第二十話『布と不可能交渉』
「僥倖、ね。一応、そんな結論に至った理由を聞いておこうか」
崩れ落ちた瓦礫と土砂の中、三者三様の化け物と対峙する。
この世界に初めて出会った、知性と理性を持ち合わせているモンスターで、ほぼ確実に俺が斬らなければならない敵だ。こいつらを万が一にも表に出す訳には行かない。
そうなると、今まで人もしくはそれに近い者を殺した経験が無いというのはマイナスだ。相手が手加減しようもない程の強者だったり、手加減する必要が無いようなゲスだったりするならば、ある程度振り切る事も出来るが、見た限りは、モンスターとはいえ理性があり人の姿形をしているのは、やはり躊躇してしまう。
だから、先を促したのだろう。斬る理由が出来る事を願って。
そんな最低な俺の考えなど分かるはずもないモンスター達は、リーダーらしき人型が不慣れなのが傍目にも分かる不恰好な礼して見せる。
「まずは、話し合いに応じてくださった事にお礼を言いましょう。無視されてそのまま戦闘へと入る事も想定していましたから、とても嬉しく思います」
「くだらない前置きはいい。とっとと話せ」
「では、そのようにしましょう。まず、僥倖、という言葉に関してですが、そちらに他意はありません。文字通りです。いくらあなたが強くとも、無限に湧き出る敵を相手し続けるのは無理でしょう?」
もし人間ならば、悪意の無い聖女のような微笑みを浮かべているのだろう。そんな風に悪意の無さを伝えてくる声音だったが、むしろ不快だ。言葉の裏に、敵意を見せればどうなるかという脅しが隠すまでも無く含まれている。
そもそも、俺をその程度と見ている事自体が神経に障る。
「無限に沸き続ける、な。確かに、俺にだって体力の限界はある。物を食べなければ生きてはいけないし、排泄だってする。汗も掻けば喉も乾く。強者ではあっても無敵じゃない。それは認めよう」
「そうでしょう。だからこそ、私達はあなた方に生き残る機会を―――」
俺の言葉に頷いて続けようとした上から見た言動が途切れる。
否。俺が途切れさせた。
俺が行ったのは、制御していた魔力を解き放っただけだ。しかしそれだけで、溢れた魔力が無秩序に、そして俺の心に敏感な反応を示して吹き荒れる。
元々、魂の生まれ変わるこの場所は異常にマナが濃い。そこに莫大なオドが振り撒かれ、乱れ、ただの人形であるモンスター達は簡単に崩れ落ちて粒子へと、マナへと還る。アルシャは精霊の守護符によって守られ、三体は金属製の僧侶服を着た竜化途中の竜人のようなモンスターが何かをして防ぐ。
それでも全ては防げなかったようで、無理矢理人型を取った下級精霊といった風情のモンスターが姿を乱れさせていた。
「で? それがどうした。魔力を垂れ流すだけで消えるような雑魚が湧いて出た程度でどうにかできるとでも思ったのか?」
実際、三体が死なずに済んでいるというのはそれだけでも十分な快挙だろう。
アルタベガルでは、RPGに良くある『高レベルになると低レベルの敵が出なくなる』という現象を取り入れ、その際に理由となる設定を採用している。
その内容は『非物質(マナ集合体、霊体等)は高レベルのプレイヤーが垂れ流すオドに耐え切れず消滅し、実体のあるモンスターは遭遇前に危険を感じて逃走する』という物だ。
これにより、高レベルのプレイヤーが何の対処もせずに低レベルのフィールドを歩くと、それから逃げるモンスターや獣が暴走を起こす等の問題が発生し、それによって、初心者指導が滞る等といった事態まで発生する事となった。
初心者指導のギルドを中心とした抗議に対して運営が提示したのが『垂れ流しの余剰魔力』という設定と、『魔力操作』のスキルではないスキル―――プレイヤースキルだ。
詳しいシステムはここでは省くが、結果として中級以上のプレイヤーは不要に魔力を垂れ流さないのがマナーとなり、俺も普段から魔力を垂れ流さないようにするのが普通になっていた。
それはこの世界でも同様で、俺がやめるだけで状況が一変するほどに強力な一手となった。
「ほら、何か言ったらどうだ?」
「スマナカッタ。ドオカ、魔力ヲ抑エテクレナイカ。ドウホオノ失言ハ謝罪スル」
「………まあ、話し合いに応じておいて、口も聞けなくするのは違うな」
竜型の言葉に俺が魔力を収めると、人型はギチギチと耳障りな音を立てて身を震わせ、精霊型は一度様々な元素を確認するように一つずつ大きくしたあと、へたり込んで胸に手を当てて見せる。
どうでもいいが、精霊型は喋れないのだろうか。一度も何か声を発した記憶がないのだが。
「だが、分かり合えるとも思っていない。お前達の存在意義は強者の選別。祠までの道で生ある者を殺す事。そして、俺達はその祠まで行く事が目的だ。妥協の余地は無い」
「シカシ、ワレワレモコノママ引キ下ガル事ハデキナイ」
「となると、結局戦闘になる気がするんだが、実力差はすでに示したよな。それが結果だ。もう少しせっかく得た自分の命を大事にしようとか考えないのか?」
「ワレラニ決定権ハナイ。死ヌヨウナ戦イデアロウト逃ゲル事ハ許サレナイ。故ニ、言葉デ解決デキルナラバ、ソレガ最善ダロウト考エル」
つまり、要約すると「こっちは死にたくなくても、あんたらがいるとゼロ戦並の特攻をしなきゃならないんだから、とっとと諦めて帰ってくれ」と、いう事だろうか。
無理だとしか返せないのだが、そう返しても無限ループへと陥る気がする。
仕方がない。後味はかなり悪いが、力で捻じ伏せさせてもらおう。ここでグダグダするのは時間が惜しい。
「言っただろう。俺達とお前達の意思は相容れない。消えろ。でなければ、殺し合い、いや、俺による一方的な虐殺だ。命令でも使命でもなく、貴様らの意思で選べ」
「ヤレヤレ。大変残念デスネ。言ッタデショウ。ワレワレハ物デス。物ニ意思ハアリマセン」
「なら、殺す。わざわざ殺されてやる義理も理由も無いからな」
シャラン、と澄んだ音をさせて天刀を抜いて構える。
やろうと思えば、魔力を垂れ流す以上に放出して、三体のマナの連結を崩す事もできる。だが、強い意志を持って立ち塞がる敵に対しては、きちんと己が刃で持って殺すのが礼儀だろう。
そうして、俺が刀を抜いた事で張り詰めた空気の中、蹂躙が始まる、という刹那の瞬間だった。
『ジャカジャカジャーン!! 生の祠の主、ヴェルダンディ・ゾイ・ノルンだよ~!!』
能天気の極みとでも言うような、ピエロルックの女が現れたのは。