一瞬で紅鷹の前に移動し、気付かれる前にその腹部をフライパンで強打、空に打ち上げた。
【瞬動】で一気に近付き一撃で終わらせるのはいつものパターンだ。この瞬動を連続して行い、自身の攻撃と共にソニックブームで多数を蹴散らすのと合わせて、ミーナの良く知られた戦い方となる。
それを追って飛び上がったミーナは、一目で業物と分かる包丁を取り出して軽く斬り付ける。
通常なら、そんな風に軽く斬った程度ではすぐ回復するはずだったが、吹き出た血はすぐには止まらず、紅鷹は体勢を立て直す事も出来ずに地面へと墜落した。
さらに追い討ちをかけて全身を傷だらけにした後、先ほどと同じように一瞬で戻ってきた。
一分ほどかかって、紅鷹の出血が止まるが、血が足りないのだろう、青息吐息で今にも倒れそうな体を成している。
だが、あれにはまだ弟子の教材になってもらわなくてはならないのだから、死なれては困る。
「【女神の癒し】【神縛る鎖】」
「うわぁ、鬼がいるわ。慈悲の欠片もない鬼畜生がいるわよ」
「敵とはいえ、さすがにこれは同情しますね」
「うっさい。黙ってろ」
最上級の治癒術を使って死に体の紅鷹を治療し、逃げられても面倒なので鎖で縛り上げる。
弱いものいじめ過ぎる、戦闘とも呼べない拷問染みた現状を鑑みてさすがに良心が痛んだのか、仲間と相棒の二人から若干の非難を含んだ視線を受けたが、無言のまま憐れな生贄に手を向ける。
「【腐朽の呪い】【鎮炎歌】」
言葉と共に黒い影が紅鷹へと纏わり付いて行く。その様はさながらイソギンチャクに捕食された小魚の如く徐々に黒い覆われていって、影が引いた時には黒い梵字が全身に走っているために身体が黒く見えてしまい、外見はもはや別の生き物のようだ。
これは紅鷹のような殺しても復活するモンスター用に生み出された魔法で、作られたのが極最近だったために、恩恵に与かった事はほぼ無いものの、紅鷹のようなモンスターを倒す際に重宝されているという話を聞いて習得していたものだ。
そんな紅鷹を追い詰めるのがどこからともなく響き渡る悲しげな歌だ。
本来ならば術師が直接歌わねばならず、さらにその際の装備と歌いながらの振り付けまで指定されている特殊なクエストで使用する代物で、アルタベガルにおいて《歌姫》と呼ばれた女性がそれを魔法で再現し、とある事件で日の目を見たのを何となく気になって教わったのだ。
どちらも習得難易度は低く、特に前者は紅鷹専用といってもいいぐらいぴったりな魔法であるために、行動で示した中では最も現実的な手段だ。
さらに続けて、中位魔法に分類される基本魔法【水の槍】を百ほど浮かべて射出、突き刺して命を削っていく。
息も絶え絶えにその巨躯が地に付した所で、俺は下がりスイに目で合図を送る。
「【包め】【凍れ】【砕けよ】」
手をかざして対象を指定し、言葉でもって精霊へと命令を下す。
それを受けて、軽く千を越す精霊達が集い、紅鷹を水で覆い、そのまま氷へと閉じ込めて諸共砕け散る。
弱っていたところに酷な仕打ちをしたように見えるが、紅鷹は普通に死亡すると燃え上がって灰となってしまうので、こうして水で包んで零下まで一気に氷結させなければならない上、砕いて紅鷹の肉体を解体しなければ何故か羽が劣化して使い物にならなくなる。
「紅鷹の素材って何が作れたか覚えてるか?」
「服系と中級用の杖に上級武具の補助素材くらいじゃなかったかしら。採取できる羽の量にもよるけど、外套と杖でいいんじゃない?」
「私も賛成です。あとは装飾品も作りましょう。髪飾りと腕輪、それに首飾り辺りがいいですね」
「それが妥当か。上位までなら自作でどうにかできるだろうが、それ以上となると問題になってくるよな。自分達で使う武具類はともかく、他の分野まではそこまでの腕じゃないからな」
特に、俺もミーナも魔法使いではないため、魔法を使うための杖やローブなどは手慰み程度にしか手を出して居らず、上位の素材でも扱いは危うい。
スイの杖なども、魔法職を専門とするトッププレイヤーに依頼した物だ。
「まあ、その辺はユグドラシルか、無理なニヴルヘイムかウラノスかタルタロスか、魔法職適正の高い種族のいる国ならどうにかなると思いたい。エルフや魔族、天族は長命だし、冥霊族は種族によっては生きた死者もいるからな。そういった技術も残っているはずだ」
「もうすぐ調べ物も終わるし、契約は終わってるけどね」
「一度でも面倒を見たんだ。それくらいのアフターケアくらいはするさ」
「リンは優しいです。そんな事より、いい機会ですから、中位モンスターの解体する基本くらいは覚えてもらいましょう。ちょっと呼んできます」
「ん。こっちで下準備くらいは済ませておく。どうせなら小さいやつを一度解体させてみるか」
「わー、鬼畜ー」
「反対なのか?」
「んにゃ、大賛成だけど?」
「………まあいい。とっとと行くぞ」
こちらの様子を見て何かを察したらしいアルシャが逃走し、五メートルも行かずにスイが拘束する様を見ながら会話を打ち切る。
歩きながら考えるのは今回の事だ。
(面倒な事にならなければいいんだが)
外面に出さなかった思いだったが、そんな願いが叶う事は無いだろうなと、深いため息を吐き出したくなった。
………リアルの面倒事は嫌いだ。
本当に、殴って斬って潰して解決する問題ばかりなら、分かりやすくて楽だというのに。
そう思うと、今度は小さくため息が漏れた。