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第十六話『布と座学』

 「師匠、一体こんな所で何をするんですか?」

 「着けば分かる。今は黙ってついて来い」

 

 アルシャ瀕死事件からさらに三日が経ち、いちいち回復魔法を掛けるのが面倒―――もとい、最高効率で上げるために、アルシャを連れて北のコースト山脈まで来ていた。

 このコースト山脈、特に中心にあるスレベント山は、あの草原よりは壷の最低レベルも最高レベルも高く、あれ(・・)が存在していれば、最高で千レベル近くまで上げられるというのが主な理由だ。後は見飽きたから場所を変えたいという個人的な理由しかない。

 山道は険しく、モンスターも決して弱くは無いため相当に厳しい旅路になるのが普通だが、仮にも始祖である俺が徹底的に援護した結果、余裕を持って道程を消化できている。

 

 「師匠、黙ってついて来いと言いますけれど、どこへ何をしに行くのかが分からないと不安になります。教えていただけませんか?」

 「はぁ。仕方が無いな。俺達がこれから行こうとしているのは『神霊の祠』だ。現存しているかどうかは分からないけどな」

 「神霊の祠、ですか? そのような物があるという話は聞いた事がありませんが」

 「当たり前だろう。生者には関係の無い場所だ。その祠がある洞窟は、生きている者は視認もできなければ入る事もできない。そんな場所が公に知られていれば、逆に俺が驚く」

 

 神霊の祠というのは、設定では死者の転生が行われる特別な場所であり、それを作り出した神が死者以外が迷い込まないように結界を持って封じている特殊なダンジョンだ。付け加えるなら、最奥に存在する祠まで出向き、そこで何らかの試練を突破する事で、上位種族へと転生する事ができる。何らか、というのは本当に何らかだ。十人十色で内容が一定ではないので、何をする、とは言えない。

 今回はそれの利用が目的ではないので、今は置いておくとしよう。

 

 「ああ、入れないなら何故向かっているのか、なんていうのは気にしなくていいぞ。その程度の事は問題にもならない。まあ、それほど難しい事でもないし、気楽に行こう」

 

 バラしてしまうと、今回やろうとしているクエストの内容はただのクイズだ。アルタベガルに関する、ちょっと調べれば分かるような問題を一問解いて一レベル上がる。それが二百問前後延々と続くだけで、集中力さえ続けば誰でもできる初心者救済のサービスクエストである。

 受託条件は二百レベル以上三百レベル未満で、初期種族の内、人族である事であり、大抵の人は知らずに過ぎる特別なクエストだ。仙人を目指すならば、これをこなすだけで大分楽になる。

 ………すでに俺が知っている時代から六千年以上経過しているのを忘れていた。

 

 「という訳で、ちょっと基礎知識から詰め込んでくか。最近ずっと戦闘続きだったし丁度いいだろ」

 「えっと、話が見えないのですが、説明していただけますか?」

 「いや、クエストが問答系だからな。俺がやった頃の連中なら問題無かったんだが、アルシャだと保有している知識に差があるからな。最低限余裕で突破できるように、歩きながら座学だ」

 「………せめて休憩しながらにしませんか?」

 「却下。そもそも休憩できるような場所がどこにある」

 

 上目遣いのお願いを即答で棄却した俺は、アルタベガルにおける基礎知識の授業を開始した。

 

 

 ×××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××

 

 

 「師匠は鬼です!」

 「何を言ってる。俺は人族の始祖だと言っただろう。じゃあ、次、と言いたい所だが、タイムアップだな。ここが祠の入り口だ」

 

 ちゃんとあって良かったと思う。

 祠があるのは、山の斜面にいくつかある洞窟の一つで、巨大な岩に隠されているのが見つけるための目印になる。その岩には、岩その物の模様に見せかけた魔方陣が描かれている。よく見れば、ルーン文字ともオガム文字とも取れる、複雑かつ難解な文字が幾何学模様と共に刻まれている。

 この岩こそが、幽霊――魂だけを通すための仕掛けであり、この先の空間との境界を担っている。

 

 「この岩は神が設置した物で、神の他ではそれこそ精霊王クラスの力でも無ければ壊せない。レベルで言うなら十万オーバーだな。よって、ここから先に俺達生者が進む方法はたった一つ。鍵となる道具を揃え、然るべき手順を踏む必要がある」

 「道具に、手順、ですか?」

 「そうだ。道具は《霊王の雫》《霊化符》《精霊の守護符》の三つだ。まず、霊王の雫を飲み込み、霊化符を発動する。霊化符は幽霊になる訳ではなく、霊子――幽霊が持つ魔力のような物を纏い、これによって岩を透過できるようになる。精霊の守護符は持っているだけでいい。それで効果を発揮する」

 

 言いながら、小さい透明な勾玉と二枚の符を渡す。一枚には岩と同じ文字が踊っており、もう一枚は美しい蒼に染まっている。蒼いのは水の大精霊であるスイの守護が掛けられているからだ。三つとも、大量に保持しているので多少の消費は全く問題ない。

 

 「時間が勿体無いからさっさと行くぞ」

 「あの、せめて心の準備をさ――」

 「却下。どこぞの馬鹿貴族に押し倒されたくないならさっさと飲め。そして発動しろ」

 

 自身が割と危機的な立場だって分かっているのかどうか。七日も死闘を続けてなお温さを保つ精神に半ば感心しながら、それでも最低限の危機感を煽る。

 普通はあんな拷問染みた事なんて耐え切れないだろうに、さすが王族とでも言うべきか耐え切ったどころか未だに精神的には余裕そうなアルシャも、女性としての尊厳を失うのは耐えられないのだろう。何を想像したのか顔を青くさせつつも勾玉を飲み込む。

 実際、あのナルシストとか典型的なデブ貴族とかに押し倒されて好きにされるのは死ぬより辛いだろう。それを指摘するのは、気が進まない上にやる気を減退させかねないが、最低限動かすには十分過ぎるネタという事だ。

 俺も、言う事を聞かなければ体重百キロ超過の女に逆レイプさせると言われれば、どんな事でもするだろう。

 自分で考えた事に吐きたくなったが、無理矢理抑えて霊王の雫を飲み込んで霊化符を発動させた。それと同時に全身を見えない膜が包んだような感覚がして、同調するように岩が僅かに発光する。

 

 「さっさと霊化符を発動させろ。さっさと行ってさっさと終わらせる」

 「………発動しましたけど、なんだか変な感じがしますね」

 「それが霊子だ。冥霊族でも無ければ滅多に触れる事も無いから、覚える必要は特に無い」

 

 アルシャも霊化符を発動させ、身を覆う霊子に戸惑った様子を見せる。俺は、そんなアルシャの手を掴み引き寄せた。

 間近でこちらを見上げるアルシャは、顔を赤くして慌てるが関係ない。

 

 「あの、その、し、師匠! こういう事は順序という物がですね!」

 「知るか」

 

 懸命に俺を押し離そうとするアルシャの言を一刀両断し、手首から襟首へと掴む場所を変える。そして―――

 

 

 ―――投げた。

 

 

 「きゃああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 「………………。さて、行くか」

 

 少々強く投げ過ぎたのか、想像していたよりも少しだけ、そう、少しだけ早い速度で遠ざかっていく悲鳴を聞きつつ、俺は岩にズブズブと足を踏み入れて行った。

 まあ、死んではいないはずだ。…………多分。

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