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幕間その三『その頃起きてたお城の騒動』

 リーズライロの中心に鎮座する王宮。その地下に王宮の書庫は存在している。

 地下と言ってもジメジメとしている訳ではなく、古代よりの魔法によって湿気はもちろん、空気が澱まないようにきちんと循環するようにもなっていて、むしろ上の階にあるどの部屋よりも快適かもしれない。

 だが、それもこれもきちんと掃除され、物が整頓されていればの話だ。

 

 「ああもう! どうして司書の一人もいないのよ!」

 「司書を雇う話もあったそうですが、その時にはもうこの惨状だったそうですよ。侍女ではノウハウがありませんし、騎士達では本が傷みます。その上、禁書もちらほら紛れ込んでいるおかげで、最低限の地位と信頼が無ければ入れませんから。そんな自称高貴な方々が片付けなどする訳がありませんよ」

 「で、そのまま放置してこれっていう事ね。正直、王宮の書庫が未整理の山って信じたくない現実だわ。しかも、部屋の状態を維持する魔法が掛かってなかったら埃まみれだったでしょ。いくら整理しても終わらないとか本当に悪夢よ。本に対する冒涜だわ」

 

 ミーナの中では本>人の公式が平然と成り立っているので、内心で貴族どもをボコって掃除させるかなどという物騒な考えが浮かぶが、下手に触らせて汚れたり折れたりしたら大変だからと却下した。

 リンセイルが聞いていれば、複雑な表情でため息を吐くだろう。

 

 「ところでさ、とりあえず虫干しして分類ごとに別の部屋に置いてるけど、手掛かりになりそうな本は見掛けた? ちなみに私はまだ一冊も見かけてないわ」

 「私も見ていません。おそらくは禁書庫に行かないと無いと思います。あちらは最低限本棚に収まっていましたし、整理だけならそれほど時間は取られないと思われますから、気長に行きましょう」

 「万一の可能性もあるから、こっちも手は抜けないけどね。ま、今日も頑張りましょう」 

 

 城の備品庫から借りて来た台車におおよそ同じ大きさの本を揃えて載せ、城の裏にある庭に布を張って造った陰干し用のスペースへと二人で運んでいく。階段は、スイの精霊術とミーナの魔法で台車を浮かせて乗り越えて、侍女から聞いた貴族があまり通らない道を通って外に出る。その際、日の光に当てないように布を被せる事を忘れない。

 裏庭に行くと、そこにはすでに四人の騎士が直立不動の姿勢で佇んでいた。顔まで覆う甲冑を着ているので顔は分からないが、ここしばらく王から借り受けている見張りの騎士だ。

 

 「いつもご苦労様。大変でしょうけど、国の大切な本を守る重要なお仕事ですから、頑張ってくださいね」

 「労いのお言葉、ありがたくあります! 我ら四人、誠心誠意全力で勤めさせていただく所存です!」

 「じゃあ、怪我や無理のなり範囲で、お願いしますね」

 「………相変わらずすごい猫被りですね。さすがというか、何と言うか」

 

 ニッコリと聖女の如く微笑むミーナを脇目に本を下ろしながらスイが呟く。

 この猫被りを始めて見た時は、リンセイル共々目を丸くして開いた口が塞がらなかった程だ。その演技は筋金入りで、初対面の相手なら必ずと言って良いほどに騙されて絆される。

 やる気がゲージ満タンになった騎士を横に置いて二人は本を並べて行き、空になった台車と共に書庫へと戻る。

 これを幾度か繰り返して大量の本を並べてから、ようやく昨日虫干しして回収した本の点検・修繕・整理を始められるのだが、虫干しした本の回収もしなくてはならず、そちらはそこまで作業が進んでいる訳ではない。

 一日中本に関わって過ごせるミーナは割とご機嫌だが、リンセイルと共に居る事こそを至上とするスイは、一向に終わりが見えない作業にやれやれと首を振る。

 それから、今は離れている愛しい契約者を思い、その隣に臨時の弟子が浮かんでくる。

 

 「もしリンに手を出したりしてみなさい。生きてきた事を後悔させてあげます」

 

 遠く、いきなりの悪寒に襲われた少女が、クイズを間違えて観客から馬鹿にされたとか。

 

 

 ×××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××

 

 

 そんなこんなで順調に作業を行っていたスイとミーナだったが、異変が起きたと伝えられたのは昼食を食べ終えて虫干しした本が置かれる部屋へと向かっている最中だった。

 

