第二十三話『布と昇華』
『―――ではではではでは! これを答えれば千問正解! というかそろそろ最後にしたい! 観客は一周回ってハイテンション! 私は常にハイテンション! そして徹夜でランナーズハイな挑戦者様には第千三百五十一問目だぁ!』
【【【【【【おおおぉおおぉぉおおぉぉぉおぉおおおおお!!!!!】】】】】】
「回復魔法で眠気も疲労もないけどな」
「というか、師匠の鬼畜な修行に比べれば生温いです」
アホみたいにテンションを上げる会場の亡霊とヴェルダンディとは対照的に、俺もアルシャも付いて行けないとばかりに首を振る。
実際、一晩延々とこのテンションに付き合わされればうんざりもする。
『さあ、問題ですっ!!! 上位種族への転生はここ、神霊の祠で行います。では、最上位種族は神原域でクエストをクリアしなくてはなりません!!! で、す、が!!! ではでは、素敵なモンスターライフを送るためには一体全体どうすればいいでしょうか?』
「も、モンスターに転生するんですか?」
アルシャが困惑の声を上げるが、それも仕方がないだろう。俺ですら、言われて、ああ、そんなのもあったな、というレベルの話だ。
ちなみに、こうしてモンスターと言われると最上位のモンスターに転生して俺TUEEEを想像すると思うが、結論を言うと違う。
例えば、獣人の最上位種族の一つである天狼族からモンスターへと転生したとする。
そうして転生したモンスターは、最強でもビッグドッグ―――レベル十前後で苦戦する程度のモンスターであり、最弱だとベビードッグというフィールドにも存在しないレベル一のモンスターだ。
しかも、プレイヤーの操作するモンスターにはスキルが存在せず、慣れない体で戦わなければならないという状況の上、死ねば最下級モンスターからやり直しという過酷な生き方になる。
少なくとも、そんな損しかないプレイスタイルを取っていたのは、過去も現在も一人しか知らない。
あまりにも過酷な条件下に置かれるため、アルタベガルですら早々に廃れたシステムだったのだから、こちら側で残っているような事はありえない。
次の問題に期待するかと、悩むアルシャに届かないよう気を付けてため息を吐き出す。
「………モンスターライフ。モンスターになる、という事ですか?」
『ヒントはありませ~ん。さあ、回らない頭を使って頑張って解きましょうっ!!』
「少し頭に来ました。……そもそも、それなら答えは一つですね。北の果てにある神殿で罠の神であらせられるロキ様に嘆願する事です」
『………本当にそれでいいのね?』
「はい」
『そう………』
今までのハイテンションが嘘のように呟き、ヴェルダンディはアルシャを静かに見る。
見る。
…見る。
……見る。
………見る。
………………〈チャキ〉……
「………真面目にやろうか」
『イエス、サー』
某クイズ番組の司会もビックリな溜めの長さについ弑神刀を取り出して抜いた。
いくら疲労や眠気が回復魔法で取れるといっても、ストレスは普通に溜まるのだ。短気になるのは仕方の無い事だと思う。
『と、いう訳で………大、正、解!!! 見事正解した挑戦者には、正答数と同数のレベルアップがプレゼントされま~す!!!』
【【【ヒュゥウウウ!!!】】】【【イェエエエ!!】】【【【【オメデトウ!!!!】】】】
「ふぇ、あ、ありがとうございますっ」
開催を告げた時よりもさらに大きな歓声と祝福の声に、アルシャは驚き、ピョコンと頭を下げてお礼を返す。
その様がどうにもおかしくて、くくっ、と笑いを噛み殺しながら下げられている頭に手を置いた。
「良かったな。これでお前もルーキー、初心者卒業だ。修行時間の短縮目的で来たが、予定以上で助かったな。少なくとも最低限の水準までは来れた訳だ」
「………実際にこうしてレベルが上がると、真剣に頑張っている人達が何なのかと思ってしまいます。別に法を犯している訳ではありませんが、罪悪感があります」
「王都にいた阿呆貴族と比べればなんら問題ないだろう。そもそも、まだたかだか千ちょっと。道程はまだ初期段階として約八百、中級、上級でそれぞれ二千残っているんだ。ついでに言えば、最初を飛ばすという事は、比較的安全に経験を積む機会を失う事でもあるんだ。どちらかといえば、お前の方が全体の行程では劣っている。種子のせいでステータスも実質レベルの半分程度だしな」
「色々と突っ込みたいんですけど、師匠ですから仕方がありませんよね」
はぁ、と盛大にため息を吐かれたが、仙人まで行けばそんな事は問題にならないほど強くなれるし、可能なら二千まで、無理でもその近くまでレベルを上げる予定なので、適当に装備でも見繕えば馬鹿貴族程度なら簡単に叩き潰せるだろう。
アルタベガルのトッププレイヤーの一人に弟子入りしたのだから、その程度は出来て当然。むしろ出来ないなんて弱音を一言でも吐いたなら、ちょっと竜の巣へ単身乗り込んでもらおう。
「………師匠、今ものすごい悪寒がしたんですけど」
「気のせいだ。それより周りを見てみろ。面白い物が見られるぞ」
「? 面白いって、亡霊がいるだけ―――ふぇ?」
可愛らしい声を上げて驚くアルシャに苦笑しながら、俺は観客席を見上げる。
そこに広がるのは、おびただしい数の亡霊達が淡い光と共に宙に溶けて消えていく姿だ。
馬鹿みたいに広い観客席が埋まるほどの数の光源があれば、目が眩んでしまうようにも思えるが、淡い光は決して俺達の目を焼かず、逆に優しい光が俺達を包むように輝いている。
アルタベガルでも、このクイズをクリアした時にしか見られない幻想的な光景は、二度目の俺も、初めてのアルシャも口を閉ざして目を奪われる美しい光景だ。
「綺麗、ですね」
「ああ。おそらくはもう二度と見られないだろう光景でもある。よく目に焼き付けておけ」
一度だけ、光に包まれながらそんな言葉を交わした。