第十五話『布と一時の休息(?)』
「死ぬかと思いました」
あれからすぐにモンスターを消し去り、壷を仕舞った後、アルシャを治療した。
それから血臭が酷いからと移動し、アルシャが放った第一声がこれだ。
「いや、それについては本当に悪かった。この修行が終わったら何か埋め合わせを考えておくから、勘弁してくれ」
「ホントよねぇ。会話に夢中になって弟子を死に掛けさせるとか、師匠失格じゃない?」
「お前にだけは言われたくないが、何も言い返せないな」
完全にこちらが悪いため、しっかりと頭を下げる。埋め合わせについては、手持ちから何か武器か防具を渡す事にしようと思う。オーバースペックな武器を持てば、多少のレベル差くらいならどうとでもなるのだし、それが一番無難なはずだ。
「それにしても、三日三晩ずっと戦い通しだったんでしょ? よく倒れたりしなかったわね」
「あ、はい。食事はちゃんと取ってましたし、疲労はリンセイルさんが小まめに回復魔法で取ってくれましたから。最初は無理だと思いましたけど、三日も経てば慣れてしまいます」
「こうしてお姫様はリンに調きょ――もとい、洗の、じゃなくて、教育されていくのね」
「ミーナ、今何て言おうとしたのか教えてくれないか? 俺にはどうも調教だの洗脳だのと聞こえた気がするんだが、きっと俺の耳が悪いんだよな」
「あはははは。大丈夫よ。私はちゃんと分かってるから」
お前が分かっていても意味が無い。そう叫びたいのを、喉元で無理矢理押さえ込む。ご機嫌に笑っているミーナと顔を引き攣らせているアルシャをよそ目に、眉間をトントンと叩く。この話題を続けると頭痛で悩まされる事になりそうだ。
「まあ、いい。どうせ物は言い様だ。教育と洗脳は同義。どちらも他者を汚染するという事では変わらないだろう。その差異は他者から見た物にしか過ぎない。自分では教育と思っても、他者から見れば洗脳にしか見えない事もある。逆もまた然り、だ。この場合は虐待というのも選択肢に入るかもしれないけどな」
「ま、教育とか洗脳って言うよりは正しいよね。別に何か教えてる訳でも無いし。むしろ一種の拷問じゃない? 永遠に戦い続けるか殺されて死ぬか。いや、管理が徹底してる分には戦闘一択だけどさ」
「食事休憩があるから精神的にもギリギリ持つだろ。そもそも、思考する余地が無い分マシだ。エンドレス死階で出てくる因幡を狩って肉を納品するクエストなんか、関係ないモンスターがワラワラ湧いてくるし、ようやく因幡を見つけて殺しても肉が出ないしで精神的にかなり参るぞ」
死階というのは四千四百四十四階の事だ。別名四ゾロ。その階だけ殺傷系トラップの数が多く、モンスターも普通に六千~七千の強力な奴が出てくる。エンドレスにおいて最も死人が多く出るためにそう通称される事になった。まともにエンドレスを攻略する上では最大の壁とも言える階層だ。
そして、そんな場所でしか出て来ないのが先程言った因幡というモンスターだ。
希少な上に機敏で、しかも他のモンスターの攻撃であっさり死んでしまう特殊なモンスターで、その肉はアルタベガル中で最も美味。メソポタミアのギルドには年中肉を入手するクエストが貼ってあり、これをクリアすると索敵系スキル《食材探査》と毒の有無から味の優劣まで分かる《食材鑑定》が手に入る。
難易度と報酬が限りなく釣り合わないクエストの一つだ。俺のような暇人がネタで取るにしても、ちょっと躊躇してしまうような過酷なクエストである。無論、躊躇しただけでしっかり取ったのだが。
しかし、ミーナの方は別の意見があるらしい。
「うーん、それも確かにキツイとは思うけどねぇ。私的には神原域の走破が一番苦痛だと思うかな。精神摩り減らす隠蔽か地獄のような強行突破かの二択だったし、三位以内に入れなければ報酬無しだったし」
「あー、あれか。あれはそもそも根底からおかしいだろ。ダンジョンタイムアタックとか砂漠フィールド走破とかならまだまともな需要があったけど、二、三百メートルも隠蔽無しでいれば神獣巨獣もろもろが群がってくるような場所でタイム競うとか、マゾ通り越して鬼畜外道だろ。死人が大量生産されてたし」
「………師匠達の話が天上過ぎて付いて行けません」
イベントその物の内容的にも、実際に行った際の過程とか結果的にも悲惨な事になった当時の出来事を思い出して頷いていると、隣で聞いていたアルシャが先程以上に疲れた様子でグデッとなった。回復魔法で疲労は抜いてあるはずだが、何かあったのだろうか。
「どうかしたか、アルシャ?」
「どうかしたか、じゃないですよ。師匠達は軽く話してますけど、実際は伝説級の所業ですからね? 神原域なんて御伽噺の中でしか聞きませんし、現在エンドレスで攻略されている階層は三千百階までです。死階っていうのが何階かは分かりませんけど、確実にそれより奥ですよね」
「おいおい、後退し過ぎだろ。せめて四千四百四十四階でストップしてますっていうならまだしも、それ以前っていうのは割と問題だぞ。あの迷宮、少なくとも一万五千階までは確認されてるし」
以前、エンドレスで最大何階まで行けるかというレースがプレイヤー主催で行われたのだが、それで打ち立てられた記録が一万五千百十四階だったと記憶している。俺も一万四千階の半ばまでは行ったのだが、そのくらいまで潜るとカンストの廃人でも一撃死だ。後半はいかに上手く隠れ続けたかというのが肝だった。
その辺の苦労を言ってやると、盛大にため息を吐かれた。
「師匠達に常識を求めるのは無駄だってよく分かりました。そもそもやってる事からして命を投げ捨てるような狂行ですし、それで生還しているのですから、もはや何と言えばいいのか分かりません」
「死ぬ時は大抵あっさり死ぬものだけどな。まあ、その程度はできないと、始祖になろうなんて妄言は吐けない。事実として、始祖になるための試練はそれ以上の修羅場が連続する。死なない方が不思議なくらいの地獄だぞ? 例え神話級の怪物が立ち塞がったとしても、絶望的な戦力差を抱える修羅場程度、今更だ」
「まあ、その辺りは神様の匙加減次第だけどね。私とリンじゃ難易度の桁が違ったし、他も個々人の性格や能力なんかを見てるんだと思うけど、その辺りの詳しい事は分からないわ。甘くないのは事実だけど、万人には達成不可能というレベルの物でもないわ。最低でも神獣の単独討伐ができないと無理だけど」
肩を竦める俺と飄々と事実を話すミーナを交互に見て、「神獣を討伐とか、その時点ですでに人ではありえません」と言って突っ伏した。修行中よりも疲労度が増しているように見えるし、モンスター殺害無期限耐久レースより、常識を宇宙の果てまで投げ捨てた人外達との会話の方が辛かった、ということだろう。
「という訳で、精神的疲労を癒すためにも修行を再開しようか。タイムイズマネー。時は金なり、だ」
「じゃあ、ちょっとだけ見学してから私も戻るわ。本も心配だし」
「し、師匠、疲れたって分かってるなら休ませてくださいっ。 ミーナさんも、お願いですから本より私の心配をしてください。このままじゃ死んじゃいます!」
「「大丈夫。死ぬって言ってるうちは死なない(わ)」」
「い、いやぁああああああああ!」
さて、休憩も終わった事だし、(俺的には)生温い修行を再開しますか。