第十三話『布と種子』
「さて、まずは改めて自己紹介と行こうか」
銀髪の少女の前で、俺は笑って自らの素性を告げる。
「冒険者のリンセイル。種族は始祖でレベルは二千だ。出自は秘密。得意武器は布で、布武術と触り程度の剣術を嗜んでいる。ちなみに、布武術は俺が自身で開発した武技なので、同じ技を持つ者は一人も、ああ、いや、一人しかいない、だな。まあ、そっちは会う事も無いだろうから気にするな。そして、今日から最低一ヶ月間君を鍛える事になる。否が応にも指示に従ってもらうからそのつもりでいるように。まあ、俺の自己紹介はこんな所か。次は君だな。最低でも名前と得意武器に目指している戦闘スタイルは押さえる事。はい、開始」
淡々と自己紹介をして、少し不意打ち気味に自己紹介を強制させる。パン、と手を叩いた音に慌てて短期の弟子となった少女、アヴァロン国第一王女アルシャ・リースレイ・アヴァロンが自己紹介を始める。
「あ、アルシャ・リースレイ・アヴァロン十六歳です! 得意武器は剣で、将来は剣も魔法も使える魔法剣士になりたいと思っています! まだまだ十五レベルの若輩者ですが、どうぞご指導ご鞭撻の程をお願いします!」
「とりあえず、叫ぶな。俺の耳はそこまで悪くない。まあ、剣が得意で剣と魔法の両立を目指している事は分かった。趣味嗜好は一ヶ月もあるんだから追々分かっていくとして、魔法剣士という事は剣を振るいながら魔法も操る、という事だな。正直かなり難しい高等技能だ。俺でも本気で動いてる時は魔法行使をする余裕なんて無い。道は険しいなんて物じゃないぞ」
「はい。それはもちろん分かっています。でも、それができたら相手の意表を突けますよね。それに、どうせ目指すのなら難しい方にしよう、って思ったんです」
笑顔で言うアルシャに、俺は、ほぉ、と少し感心した。ただ格好いいから、強そうだから、などという理由だったなら強制的に一つの武器に絞らせて鍛え上げていた。だが、多少認識が甘い所もあるが及第点と言っていい考えだ。
実際、武器と魔法の両方を鍛えている奴は恐ろしく少ない。理由としては、さっき言ったが本気の戦闘ではインファイトである武器戦闘とアウトレンジで行うべき魔法戦闘は両立できないからだ。それを行うのは、手で書き物を行いながら足で編み物をするような曲芸染みた行為で、最低でも並列思考を習得する必要がある。
まあ、どちらかを無意識レベルで行えるように修練を積めばいいのだが、そこまで鍛錬を積んだなら一方に絞った方が遥かに効率的だ。
(とりあえずはこのお姫様がマルチタスクをこなせるかどうか、だが、それは最後でいいか)
並列思考は超高難易度の高等技術だ。多大な才能と長大な訓練をこなして、使える“かも”というレベルの代物なのだから、初期の段階でそちらの方向に突き進む愚を犯す事は無い。そんな方法で強くなれるのは、真正の天才だけだ。
魔法主体だというのなら、モドキレベルの複数思考でもいいから身に付けさせるが、アルシャの目指す方向性は武器主体なのだから必要ない。逆に行動を阻害する可能性がある以上、今あるスペックは全て近接戦闘に注ぐべきだ。
「まあ、意気込みは理解した。が、平行作業で魔法まで手を出すのは馬鹿のする事だ。まずは剣を鍛え、レベルを上げる。それが最優先になる。そのためにも、いくつか知っておくべき事がある。アルシャ、お前は何の《種族種子》を宿してる?」
そう。そこが最重要だ。アルタベガルで最弱である人族が過疎化しなかった最大の理由が《種子システム》の存在であり、それによる器用貧乏だった人族の多様化である。
このシステムが本当に曲者で、一キャラクターに付き別の初期種族が作れる種を二つ使えるのだが、組み合わせ次第でステータスの上がり幅が大きく違う。さらに言えば、この種の組み合わせによって、次に転生する上位種族が限定されたり、特定の組み合わせだと他には無い上位種族に転生できる。
例えば、俺はここに来るまで人族→仙人→始祖と来ているのだが、人族から始祖になるためにはこの仙人という種族と超高難易度の特殊条件イベントをクリアして転生する全種族共通の上位種族《英雄》になる以外の方法は分かっていない。
仙人になるための種の組み合わせを行うと、驚く事にレベル一つに冥霊族の五倍のモンスターを倒す必要がある。もう一つは条件自体は極めて分かりやすいのだが、発生が恐ろしいほど少ない《国家間戦争》で英雄的素質を示す事だ。
詳しく説明すると、レベル千以上の敵プレイヤーを相手に所属する総数の三分の一を超えて殺害し、さらに貢献度一位で戦争に勝利しなくてはならないのだ。