 「………本が逃げた?」

 

 目の前に跪いて頭を垂れる騎士の言葉を聞いて、ミーナは信じられないという表情で聞き返す。

 それに対し、知らせを持って来た騎士は沈痛極まるという声で肯定する。

 

 「申し訳ありません。我々もお止めしたのですが、ダンフォール公爵家のご子息様を止められず、結果として禁書『生命の書』を逃がしてしまいました。全ての責は部隊を率いていた私にあります。現在、方々に手を回して捜索しておりますれば、どうか、罰は私一人に収めていただきたく」

 「あー、ええと、別に罰とかは考えてないから。ダンフォールっていうとあの駄目人間よね。確か自宅で謹慎させられてるって聞いたんだけど、なんで城にいるの?」

 「どうもミーナ様が城に滞在して書庫の整理を行っているという話をどこかで聞いたらしく、妨害して目的を邪魔しようという心積もりだったようです。現在、国の財を故意に損失させたとして、貴族用の牢にて幽閉し、監視しております」

 「本当に頭の回らない馬鹿ね。いいわ。今日は予定を切り上げて私とスイでその本を探すから、あなた達は見かけたら教えてくれるだけにして欲しいの。私の知ってる本と同じなら、大人数で追いかけるのは逆効果だから、お城の出入り口と一応街の門を固めて、後は手出しをしないでください」

 「はい。直ちに通達します」

 

 騎士が立ち上がって走り去るのを見送って、ミーナはスイを振り返る。

 

 「と、いう訳で、ちゃっちゃと動きましょうか」

 「ええ。あれは捕まえるのに時間が掛かりますし、動くなら早ければ早いほどにいいですから」

 「私達の知ってる通りなら一定の範囲からは出ないはずだけど、念のために門とかも閉鎖してもらったし、それほど時間は掛からないはずよ」

 

 生命の書とアイテムの情報を脳裏で浮かべた二人は、ため息を吐きつつも探し出して確保するために歩き出した。

 

 

 ×××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××

 

 

 生命の書が逃走する手段はいたって単純。背表紙から生やした紙製の羽で飛んで逃げるというただそれだけの事である。

 だが、その速度は常に追う者より少し上を維持されて、正攻法では決して追い付けないし捕まえられないというバグかと疑うような性能で、クエストが発見された当初は運営に問い合わせが殺到して回線が落ちたなどの逸話を持つある意味伝説の本だ。

 この本を捕まえる方法は至って単純で、一定時間追いかけた後に追うのをやめて無視するだけだ。

 方法を見付けたのは魔術に特化した月影鬼(つきえおに)白銀(しろがね)で、追いかけるのに気力が尽きて気分転換に本を読んでいたらいつのまにか横にいたらしい。

 しかし、今回の生命の書はどうやら勝手が違うらしい。

 

 「なんで本がスキルを使うのよ!」

 「分かりません! とにかく捕まえて調べるしかないでしょう!」

 

 豪奢な廊下を駆け抜けながらミーナとスイは叫ぶように声を交わす。

 その足元を石のネズミが駆け抜け、草の蛇が這って進むが、氷の刃が蛇を切り刻んでスープレートル――巨大なお玉がネズミをゴルフボールのように打ち抜き砕く。

 他にも壷が飛び跳ね箒が芋虫のように這っている光景もあちこちに見られる。

 どれもこれも、生命の書に記されている特殊スキル《生命付与》の効果とピタリと一致する。

 

 「まだ下級スキルで良かったと思いましょう。上位スキルまで使われれば死傷者が出ます」

 「囮程度しか作れない熟練度だって事もね。熟達すればこのスキル一つで今のリーズライロなんて簡単に落ちるんだから。洒落や冗談にもならないわ」

 「全くその通りですね。この状態がまだしばらく続くとなるとあまり喜べませんけど」

 「どうせなんたらいう公爵が全部弁償するんだから無視よ、無視!」

 

 二人でそんな会話をしながらも、視線は前方を隼のように飛び駆ける本から目を離さず、ぶつかるだけで重傷者を出しそうな速度も緩めない。

 そもそも、この騒動が始まって数分で全体に指令が行き、必要最低限を除いて廊下に出る事は禁止されているため、重要区画の警護に着いている歩哨を除いて人を見る事は無い。

 おそらく、明日は地獄とまでは行かないまでも、事務処理でかなり忙しくなるだろう。

 自分達には関係ない人達にご愁傷様と心内で呟いて、本を追い階段へ突入、そのまま上の階に走り込む。

 

