第十話『布と王』
ようやく十話です!
まだ基礎固めすら終わってませんが、どうにか完結まで持って行きたいと思います。
王城の中というのは、実に豪奢な物だ。
華美に彫刻を施された柱に傷一つ無い純白の壁。カーペットは足が沈み込むくらいに柔らかく、踏む事が躊躇われるほどだ。壁際に置かれた壷や絵画一つ取っても、庶民では一生分の金を注ぎ込んでも買えないような代物が惜しむ事無く置かれている。
これは外客の視線に晒される場所だから、というのが理由だろうが、その見栄を張るために一体どれほどの金が飛んだのかは想像も付かない。ゲームでは、ギルドの所有する拠点としての城に置かれているのはせいぜい甲冑やオブジェクト化されたレア武器ぐらいだ。大手ギルドでも、内装まで凝る事ができたのは極一部だけだ。
(人数がいた分、でかい城を買わざるを得なかったらしいからな。少数精鋭の所でもない限り、維持費だけで手一杯になるのは仕方が無い事なんだが)
大手になると千人単位で、少数精鋭を歌っても、城を持つような所は数百人という人数だ。当然、それらの人数で不足なく使える部屋数が必要になるし、幹部クラスが様々な処理を行う部屋や一般メンバーが集まるための部屋だっている。他にもアイテム庫に武器を作る鍛冶場等、ギルドが大きくなればそれだけ大きな拠点が必要になっていくるのだ。
そうして物思いに耽っているが、前後左右斜め隣りを“案内”の兵で固められた状況だからこそできる事だ。もしこうして“はっきりとした”警戒が無ければ、むしろ逆に影からの監視を気にしなくてはならなかっただろう。これなら、少なくともいきなり天井から暗殺者が、などという事にはならないはずだ。
(それにしても、全員魔人と力人ばかりの上位種族か。平均レベル一五〇〇って事からも向こうの警戒の度合いが知れるな)
冒険者ギルドでは見なかった上位種族がこうもいるという事は、おそらくは国が破格の待遇で引き抜いているのだろう。もしくは、幼い頃から徴兵して忠誠心を植えつけているか。ゲームと全く同じで条件を満たした転生なら難しいが、情報を集めた限り、種族は先天的な物だ。故に、刷り込みも十分可能だ。
国としては、将来が約束された種をわざわざ収穫期まで待つより、自分で収穫可能な状態まで育てるという事だろう。地球でも、アフリカなどでは子供が倫理観を育てる前に殺人を遊びと同じ価値観で刷り込んで少年兵に仕立て上げるし、こちらで似たような事をしていてもおかしくはない。
(まあ、本当にやっていたとしても、どうせ名目上は全く別の形を取っているのだろうから、交渉の手札にすらならないな。単純に高待遇だから仕えてる、という可能性も十分高いし。まったく持って情報が足りん)
昨日あれから情報を集め、分かったのはせいぜい家族構成と名前、執政の評判程度だ。素人の情報収集能力では、短時間で集めるのはこの程度が限界だった。
ただ、それ以上に注意すべきなのは《王権》と呼ばれる特殊スキルがこの世界に存在しているか否か、という事だろう。王権というスキルは、年一の特殊イベントで《王人》という普通の種族とは別の、俗にサブ種族と呼ばれる物になった際に得られる限定的だが非常に強力なスキルだ。
その内容は、『城内において、全ての状態異常を無効化し、物理、魔法防御の値が一・五倍になる』という反則的内容で、月に一度の城攻めイベントなど、城を舞台とした場合には恐ろしいまでの強さを発揮するレアスキルだ。
もしこれをこの世界の王が持っているのならば、種族とレベルによっては本気で命が危ない。ゲームでは、このスキルを保有したレベル一〇〇〇ちょっとの力人に殺された事もある。魔人が援護に付いていたとはいえ、本来ではありえない。そんな事が起き得たのは、ひとえに王権のスキルによるものだ。
(ああ、めんどくさい)
つらつらと考えて、最後にそんな事を思った所で謁見の間らしき扉の前に辿り着いた。無駄に巨大な扉の前に二人の騎士が直立不動で立っている。彼らはこちらを見て、一瞬驚愕の表情を浮かべたが、すぐに表情を固めて元に戻る。こういったプロ意識というのはいつ見ても感心させられる。
そんな彼らに、先導していた男が二言三言交わし、こちらに戻ってきた。
「リンセイル殿、これから中に入りますが、先にご説明した通りにお願いします」
「はい。至らない事も多々あるでしょうが、精一杯努力させていただきます」
「リンセイル殿は貴族ではないのですから、多少作法から外れても問題にはなりませんよ。そもそも、今回の謁見は慣例のような物ですから、会話自体も最小限の物になるはずです。そこまで気負う事もありませんよ」
謁見に向かう俺を安心させるように笑って見せる男頷き、笑みを返す。
「今まで謁見などとは無縁の生活をしてきましたからね。気負うな、というのは少々難しいですが、可能な限り自然体でいますよ。緊張してどうなる物でもないでしょうから」