そもそも、戦争の発生には二国間における友好度を極低まで持って行き、さらにその状態で敵国へと送られる使者を殺害しなくては発生しない。当然、破格の高報酬を支払われる『使者の護衛』というクエストが発生するため、殺害は恐ろしく困難だ。故に、アルタベガルでもついぞ発生しなかったイベントで、当然ながら英雄という種族は一人たりとて存在しない。
ただし、その分英雄も仙人も上位種族としては異常な能力を誇り、当時のアルタベガルは騒然とした物だ。まあ、英雄はスペックが公表されただけで一人もいなかったし、仙人は俺が種の種類を教えなかったために一人だけだったので、すぐに収束する結果になったが。
ちなみに、事種子システムに関しては完璧な表など存在しない。初期種族だけでまさしく星の数ほどいるのだから、当然種子の組み合わせもそれに習いほとんど無限。運営すら把握していないと噂されるくらいに多様な組み合わせが存在している。
その種子の組み合わせ如何によって、効率的に経験値が得られるモンスターや、場合によっては武器の変更も考える事になるので、修行開始前に聞いておこうと思ったのだ。
だが、アルシャから返って来たのは困惑だった。
「ええと、あの、れーすしーど、とは何ですか?」
「は? ん? ええ、ああ、んー。…………もしかして、種子システムを知らないのか?」
「あの、もしかして冒険者には常識の知識なのですか? 知っていて当然、とか………」
「ああ、いや、ちょっと待ってくれ。考えをまとめるから」
種子はステータスには表示されないため、ステータスで推し量るか、本人に聞くかぐらいしかない。前者はステータスが低過ぎて無理、後者は本人がそもそも種子の事を知らなかったために図らずも駄目出しとなった。
この場合として考えられるのは、そもそも種子が存在しない、または存在が知られていないか、別の名称で広まっているかの二通りだろう。
ただ、存在しなければ説明が面倒だし、別の名称で知られている場合は認識の齟齬を合わせるのが大変だ。
という訳で、三つ目の確認方法を取る事にする。
「まあ、百聞は一見に如かずとも言うし、とりあえず使ってみろ」
思考を放棄した俺は、アイテムウィンドウから冥霊族の二強と呼び声高い《冥王族》の種子―――いくらでも生成可能なのをいい事に知り合いを捕まえて所持上限である九十九個まで作らせた―――を一つ取り出してアルシャの手に押し付けた。ちなみに、冥王族の種子はぼんやりと発光する六芒星を閉じ込めた、薄い黒の球体だ。
アルタベガルでも半血種と並ぶキャラクター作製手順の面倒な《純血種》の一つである冥王族の種子。アルタベガルですら希少なそれを受け取ったアルシャは、手に持ったそれを見て困惑するのみだ。
「あの、これをどう使うのですか?」
「………普通に一度アイテムウィンドウに入れてから使えばいいと思うんだが」
「まずそこから分からないのですが、詳しく説明していただけませんか?」
「………………………すまん。こっちの基準で考えてた」
いつの間にかアルタベガルでの初心者指導と混同していた事に気付き、謝罪する。
しかし、向こうと同じ使用方法でないとなると、どうやって使用するのかという事が切実な疑問となってくる。
(食べる? いや、それはさすがに無いだろう。あったとしても最後の手段だ。ここはやっぱり順当に、胸に押し付けるとか頭にぶつけるとかかね)
「とりあえず、胸の中心と頭に一度ずつ当ててみろ。それで無理なら今度は魔力を込めながら繰り返せ」
「分かりました。やってみます」
アルシャは素直に言われた事を行動に移す。まず胸に種子を当て、ついで、頭に当てる。しかし、変化は無い。まあ、手探り状態なのにそうそう簡単に正解にぶつかる事などありえない。仕方の無い事だ。
だが、次の瞬間、アルシャが命令通り魔力を込めて胸に当てようと、魔力を通した瞬間に変化は起きた。
〈ピシッ〉
魔力を受けただろう瞬間、種子にヒビが入り、内の六芒星が発光し始める。それを見たアルシャが種子に送る魔力を止めようとしたのを見て、俺は反射的に叫んだ。
が、それがいけなかったのだろう。
「止めるな! そのまま送り込め!」
「ひゃっ!」
俺の声を受けて、アルシャは種子を取り落としてしまった。地面に落ちた種子はそのまま文字通り粉々になる。そのまま光の粒となって空気に溶けるそれを、アルシャは呆然とそれを見つめ、俺はそんなアルシャと種子を半分は納得、残り半分は割れたなぁ、という単純な思いと共に眺めた。
ご指摘を受けたので、今回から後書きなどは活動報告に移ります。
ちなみに、実施中のアンケートはアルシャ修行編が終わるまでです。