幕間その一『とある少女の昨日と今日と』
遅れてすみませんでした。言い訳ですが、初めての試みに手を出したせいか大苦戦し、ようやく何とか仕上げられた感じです。
少々ぐだぐだ感が否めませんが、どうぞ。
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舞い上がっていた。
あの時の心境を表現するなら、きっとこの一言に集約されると思う。
ようやく父様からモンスターと戦う許可を貰い、父様が用意してくれた分不相応な防御力を誇る羽竜の鎧を着て、自分が強くなったような気がしていたのだ。
今振り返れば、どうしてそれだけの事で《鬼の森》に入ろうなどと考えたのかが分からない。
少し考えれば、たった一五レベルの私が、百レベルのモンスターも出てくる森に一人で入るなんて、自殺行為以外の何物でもない事ぐらい分かったはずだった。今こうしてここにいる事自体、本当に幸運だったとしか言い様が無い。
ただ、あの時私を助けてくれた二人組はどこに行ってしまったのだろう。
昨日は初めて森の中に入ったものの、モンスターに出会えず、私は森の深奥まで入り込んでしまった。そのせいでいきなり一〇〇レベルのモンスターであるレッドキャップに遭遇した。そこから逃げる間に何故かモンスターは増え続けて、気が付けば森中のモンスターが集まったのではないかというほどの数になっていた。
そんな状況から私が逃げ切れたのは、ひとえにあの冒険者の男女が助けてくれたからに他ならない。たった二人で、上位の冒険者でも体力が続かないような数を足止めしてくれたのだ。私はそんな二人に心の中で謝り、全力で街まで逃げ帰って門番に事の次第を伝えた。
その時の私が身分を隠して冒険者に身をやつしていたせいか、話が通るのに時間が掛かり、騎士団が出るのに一時間も経っていた。私はこの時、もはや生存が絶望的だと悲観と自己嫌悪でベッドに倒れこんで、メイド達の視線すら気にせず泣いた。
私のせいで二人の人間が死んだ。あの状況で一時間も放置されてしまっては、それこそこの街では《灼斧》のコールレイぐらいしか生き残る事すら困難だ。
そうして悲嘆に暮れる私の元へと父様から呼び出しが掛かったのがさらに一時間後の事。
涙で目を赤くした私に父様がやや言いにくそうに告げたのは、広範囲に及ぶ破壊の跡があっただけで、モンスターの群れはおろか、二人の冒険者もそれらの死体も残っていなかったという報告内容だった。
その報告に、私は心の底から愕然とした。
そんなはずはない。あれだけの数のモンスターと戦って、死体の一つも存在しないなんてありえない。
驚き、詰め寄った私に、父様は護衛を付けるから現場を確認するようにと言って来た。何度も報告を聞くより、自分で見てきた方が速いだろう、と。
結果は、まさしく報告通り。木々が広範囲に渡って砕かれていて、何故かぬかるんでいる地面にも、焦げた跡や何かで大きく抉られた跡はあるが、何か生き物がここで死んだという痕跡は一つとして見付けられなかった。それこそ、血の一滴すらもその場には存在していなかったのだ。
不可解なのはそれだけではなかった。昨日は森の深奥に向かうまで出会う事の無かったモンスター達が、森の比較的浅い場所から数多く現れたのだ。
聞くと、普段はそれが普通だと言う。なら、私が入った時のあの異常な状況は何だったのか。
結局、そればかりが頭の中にあり、父様や母様との会話も上の空で、寝入る事ができたのも日が沈んでからずいぶんと経ってようやく、という失態を演じてしまった。反省反省。
そして翌日の今日。寝不足の私に、父様は決闘を見に行くと仰られて母様共々闘技場へ強制連行された。
聞けば、今日戦うのはダンフォール公爵家の次男だという。ダンフォール公爵家は、記憶が確かなら、貴族の義務を忘れ、私欲を肥やすのに全力を尽くす腐った貴族達の頭だ。その次男も、親によく似てプライドだけは高い駄目人間らしい。
ただ、父様の代辺りから流行り始めた《高貴な遊び》とやらでレベルだけは高いので、一人では会うなと強く言われた。街を出て戦う度胸は無いが、そのレベルに物を言わせた強引な恫喝とも言える迫り方で何人もの女性を泣かしているらしい。
今はどうしようもないが、いつか、被害にあった人達の分も制裁を加えてやると私は神に誓っている。
おそらくだが、今回の決闘はその次男が気に食わない平民を合法に痛めつけるという展開なのだろう。そんな物を何故わざわざ私と母様まで連れ出して身に来たのかと問うと、相手が問題なのだという返答が帰って来た。
