第二十一話『布と祠の主』
『あはははは! 驚いたかな? いやはや僕もとても驚いたんだよ。ちょろ~っと目を離した隙に実に云千年振りの珍客が大暴れしているんだからね。もうヴェルちゃんビックリ。しかも面白い事になってたからついつい齧り付きで見ちゃったよ。てへっ。許してよ。まあ、許されなくてもいいんだけどね。それよりも重要なのはここからどうやって面白くしていくかであって、一方的な無双は爽快であっても決して痛快ではないのが問題だよね。むろん、僕の視点における話であって、他の誰が面白くても、僕が面白くなければそれは没な展開だというのがこの場における究極の基礎にして基本であり法、つまりルールなのだよ。という訳で勝手に介入して勝手に面白くしていく訳だけど、いいよね? あ、別に返答はいらないよ。どういう答えだろうと勝手に介入するから。でも形だけは一応お伺いを立てておこうという僕なりの気遣いだし、ありがたく受け取ってくれて構わないんだよ? うん、僕って賢い可愛いちょーキュート、だね♪』
一触即発の空気を完全に無視して現れたピエロ女―――ヴェルダンディ・ゾイ・ノルンが空気を盛大に無視して長々と話してくれたおかげで、シリアスな空気が一気に消滅してしまった。
………全力の一撃を叩き込みたい程度にはイラッときた。
「殺るか……」
『あはははは! やれるものならやってみな―――ちょ、その刀って神器じゃん。無理無理さすがにそれは無理。せめて普通の武器にしてくれないと玉のお肌が傷付いちゃごめんごめん謝るから落ち着いてその刀を鞘に戻そうか。どうどうっ。あれ、今の私って獣の調教師みたぶべらっ!!』
「師匠………」
「つい手が出た。反省はしてない」
あまりにも長々と話す上に挑発までされて、気が付いたら居合い斬りで吹っ飛ばしていた。
凄まじい勢いで壁の向こうへと消えていったが、まあ、大丈夫だろう。少なくとも本体ではないのだから、万が一の確率で殺ってしまっていても問題は無い。
………なんて考えている間に戻ってきたし。
『けらけらけらっ。このヴェルダンディ様に傷を負わそうなどとは百年早い! 僕は精霊王と並ぶ強さを誇るのだよ。この程度ならかすり傷なのさ☆』
「我らが母よ。あまり奇行に走られると品格が疑われます。ご自重ください」
「ピエロノ如キ姿デ出テ来タ時点デ手遅レダロウ」
『ああっ! 我が子たちの小言で右耳が痛い。左耳から抜けてっちゃうけど。これぞまさしく右から左に聞き流す。ぷっ』
本来意思も感情も持たない機械のような連中に殺意を持たせるって割とすごいと思う。というか、口を押さえてわざとらしく笑ってみせる姿には俺もムカついた。
そんな中で、意外にもあまり動じていないアルシャがにっこりと笑ってヴェルダンディに話しかけた。
「それで、ヴェルダンディ様は何の為に出てきたんですか?」
『いやん。ヴェルちゃん頑張ってるのに無反応なんてイケナイんだぞ☆ イジケちゃうんだからねっ』
「興味がありません。それで、ヴェルダンディ様は何の為に出てきたんですか?」
『うわーん、ボケ殺しぃ! もっとテンション↑↑で行こうよ。じゃないとヴェル悲しい♪』
「どうでもいいですね。それで、ヴェルダンディ様は何の為に出てきたんですか?」
「アルシャ、今までに無いくらいに淡白だな」
『割り込み。割り込みだぁ! いきなりずるいぞ少年! 今は僕のターンだ!』
「今までの不条理に比べれば、この程度じゃ何も思いませんよ。対処できるような物は理不尽とは呼びません。ええ、ここ数日でそれを学びました。その位には慣れましたから」
「なるほど。確かに、本来なら経験する事も無い事ばかりかもしれないな」
「かもじゃなくて、普通はそんな経験をする機会なんてありませんよ。そういった事が日常の師匠には分からないと思いますが、私にとっては神話やおとぎ話の世界に迷い込んだ気分です」
『………はっ。これは俗に言う放置プレイというやつね! お姉ちゃん、ゾクゾクしちゃう♪』
「「黙れ(黙りなさい)、この変質者」」
反応を返しても駄目。無視しても駄目。実力行使でも駄目。何をしてもテンションを上げて返してくるヴェルダンティに絶対零度の視線をぶつけてやる。
隣りを見れば、アルシャの口の端もピクピクと震えていた。頭に来ているらしい。
そもそも、アルタベガルだと道化ではあってもここまでぶっ壊れたテンションでは無かったはずなのだが、一体この世界でどういう成長を遂げたらこうなるというのか。
「だいたい、どうしてそこまでテンションが高いんだよ」
『ふっふっふ。何を隠そう、ここを訪れる者がいなくなって久しくおよそ六千年! 暇潰しに改造しまくったダンジョンを越えてやって来た久しぶりのお客様なんだよ! しかも、ウルド姉やスーちゃんのところじゃなくて、この、ヴェルダンディの生の祠に! いやぁ、テンション↑っても仕方ないよね!!』