 「ヒァッ」

 「キモイです!」

 

 そこに居たのは土や草や石と素材を問わずに造り出された廊下を埋め尽くすムカデの群だった。

 生理的な嫌悪感で思わず足を止めたミーナに代わり、元々AIで現在も精霊という事もあって嫌悪感がほぼ無いスイが塵のような氷の粒を叩き付けるように流し込んで一掃した。

 体中に怖気が走って涙目になったミーナは、未だ震える声で礼を言う。

 

 「ありがとう、スイ」

 「どういたしまして。悪戯の過ぎる悪いほんはきっちりお仕置きしてあげましょう」

 「うん。もう本だからって手加減しない。【転化(チェンジ)】【半獣化(ハーフビースト)】」

 

 呟くような言葉と共に、ミーナの体が獣のそれに近くなり、顔からは猫の髭がピョコンと伸びる。

 ミーナの初期種族はは猫系最強と呼ばれる《竜獅子(りゅうじし)》の純粋種である《龍獅子》であり、名に恥じ入る事のないステータスを持っている。そんな中、ミーナはSTRとAGIを特化させる勢いで上げたため、その二点に関してのみならば、アルタベガルでも一位二位を争う程だ。

 半分とはいえ獣化したという事は、今までスイに合わせて落としていた速度を限界まで上げるという事だ。

 その意図を完全に理解したスイは、足を止めて精霊術でサポートに徹する事にした。

 

 「【水の大精霊が一柱:スイが(めい)により命じます。彼の者を地の楔より解き放ち背を押す風の加護を与えよ】」

 「スイ、ナイス!」

 

 大精霊による言霊の命令。それはたとえ属性の違う相手であろうとも下級の精霊を従え結果をもたらす。

 大地の精霊によって重力の枷から一時的に解放され、風の精霊によって背を押されるミーナは、持ち前の速度を相まってソニックブームさえ発生させかねないような異常な速度で生命の書へと迫る。

 その姿、まさしく天へ昇る一条の龍であり獲物に喰らいつく獅子の姿である。

 

 

 だが、生命の書の特性はそれにも負けない。

 

 

 稲妻(いなずま)の如きミーナに追われ、しかし生命の書は速度を上げて対抗する。その力の源は根本に刻まれた《生命の書はそれを追う者よりも速く飛ぶ》という唯一とも言って良い法則。

 しかし、そんな法則をあざ笑うかのようにミーナは速かった。

 

 「疾!」

 

 スキル【瞬動連歩】発動。

 

 スキルの補助によってミーナは音速を超えるが、スイの命を受けていた風の精霊がソニックブームを風の幕で吸収して雲散霧消させる事で衝撃を殺しきる。

 だが、他方―――生命の書はそんな器用な事を自力で成す力も無ければ、精霊の加護も無かった。

 ズゴン、という重々しい音と共に生命の書はバランスを崩してそのまま墜落、柔らかな絨毯の上をバウンドして転がり、目標がいきなり墜落した事でミーナはそのまま生命の書の上を飛び越えて十メートル以上を数歩で駆けて無理矢理に止まる。

 生命の書が発生させたソニックブームや自身が無理矢理止まった事による被害から目を逸らして、ミーナは生命の書を回収するために踵を返して来た道を戻る。

 そして、はて、と首を傾げる事となった。

 

 「………妖精?」

 

 そこには、おおよその人間が妖精と言われて思い浮かべるような、ピクシーのような小さな体躯をした人型に羽を生やした生物が目を回して倒れていた。一瞬精霊かとも考えたが、精霊は同じような大きさの者がいても総じて羽など生えていない。羽があるのは、竜などのそういう種族を模した姿の精霊だけだ。

 故に見た目から妖精かと判断したが、アルタベガルでは未だ妖精などというものは発見されておらず、常識で言えば妖精はアルタベガルでも存在しない幻想生物となっていたはずだ。

 そこで、ミーナがふと思い出したのは昔読んだ眉唾な古びた本の事だ。

 

 「スキルを継承する本が実は妖精の変じた姿だなんて書いた本があったけど、まさかよね」

 

 そう呟きつつ、ミーナは目を回している小さな生き物に細めの紐を巻きつけて縛っていく。

 見ていて憐憫の情が湧いてしまうぐらいがっちりと雁字搦めに縛り付けてから、スイが来るまで生命の書が転がっていないか辺りを探索するミーナだった。

 当然という顔で妖精らしき生き物を片手に握ったまま。

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