第十二話『布と会食(下)』
お久しぶりです。大分遅れてしまい申し訳ありません。
それで、さらに申し訳ないのですが、そろそろ富士見ファンタジア小説大賞に応募する原稿を書こうと思うので、一月から二月ほど投稿が遅れる事になると思います。
楽しみに待ってくださっている方々には本当に申し訳ないのですが、ご容赦の程をお願い致します。
時たま響く、カチャ、という食器とスプーンやフォークのぶつかる音も途絶え、部屋が完全に沈黙する。
三者三様、それぞれの理由で持って全員が沈黙する中、最も早く食事を終えて食後の紅茶を楽しんでいた王がカップをソーサーに戻した。カチャリ、という小さな音がやけに大きく響く。
「さて、話を続けようか」
小さく呟くような、しかし絶対に聞き逃す事がない威厳の込められた声を受けて、俺も笑みを浮かべて頷く。
「そうですね。まだ、我々をここに呼んだ本題まで行ってないみたいですし、しっかり聞かせてもらいます。わざわざ王女殿下まで同席させている理由も含めてきちんとお聞きしますよ」
十中八九、王女様関連だろうな、と当たりをつけつつも笑顔で言い切る。笑顔なのは表情を読ませないための俺なりの方法だ。俺としては、無理に無表情を貫くより、常に一つの表情を眼前に押し出した方が細かい機微が読めないと思っている。
そんな俺の言葉に対して、王も笑みを湛えて頷いた。
「うむ。主のように聡明だと話が早いな。だがまあ、話としては簡単だ。主に、余の娘、アルシャを鍛えてもらいたいのだ」
「鍛える。つまり、弟子に取るという事ですか? 雇用条件を聞く前に大前提として言っておきますが、私は剣士ではなくただの布使いですよ。真っ当な剣士に師事させた方が有意義だと思いますが、本当に私のような者でいいんですか?」
「剣技だけなら、アルシャはすでに基礎ができている。後はレベルを上げながら自分に合った戦い方を身に付けるだけだ。故に、師事する相手がどのような武器の使い手であろうと問題は無い。だいたい、主は剣も使えるだろう」
「ステータスの高さに任せて無理矢理型に嵌めてるだけですよ。あの程度でいいならミーナもできます」
王の言葉に肩を竦めてそう返す。そもそも、VRとはいえゲームしか知らない俺から見てさえ、この世界の武技はあまりにも“生温い”。だからこそ、大して修練も積んでいない俺に剣で敗れるのだ。
おそらく、そういったステータスに無い強さの衰退も、レベルが低い一因となっているのだろうと思う。
「レベル差があっても卓越した技術があれば十二分に渡り合えます。そうでなければ人類はとっくにこの世界から消えてますよ。この世界には神や精霊王を除いたとしても普通に一〇〇〇〇レベルとかいるんですから」
「滅多に出ない災害級の怪物を例えに上げられても困るのだがな。それに、主はそういう者達を知っているのかもしれないが、余はそれだけの強者を知らぬのだよ。生涯に一目見る事すら適わぬような存在よりも、今近くにいるモンスターや賊徒から身を守れるだけの力を与えてやって欲しいのだ」
それならなおさら俺は必要無い気がするんだが。そう口にしかけ、違うか、と思い直す。
(モンスターや“賊徒”と言った。そしてこの周辺にそこまで強いモンスターはいない。東のレッドドラゴンは渓谷から出て来ないし、安全性では大陸で一番だ。だが、だからこそ、鍛える必要があるのか。少なくとも、“強引に関係を迫る馬鹿から身を守る”ために)
事が女性の貞操だ。これが金銭やくだらない見栄、プライドのためなら断る所だが、人一人の不幸を未然に防ぐという大義名分のためなら十分一考の余地はある。今のところ、メリットとデメリットを並べればデメリットの方が僅かに多いが、その辺りの調整はここからするのだから問題は無い。
「王の依頼は理解しました。それを受けるに際して、細かく条件付けをしていきたいと思いますがよろしいですか? 両者間に齟齬があってもいけませんし、取り決めが無いのはトラブルの元ですから」
「では、受けてくれるという事か?」