「それが一番だと思いますよ。では、そろそろ入りましょうか。王がいつ来るかも分かりませんからね」
「はい、分かりました」
促され、頷く。ここまで来れば引き返す事などできないし、一国の王と面識があるというのは、プラスにはなってもマイナスになる事はそうそうあるまい。そんな思いと共に、少しの緊張と多少の打算を携えて堂々と踏み入る。
途端、幾重もの視線が一斉に俺へと注がれた。
謁見の間は一階の奥という位置取りで、襲撃に対する配慮として窓が一切存在していない。代わりに光魔法を利用したらしき照明が九つ、均等に配置されて真昼の外と同じかそれよりも明るい光で謁見の間を照らしている。荘厳な柱も相まって、厳粛な雰囲気がこれでもかと伝わってきた。
そして、扉から二つの玉座の設置された階段の上まで朱色の絨毯が敷かれて、その絨毯と柱の間に立つ、貴族や重鎮だろう者達がこちらを遠慮も躊躇も無く見定めるように見てくる。視線は決して友好的とは言い難く、「あれが―――」「野蛮な―――」等といった言葉が聞こえてくるが、一々相手をするのも疲れるので聞き流しておく。付き添いだった四人の顔に面目無いと書いてあった事も大きい。
ただ、その中でも玉座の左右に立つ二人の男女を始めとして、明らかに纏う雰囲気の違う者達にチェックを入れるのは忘れない。特に、《個体識別》で突出したレベルの者達はチェックしておく。
なるとは思っていないが、戦闘になった時に後ろから攻撃されましたというのは遠慮したい。ダメージなどほとんど無いはずだが、リアルでゲームのダメージ計算が通用するかという事に昨晩気付いた。この世界があまりにもアルタベガルの世界と同じため、知らぬ内に同一視していた。
(まあ、ステータスにHPもあったんだから、ゲームと同じ目算は高いんだけどな)
それでも、毒やHPとMPの全てを消費する自爆特攻のスキルを使われればどうなるかは分からない。さらに言えば、たとえ一人一人の力は俺に遠く及ばずとも、全員の力を統合するような技、もしくは儀式魔法などといった“ゲーム外”の技術を持ち出されれば、いかに最上位種族のカンストレベルといっても部が悪過ぎる賭けだ。
昨日、使いの騎士に取った態度が悔やまれるが、よく知りもしない他人との押し問答→怒った友人に高額奢り発生というストレスの溜まるコンボを喰らった所に来たのだから、仕方の無い事だったと思う。なんていうか、タイミングが悪かったのだ。あれはお互いに不幸な事故だろう。
だんだん現実逃避の方向に流れていく思考を弄びつつ、男に言われた通り膝を付いて待っていると、ようやく王がやってきたらしく、衛兵の声が上がった。俺が頭を下げると同時に、今まで俺に無遠慮な視線をぶつけて来ていた者達も頭を下げた気配がする。
そんな中、二つの気配が部屋の隅、玉座の横方向から現れて玉座へと向かう。それは静かな足取りで段を上って行き、
「ぐべっ」
どん、という音と共に何とも情けない声を上げた。
(何が起きた!?)
正直、顔を上げて何が起きたかを見たい衝動に駆られたが、寸でのところで堪える。歩いていた気配が段の途中で止まっているから、そこで何かあった、というか、十中八九こけたんだろう。無茶苦茶見てみたいが、見たら確実に爆笑するだろうから我慢する。さすがにそんな事で敵対したくは無い。
それからほどなくして気配は玉座まで上りきり、全員に顔を上げるように促した。
「表を上げよ」
「「「ハッ」」」
全員が声を揃えて答え、一斉に顔を上げる。俺もそれに合わせて顔を上げて、初めて玉座に座る人物を見た。
質実剛健。
泰然と玉座に構えるその姿は、まさにそう表現すべきだろう。質素とはさすがに言いがたいが、無駄に華美な装飾がある訳でも無く、威厳を保つに足る最低限の装飾を施された衣を身に纏い、冠もそれに合わせたのか、金に銀で装飾した宝石の少ない物だ。
だが、その姿は装飾品で限界まで着飾るよりも遥かに威容を感じさせる。
「そなたがリンセイルとやらだな」
「はい。その通りです」
「そなたの決闘は私も見ていた。この国でSランクの称号を持つ灼斧のコールレイを下した腕は素晴らしい物だ。今後とも、その力を人々のために役立ててもらいたい」
「……微力ながら、ご期待に沿えるよう努力させていただきます」
遠回しに仕官を要求しているのかと思ったが、この程度では言質を取ったなどと言えないし、謙遜を入れて承諾する。その答えに王はうむと満足げに頷いた。それから少し思案して、一つの問いを発して来た。
「ところで、そなたの格好は先日の決闘で身に付けていた物と違うようだが、複数の武器と防具を持っているのか?」