どうも、今回の相手はギルド側で今後かなり重要な人物となり得る、と判断されるほどの人間らしい。ギルドマスターから父様へと報告が来て、一度直接その目で見るべきという話になったのだとか。詳しい話は忘れてしまったが、ギルドマスター曰く「一四〇〇レベルの魔人でもレベルが見れない人外」らしい。
《上性種》魔人が見る事が出来ないというのは異常な事態だ。人族のような《平性種》と呼ばれる、数は多いが平均的な能力の低い種に限り、低レベルでも上位の者のレベルを見る事ができる。それが出来ないのは、同じ上性種の自身以上の高レベル者のみ。
つまり、今回の目的はその人物を見極める事、という事よね。
「ふわ………眠いなぁ」
回想を終え、あくびと共に呟くが、周囲にいるのは父様と母様、それに幼い頃から共に居る信頼できる従者達だけなので、怒られる事も驚かれる事もない。寝ぼけていながらもその程度の事を考えるくらいはできる。というより、私の地位を考えればできないって選択肢がないのよね。
「父様、その相手の方はどういう人なの?」
「ああ。名はリンセイルと言うらしい。同じくレベルの見えない少女を二人連れた剣士の青年で、ギルドマスターも見た事の無い黒い防具を身に纏っていたそうだ。特徴としては、右腕に赤い布を巻きつけていると聞いたが、そういう者達はそれなりにいるからな。あてにはならないだろう」
父様の何気ない言葉を聞いて、眠気が一気に吹っ飛んでしまった。記憶が確かなら、私を助けてくれた二人組の男の方が、まさに今父様が言ったような特徴だ。
私のせいで死んだと思っていた彼らが、ちゃんと生きていた。
何の根拠も無くその青年こそが“そうだ”と確信し、安堵に体を深く預ける。その様子を見て、母様が何かを察したように声を掛けてきた。
「アルちゃん、もしかして、昨日言ってた人なの?」
「何? それは本当か!?」
「直接見ないと断言はできないけど、そうだと思う。一人増えてるけど、男の人の方は全身真っ黒で、右腕に真っ赤な布を巻きつけていたように見えたから、間違いないと思うんだけど」
あの時は必至に逃げていたためうろ覚えだったけれど、助けてくれた二人は男が黒、女が蒼の衣装に身を包んでいたはずだ。右腕に赤い布を巻きつけていたのも、薄っすらとだが覚えている。
そんな風に過去を回想する私と父様を驚愕させる提案を、母様は悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。
「じゃあ、決闘が終わったら、リンセイルさんを王宮まで呼んじゃいましょう」
「え?」
「は?」
予想だにしない提案を受けて、私も父様も一瞬硬直する。だが、さすがは父様と言うべきか、すぐに復活して反論を呈してみせた。
「待て、イリル。素性も知れぬ輩をそう易々と城に上げる訳にはいかんぞ」
「あら、でもアルちゃんの命の恩人よ? 褒美の一つや二つ上げないと、私達の品位が疑われるわ」
「ぐっ。ぬう」
「上手くすれば、一騎当千かそれ以上の強者を身内に引き込めるわけだし、躊躇する理由はないわよね。それに、娘を助けてくれた相手にお礼も言わないなんて、親として失格だと思わない?」
母様が正論を言って父様をどんどん追い詰めていく。うん。母様は強し。
ここで私がもう一押しでもすれば、落ちるかな。
「父様、私も助けていただいたお礼をきちんと申し上げたいです。だめ、ですか?」
目を潤ませて上目遣い。下からじっと見つめるのが母様から教わった最大のコツだ。目論見通り、父様は家臣に目撃されればこれまでの威厳が全て消し飛びそうなほどにうろたえる。
「ま、待て、駄目とは言っておらん。そ、そうだな。ギルドマスターはあの青年に灼斧を当てると言っていた。なら、彼に勝った時に呼ぶ、という事でどうだ? アルシャの命の恩人とやらならば、数え切れぬほどのモンスターから生還したのだろう。それぐらいの強さがなければ本物とは言えぬ」
「確かにそうね。じゃあ、お手並み拝見と行きましょう。ほら、出てきたみたいよ?」
母様に促されて視線を眼下の空間に投じると、二人の男が姿を現した所だった。一人はいつも通り金色の目が痛い、頭の中身を疑いたくなるような装備に身を包んだダンフォール家の次男だ。まともな戦闘経験も無い素人だが、レベルだけは高い。並みの者では傷つける事など不可能だろう。
それからもう一人、本命の方へと視線を移し、愕然とした。
(何、あの禍々しい装備は!?)