「報酬として、前回提示した報酬である書庫の閲覧における制限の解除と修行に関して一切の罪過を問わない事を確約し、さらに依頼の期間をこの街に滞在している間だけで納得していただけるなら。ああ、当然、王女の体など微塵の興味も無いので、そこの所を理解した上でご検討ください。最低でもこれらの条件が守られるなら、全力で持って事に当たる事を約束します。二人もそれでいいよな?」
「どうせ急ぎの用も無いし、私がやる訳でもないし、別に構わないわよ」
「私はリンに付いて行くだけだといつも言っていますよ。リンの決めた事に悪い事があるはずありません」
二人にも確認を取ると、すぐに同意してくれた。それを受けて頷き、俺はさらに細かく中身を詰めるために王へと意識を向けて姿勢を正す。ここからが正念場だ。
「という事ですので、そちらさえよろしければすぐにでも詳細を決めて行きたいと思いますが、如何ですか?」
「ふむ。そうだな。では、場所を移そう。重要な契約をこのような場所でする訳にもいくまい」
王は頷いてから、自然にそう言った。何か悩む事も無く発言のタイムラグも無かった事から、おそらくは始めから想定していた事が窺える。きっと、いや、確実にどういう風に話が転がってもいいように、あらゆる事態を想定していたのだろう。その場のアドリブが主体の俺とは天と地ほども違う。
(やれやれ。にわかと本物じゃここまで違うか)
周囲に気付かれない程度のため息を吐いて、俺は人のいなくなった食堂を後にした。
×××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××
「では、最低契約期間が一ヶ月。報酬が禁書含む全書物の閲覧許可と金貨二千。修行内容はこちらに一任とし、死や後々に残る障害が残らなければ一切罪に問わない。その他細かい決定事項は契約書に準ずる。これが最終決定という事で良かったですね?」
十枚の紙を五枚ずつを束ねて片方を王に、片方を自分の前に置いて最後の確認をする。それを受けて、王は書類に目を通して頷いた。
「うむ。これで問題ない。では、確かに契約した。娘を頼むぞ」
「ええ。これだけ長い時間を掛けて契約したんです。見合うだけの働きはするつもりですよ」
部屋の窓から完全に日の落ちた外を見て言う。実際、たった五枚分の契約内容を決めるのに四時間以上掛かっているのだ。今日はこの城に部屋を用意してもらうという事で、スイとミーナは侍女の案内で客室に行っているし、王女も交渉が長くなりそうな気配を察し、すぐに部屋を出て行った。最後まで残っていた王妃は二時間前に王が部屋へ戻しているし、今部屋にいるのは俺と王、それに護衛の騎士四人に侍女が一人だけだ。
途中、遠慮無くいい条件を出すための交渉をする俺に対し、騎士の中で一番若くて真面目そうな女性が斬りかかりそうになったが、そんな事は眼中にもおかず、王と二人で条件を詰めた。俺は中途半端は嫌いだし、王も娘に関わる事なので真剣に話し込み、結果としてこの時間だ。
騎士の一人が先ほどからあくびを噛み殺しているし、侍女も延々と部屋の隅で立ち続けて若干疲労が見える。悪い事をしたかと思い、大した用も無く話を伸ばすのはやめておこうと思う。
まあ、そう思ったのだが、王がおもむろに放った言葉でそれは無しとなった。
「さて、契約も無事済んだ事だし、出会いを記念して酒でも飲もう」
うん。今の言葉を聞いて騎士の顔が引き攣って侍女の顔から感情らしき感情が消えた。ここで酌の誘いを受けたら周囲の好感度が一気に下がるだろう。闇討ちはさすがに無いと思うが、冷たい目で見られるのは勘弁して欲しいので一応反抗してみる。
「今日はもう遅いですし、王も疲れたのではありませんか? 明日も政務があるのですし、お休みになられた方が良いのではないでしょうか。私のような下賤の者と杯を交わした、というのも、外聞に関わると思いますし」
「はっはっは! この程度で政務に差し支えるようでは王などとても務まらんよ。それよりレマ君、酒蔵にユグドラシルから贈られたワインがあっただろう。それを持って来てくれ」