「恥ずかしながら、珍しい武器や防具を手当たり次第集める悪癖がありまして。先日身に付けていた物は、そうして集めた中の一つになります。普段は使うどころか持ち出す事もないのですが、能力的にちょうど良かったので引っ張り出しました」
「………わざわざ呪われた武具を使った理由は何故だ?」
(ステータスを大幅に下げなかったら、掠らせただけで殺しかねないから、なんて言えないよな)
そんな事を言ったら確実に化け物扱いだ。しかし、上手い躱し方も思いつかなかったので、曖昧に笑って誤魔化す事にする。
「あの時はあの装備が最善だと考えただけですよ。他意はありません」
「最善か。参考までにどういった類の呪いか聞かせてもらいたいのだが、構わないか?」
「………代償を伴って攻撃力や防御力を上げる類でも、凶暴性や狂人と化すような類でもありません。陛下がご心配なされるような、装備者を侵し、他者に害を及ぼすような代物ではない、という事で満足していただけませんか? 一介の武人として、手の内の一つを、このような大勢の見ている前で明かすのは躊躇われますから」
今後あれを装備する予定はないが、呪いの内容をでっち上げるにしても、国が“有害”と見なさず、なおかつ呪いの装備として認めるような効果を即興で思いつくのは無理だ。ただ、王の問いを無下に断ると不敬として周りの輩が騒ぎ立てるだろう。故に王の問いに答える気はあるが、人が多いから無理と言ったのだ。
しかし、そうして気を使っても騒ぐ者はいて、謁見の間は一時騒然とするが、王が片手だけでそれを制した。
「なるほど。確かにそなたの言う通りだ。情報というのはどこから漏れるか分かったものではないからな。手札を安易に晒さぬのは至極当然と言う他あるまい。さきほどの言葉は撤回しよう。軽々しく問いを発した事は謝罪する。軽率な事をしてすまなかった」
「いえ、本来不敬と言われても仕方の無い事ですから、私のような只人には不問とされただけで十分です。まして謝罪など、分不相応過ぎてこちらが恐縮してしまいます」
「いや、非はこちらにあったのだ。謝罪すべき事は謝罪する。そうでなければ人の上に立つ資格など無い。我々王族は遍く全ての国民の見本でなければならないのだからな」
何とか言い繕って返したのに対し、王はどこの聖人君子かと思わせるほどに広い度量を見せる。人間としての器が俺などよりも遥かに大きい。そんな王の姿に良君名主という単語が脳裏に浮かぶ。あれは一体どこで見た言葉だったか。
その後もいくつか言葉を投げかけられ、俺がそれにボロを出さないように四苦八苦して答えるという事が続いた。それも終わりようやく解放されるという段階で、今までだんまりを決め込んでいた王妃らしき女性が王に何事か提案した。それを聞いたのだろう、両隣の重鎮二人が顔を僅かに顰めたのが見えた。
嫌な予感が背筋を伝う中で、俺は王の言葉を待つ。
「リンセイルよ。貴重な時間を割いて余に割いてくれた事、礼を言う」
「いえ、私のような下賤の者にお目通りを許していただきいた事、至極光栄に思えばこそ、この時間に比べれば、他の事などとても貴重とは申せません」
正直な所、自分で言っておいて過剰だとすら思うほどに謙った言葉だったと思う。だが、居並ぶ者達は誰もそのような事は思っていないらしく、当然といった様子でこちらを見ている。そんな中、王は一つ頷いてから問いを発してきた。
「うむ。ところで、今後の予定などは決まっておるのか?」
言われ、少し考える。本来は今日出る予定であったが、謁見が入ったために明日へと伸ばしたし、今後必要になりそうな物は食料を除いて全て揃えた。つまり、スイとミーナが何か予定を作ってなければ何も無いという事になる。
「いえ、一応明日にはここを発ち他の町へ渡る予定ですが、特に危急の目的も無い身ですから、何も無いと言ってなんら差し支えはありません」
「ふむ。そうか………」
正直に答えると、王はそう言って深く考え込んでしまった。正直居たたまれない空気の中で、王妃だけが何故かニッコリ笑っている事に嫌な予感が膨れ上がっていく。
時間にしてそれほど経った訳では無いだろうが、主観的にはとても長い時間を空けて、王がこちらを見た。
「リンセイルよ。そなたとはまだ話したい事がある。今夜九の刻に次は共に旅する者達も連れて参内せよ。晩餐にそなたとその仲間を招待しよう。異論は無いな?」
「はい?」
謁見です。ちなみにこけたのは王様です。
次の話でようやくトレイン少女が出ます。本当に長かったですが、今後はきっちり頑張ってもらうので大丈夫でしょう。何を頑張ってもらうかはまだ決めてませんが、彼女ならきっとやり遂げてくれます。そのはずです。
本当にあと少しで最初の面倒極まりないキャラ出しから解放されます。楽とは言いませんが、気持ちの乗りやすい話が続くはずなので、一気に気が楽になりそうです。
会話分が苦手過ぎる神榛 紡でした。