なるほど確かに、漆黒の防具と右腕に布を巻いていたが、布は黒いし、どちらも見る者の怖気を誘うような存在感がある。腰に差した剣からも似たような空気を感じる。市民や貴族のほとんどは気付いていないようだが、八歳の頃、宝物庫で見た呪いの装備と同じ物だ。
そんな物を全身に装備しているなど、正気の沙汰ではない。
「ね、ねえ、アルちゃんが言ってた人って、あの人なの?」
さすがの母様も、冷や汗をかいて顔を引き攣らせている。その問いに、私は首を横に振った。私が見たのはあんな姿じゃないし、あの時の人と同一人物だなんて信じたくない。
「絶対違うよ。あんなに禍々しさ全開の人とモンスターの群れを比べるなら、絶対モンスターの群れを選ぶから。間違ってもあっちは選ばないって。うん、ありえない」
「………アルちゃんなら、好奇心から突進しそうだと思ったんだけどねぇ。あ、別にして欲しい訳じゃないわよ? ただ、アルシャちゃんも成長してるんだな、って思っただけだから」
「……母様、後でゆっくり二人で話しましょう」
この人は、一体私をどういう風に考えているのだろう。さすがの私でも、あんな見るからに危険人物ですとアピールしている人間に近付いたりはしない。というか、あれは近付いただけで呪われそうで怖過ぎる。
そんな風に話している内に、いつの間にか決闘が始まっていた。というか、何か重い物が激突したような音が聞こえて下を見たら、闘技場の壁に激突したらしいダンフォー、面倒だから次男でいいか。とにかく、次男が立ち上がった所だった。
「母様、父様、何が起きたの?」
「私はアルちゃんと話してたから分からないわ。あなた、見てた?」
「………あやつが手に持った布で軽く叩かれただけだ。それだけで紙のように壁まで吹き飛ばされていた。鎧を着込んだ人間をああも軽々と吹き飛ばすなど、とてもじゃないが人間技とは思えん」
父様が苦々しい顔で言うのを聞き、私と母様がお互いに顔を見合わせる。戦闘の心得が無いとしても、次男は一〇〇〇レベルのステータスを持っている。そこに鎧の重量を加えれば、竜種でもない限り宙を飛ばすなどという暴挙は不可能なはずだ。
「父様、それはさすがに何かの見間違いじゃないですか?」
「正確に言えば、宙には浮かず転がっていたが、あれは、もはや吹き飛ぶと表現して問題はないだろう。軽く当てただけであれだ。本気でやれば、こんな闘技場はすぐに崩壊するだろうな」
「あなたの言う事が本当なら、彼はまるで神話の登場人物ね。手加減しているって事は、呪いを完璧に制御しているって事になるし。聞いた限りはまだ若いんでしょう? ここまで強いと将来が不安ね。自ら進んで呪われた装備を身に付けるほどなんだもの。欲に負けないか怖いわ」
「うむ。一度、人となりを見極める必要があるだろうな。………決着がついたか」
父様と母様が深刻な表情で話し合っている間に、件の彼は頑強な剣と鎧をあろう事か素手で破壊して勝利した。その圧倒的な勝利を受けて観客が沸くが、一定以上の知識を持つ者は、彼の危険性に気付いてしまっただろう。敵対か友好かは別として。
「父様、次は灼斧が出てくるのよね?」
「ああ、確かにコールレイ――――灼斧を出すと言っいた。ちょうど、この王都に戻ってきていたらしいからな。今王都にいる中では最強だろうな」