「は、はい! すぐに持ってきます!」
「うむ。慌てて落としたりしないようにな」
レマというらしい侍女が、王から言葉を掛けられてすぐに出て行った。よほど慌てているのか、ドアの向こうにあった気配は物凄い勢いで離れていってすぐに捉えられなくなる。早い。
それを笑って見ていた王の気配が変わる。
「さて、そろそろ聞いておくべきだろう。主は本当は何者だ? 少なくとも、人でも魔人でも力人でもあるまい。だが、その容姿は紛れも無く人の系統だ。他に漏らす気は無いから、話してはくれないか。ああ、お前達も他言無用だ。勅命だと言っておくぞ。破れば厳罰に処す」
「はっ! かしこまりました!」
「………そこまでして隠すほどでもないんですけどね。まあ、隠せるに越した事はありませんし、ご好意には甘えさせていただきます。それじゃあ、自己紹介をもう一度しましょう」
知る者が極少数で留まるなら話しても構わないだろう。実際、広く知られた所でどうこうされるようなつもりは無いが、わざわざ無用な危険を呼び込む必要も無い。そう判断して、俺は頷く。
「ご存知の通り、私の名前はリンセイルです。二〇〇〇レベルの始祖で、実質的な能力値は人族の六〇〇〇レベルと同等になります。諸事情あり、現在のギルドにおけるランクは最低のF-になってます。過去に単独で倒した敵の最高レベルは一四二八二ですね。代償に最高位のアイテムを湯水のように使って一日全部使い切りましたよ。自己紹介としてはこんなところですが、質問はありますか?」
自己紹介を終えて王を見ると、ぽかんとした顔をしていたので首を傾げる。多少非常識な戦歴かもしれないが、俺が異端だという事は初めから解っていたはずだが。それに、この程度で驚いているなら、《歩く非常識集団》などと揶揄された俺達の経歴を聞いたら卒倒するような気がする。
「王?」
「……はっ! いや、何でもない。始祖などというのは伝説上の種族だとばかり思っていたのでな。少々、いや、かなり驚いた。まさか、生きている内に会う事になるとは思っていなかったからな」
「始祖がありふれてた存在だったら怖いですよ。まあ、中身に関してはただの人です。怒りもすれば落ち込みもしますし、喜びもすれば悲しみもします。生物としての在り方が特殊な以外は他と変わらないただの一種族ですよ」
実際問題として、不老や一歩抜きん出た能力値を除けば、他の最高位種族とそう変わらない。種族専用のフィールドは他の最高位種族にも存在しているし、そういった所は人格には全く関係ない。まあ、この世界でどうかは知らないが、少なくとも俺とミーナには関係していないのだから、間違ってはいないだろう。
「うむ。それもそうだな。少なくとも、アルシャを任せる上でこの上なく安心できる実力者という事が分かったというだけで十分だろう。どれだけの期間になるかは分からないが、よろしく頼む」
「はい。全力を尽くさせていただきます」
俺と王は笑みと共にがっしりと手を結んだ。そこにガチャリと音を立てて先ほどお酒を取りに行った侍女が戻ってきた。握手を止めた王は侍女からワインを箱ごと受け取るとテーブルの上にドンと置いた。
「では、酒も来た事だし、飲もうではないか。ユグドラシルのワインは美味いぞ」
「あはは。ご相伴に預からせていただきます」
(うん、すっかり忘れてた。というか、なんであの侍女は箱ごと持って来てるんだ。普通一本だろ)
パッと見でも十本以上あるワインのビンを見て、俺は長い夜になりそうだな、と乾いた笑みを浮かべて頷いた。そもそも俺はまだ未成年だと言いたいが、どうせこの世界に飲酒法などあるまい。
明日は二日酔いにならない事を祈りつつ、俺は初にして長い酒盛りに挑んだ。
会食終了です。この後リンは王様の娘自慢に延々と付き合わされる事に。
色々と条件を付けて契約を結びましたが、その内容を出す予定はありません。次からはしばらくアルシャ魔改造特訓的な話に入っていきます。
次回、鬼師匠リンセイルをお楽しみに(嘘)
総評が早く来ないかな、と思う神榛 紡でした。