「つまり、六千年放っておかれた分の反動だと。………また面倒な」
『ははははは! そう面倒がらずに楽しみたまえよ。そして是非とも僕を楽しませてくれたまえ! そうしたら、僕も感極まって「きゃー、リンちゃん大好き~」などと叫んでしまうかもしれない』
「分かった。全力でつまらなくなるように努力しよう」
そんな事を言われるくらいなら『終の洞窟』に単独無装備で突っ込む方がマシだ。いや、さすがに神原域以上の鬼畜フィールドに一人突貫すれば即死確実だからごめん被るがそれくらいに嫌だ。
だから即答で拒否の意を伝えてみたら、よよよ、と、わざとらしく倒れこんで見せた。
「主様、お気を確かにっ」
「ダイジョウブデスカ、主ヨ」
「……………(あわあわ)』
「くだらな……」
「師匠、もういっその事、別の祠を選びませんか?」
面白いぐらいにおろおろと困惑する三体とは対照的に、俺とアルシャは冷めた目で泣き真似をしている馬鹿を眺める。
ちなみに、アルシャの案は一考する事も無く却下だ。
「ウルドはこの分だと底無しにネガティブだろうから励ますのがこいつを落ち着かせる以上に大変だし、スクルドは不思議ちゃんでなかなか会話が成立しないから無理。つまり、非常にとても心底全力で残念だが、こいつが一番マトモなんだよ。色んな意味で、な」
「すみません。これ以上、というのが想像できないです。それに、これも想像の埒外だったんですけど」
「まあ、あれだ。……諦めろ」
『ああ! 久しぶりのお客さんがこんな鬼畜ドSないじめっ子だったなんて………僕、泣いちゃう』
ブツン。
どこかで何かが切れる音を聞きながら、俺はアイテムボックスを操作して、一本の刀を取り出した。
柄頭から鞘の先まで一切の光を吸収して返さない漆黒の刀。その刀身も同じく漆黒で、まさしく全てを呑み込む闇を押し固めたような刀。アルタベガル史上最凶にして最も使えないと言われたシリーズの刀だ。
それが俺の手に収まると同時に、鎧や天刀、杖も全てが消える。
装備条件を満たすために、強制的にアイテムボックスへと戻されたのだ。この刀を装備する際には、他のあらゆる装備を解除しなくてはならない。
他にも、ゲームのシステムを根底から覆すような制約がいくつもあり、それらによる考えられないほどの弱体化と引き換えに、ほぼ全てのモンスターを一撃で葬り去り、神にすら傷を付けられる法外な攻撃力を誇るバランスブレイカー。それがこの刀を初めとしたシリーズだ。
《弑神シリーズ:弑神刀》
入手条件も何もかもが不明となっている神を弑する武具。それを視界に入れたヴェルダンティが目を見開き、何度も瞬きを繰り返した上で一瞬の硬直。後、凄まじい速度で壁際まで後退った。
ガクガクとその身を震わせながら、定まらない指で弑神刀を指差してくる。
『ちょちょちょちょちょ、どどどどどどうしてあなたがそれを持っているのよ! ととというか、ままままさかとはおお思うけど、ぼぼ僕にそそそそそれを使うつつもりじゃないよね!? さささささささすがにしし死んじゃうって、割と本気で!!』
「安心しろ。これ以上ふざけなければ抜かないからな」
『いやー、それはちょっと無理かな~《チャキッ》なんて微塵も思っていないですはい』
ちょっと鯉口を切るだけでヴェルダンディは態度を一変させる。
神や精霊王に近い存在である彼女ですらそうさせてしまうようなありえない武器だからこそ、俺や他の弑神シリーズの所持者も、普段はアイテムボックスに死蔵している。
これを抜く時は神と戦う時だ、などと冗談を交し合う程度にしか役に立たない無駄な代物だが、脅しに使うだけならばなんら問題は無く、今回のような事例ではとても重宝する。………無論、宣戦布告と取られてもおかしくない行為だから、相手を選ぶ必要はあるが。
『それで、ここに来た理由は転生? それとも試練? どっちにしても祠まで行かないとだからさっさと行きましょう。ああ、君達はここで待っててね。後で処遇について話すから』
「了解しました」
「承知イタシマシタ」
「…………」
三体は各々了承の意を返すと、部屋の隅に固まって立ち、ピクリとも動かなくなった。そういう所を見ると、本当に魂も何も無い人形のような存在なのだな、とそう思う。
三体を一度見た後、俺は硬直しているアルシャの頭を叩く。
「詳しい事はややこしいから説明しないが、あれが素だと思っとけ。さっきまでのは演技みたいなものだからな。あまり深く考える必要な無い」
「………あ、はい。分かりました」
「ほら、行くぞ」
奥へ向かう通路でこちらを待っているヴェルダンディを追って、アルシャと共に歩いていく。
罠はヴェルダンディが解除するだろうから、大分楽な道行になりそうだ。
まあ、普通は罠を回避あるいは解除して進む物なのだろうけれど。