「灼斧には悪いけど、それじゃあちょっと不安ね。人としては最上位級だけど、他の国、特にメソポタミアだとB-ランクといった所かだし。この国のレベルが低いのは、いつかどうにかしないといけないわよね」
あまり深刻そうじゃない顔で嘆く母様に言われて見ると、深紅の斧を背負った巨漢が青年の隣に立っていた。ああして並ぶと、背の高いはずの青年が小さく見えるのだから不思議だ。
私にも少しでいいからあの背の高さを分けて欲しい。
「父様、母様、どうなると思いますか?」
問いかけると、二人は少し考え、先に父様が答えてくれた。
「灼斧には悪いが、終始圧倒されて終わるだろうな。さすがにダンフォール公爵家の次男坊よりは実力を引き出せるだろうが、一割でも出させれば奇跡だろう。少なくとも、それぐらいの差はあるはずだ」
「………そうねぇ。やっぱり彼が勝つのは確定として、灼斧がどれだけ持つかよねぇ。それこそ、彼の気分次第、という感じじゃないかしら」
「母様、彼もそこまで鬼畜じゃないと思いたいのですが」
「でも、ダンフォール公爵家の次男との決闘じゃ、散々遊んでたし、否定できないんじゃない?」
母様はそんな事を言うが、あれだけの強さで性格が享楽主義者とか嫌過ぎる。ああでも、自身より歳若い少女を二人も侍らせている時点で否定材料が無い。
(お城に呼んだりして、迫られたらどうしよう?)
もし、権力の通じない好色家だったら困るし、面会の場は辞退させてもらおう。
そう決めて、眼下の決闘を見やる。灼斧が奮戦しているが、私から見ても分かる程に優劣は明らかだ。全力で斧を振るい、襲い掛かる灼斧に対して、彼は余裕を持って対処している。その動き一つ取っても無駄な所が無く、純粋に強いという事がよく分かる。
「母様」
「何、アルちゃん?」
「灼斧さん、いつもより動きにキレが無いような気がするんだけど、見間違いかな?」
なんだか、攻撃も振り下ろしが中心で単調な気がするし、振り下ろし以外の攻撃がとても鈍く見える。その事を伝えると、母様は何故かニッコリ笑って頭を撫でて来た。
「よく気付いたわね。開始直後に一度躓いたように動きを止めたでしょ? 見た限り、その時に何か魔法を使われたみたいなのよね」
「は、反則じゃない!」
「反則じゃないわよ。反則なのは相手を殺す事だけ。それ以外なら、たとえ戦略級大規模魔法を使おうと当人の自由。っと、決着が着くわよ」
私が立ち上がった所で母様が止める。それから促されて見れば、灼斧の巨躯が空高く吹き飛ばされた所だった。ありえない光景に硬直している間に、落下地点へと先回りした彼が追撃、そのまま審判を呼んで勝利を確定させた。
「ふむ。とにかく、あの青年とは一度話さねばな。あれは危険過ぎる力だ」
父様の声が聞こえたが、あまりに非常識な光景を見せられた私は、硬直してただただ立ち尽くしていた。
異性の思考というのが恐ろしく難しいです。女心など自分には分かりようもありませんし、誰かにご教授願いたい感じです。
今回の目的はトレイン少女アルシャの立場と王宮側の主人公に対する認識をはっきりさせる事です。個人なら、強いや格好いいなどで済む力も、国を預かる身からはその危険性や利害などを考える必要があり、主人公は見事『危険物』として認められた訳です。
なんだか、だんだんとアルシャの参入フラグにヒビが入っていっている気がしますが、ご都合主義でもなんでも必ず参入させます。
やっと二人目のヒロイン候補を出せそうでホッとしている神榛 紡でした。