第七話『布と決闘 その二』
ギルドの用意した冒険者との決闘です。これに合わせて、ギルドマスターと今回登場するキャラのステータスを出しました。詳細は人物設定でご確認ください。
「大半がまともに見てなかったっていうのにノリが良いよな」
耳に叩き付けられる音の洪水に顔を顰め、呟く。それから、先程呆然としたまま公爵家の者らしき人達に連れて行かれた気障男と入れ替わりにやって来た男に同意を求める。
「あなたもそう思いませんか?」
「………勝者には最大の賛辞を。それが決闘の習わしだ」
「なるほど。それもそうですね」
納得して頷きつつ、寡黙で口数の少ない男を見上げて戦車のようだと心中で思う。身に付けている《岩竜》の分厚くゴツイ装備が、元々の俺でも見上げる巨漢の体をさらに大きく見せる。レベルは千百四十二と、人族ではかなりの高レベルだ。
(ギルドマスターもずいぶん頑張ったな)
千前後でトップクラスという事は、目の前の男は超一流という事だろう。どんなに年嵩を増して考えても三十前後にしか見えず、まだ伸びる余地がある。もし、ゲームで大量の知識を溜め込んでいる俺やミーナが鍛えたなら、すぐに上位種に転生するための最低条件を満たせるはずだ。
「というか、あなたが決闘の相手なんですよね?」
「………その通りだ」
「俺の名前はリンセイルです。あなたは?」
「………コールレイ・ドーバメント」
「コールレイさんね。今日はよろしく」
「………うむ……」
互いに自己紹介して、握手を交わす。別に敵対している訳でも無ければ、先程のような対応を取るつもりなど無い。むしろ、このやり直しが効かないだろう世界で、このレベルまで修練を重ねたという事に畏敬の念すら感じるほどだ。
ここまで真っ当な人物を前にすると、苦労していない訳ではないが、“後”のある状態で今のステータスを手に入れた事が少し申し訳なく思ってしまう。
(まあ、気にするだけ無意味か。こういう時、ミーナとかだと気に留めすらしないんだろうな)
思い、ふと観客席を見ると、最前列にいるスイとミーナが目に付いた。別にたまたま目に付いた訳ではなく、単純にミーナとスイの横に死屍累々とした男の山が築かれているせいだ。ミーナの横にはまだ健全に気絶しただけの、せいぜい骨折程度の山が、スイの横にはびしょ濡れで気絶or四肢に氷の巨塊を付けた山ができている。
主に最後の連中が心配だ。腕を切り落とす事にならなければいいが。
(見なかった事にしよう)
俺は何も見なかった。そういう事にしてコールレイに向き直る。コールレイは一度ミーナ達の方へと視線を向け、視線に同情を混ぜてきた。
「………大変だな」
「口に出して言わないでください」
俺はこの話題を続けるのを避けるために、審判へと視線を向けた。審判は俺の意図を正確に察したのか、苦笑しながらも意思確認を取ってくる。
「では、そろそろ始めましょう。お二人とも、決闘のルールに関してきちんと同意できていますね?」
「ん、できてるよ」
「………ああ」
俺とコールレイは頷いて、武器を抜く。俺は血のような深紅の刀《禍都斬り》を、コールレイは刃の部分が赤く灼熱している《大火鬼》をそれぞれ解き放った。
二人の様子に二戦目が始まる事を察した会場に、シン、と沈黙が下りる。
今回、俺は遊ぶなんてふざけた真似をする気は無い。真実命懸けで自らを鍛え上げてきた人間に対して、そんな最低の行為に及ぶほど、落ちぶれてはいない。
だが、この世界の人間がどのような戦い方をするか、興味があった。
目の前の、レベルこそ俺とは比べられないが、放つその闘志、殺気はゲームでは滅多にいない、一線を越えた本物だけが持つような鮮烈な物だ。ゆっくりと押し潰して来る岩のような殺気は、並みの者では身動きする事も適わず気を失ってしまうだろう。それほどに、重厚な殺気だ。
ここまでの殺気を放つ人物が、果たしてアルタベガルに居たかどうか。いたとしても、ごく一部の超高レベルPKぐらいではないだろうか。俺が経験した中だと、巨大PKギルドのトップが、方向性は違えども、これぐらいの殺気を持っていたと記憶している。
あの時はあらゆる物を切り刻むような鮮烈で鋭い殺気だった。大半の討伐隊が動けなくなる中、俺や他のトッププレイヤー達も気圧されていた。あの殺気は、一瞬でも気を抜けば呑まれる、そんな思いを抱かせた。
今、足を竦める事も無ければ、気を抜けば呑まれるなんていう状態に陥っていないのはその経験があるからだろう。あの時の戦闘は、レベルと殺気に耐えられるかは無関係だという事を、参加していたあらゆるプレイヤーに思い知らせた事件だった。
思い出し、あれは本当に嫌な事件だったと顔を顰める。
「………面白い」
「俺は面白くも何ともありませんけどね。あと、殺気をもう少し絞った方がいいですよ。審判が失神寸前ですから」
「………む、これは失礼した」
俺の注意を受けて、コールレイはようやく審判が自身の殺気に気圧されて動けていない事に気が付いたらしい。フッ、と、場を支配していた殺気が収まる。
やっと殺気から開放された審判は、大きく何度も深呼吸をして心を落ち着けてから、開始を宣言する。
「……ふぅ………では、始めます。両者習い…………始め!」
〈ゴゥッ!〉
そう宣言がなされた瞬間、コールレイの岩が落ちてきたかと錯覚するような一撃が振るわれた。
俺は視界の端に反応すら出来ていない審判を見ながら、冷静に必要最低限の力で斧の軌道をズラして外す。口で言うのは簡単だが、ほんの少し間違えただけでまともに一撃を受けてしまうような技術だ。同格の相手には怖くて使えないが、ある程度こちらの速度と技術が上回っていれば使い勝手の良い所もある。
攻撃を逸らした所で、そのまま懐へと踏み入り終わらせる選択肢もあったが、俺はあえて後方へと飛び退いた。向こうからは石畳が砕かれた粉塵でこちらの動きを察する事はできないはずだし、こちらもさすがに粉塵のカーテンを見透かす事はできない。不意を撃たれないためにもう数歩後退して様子を見る。
すると、横一線に赤い線が走り、それに巻き込まれるように粉塵が吹き散らされた。そして、その先からコールレイの巨体が現れる。
俺はその眼前へと一足飛びに踏み込み、巨体を押し出すように蹴り飛ばす。
しかしコールレイも一流の冒険者だけあって、即座に自身の状況を理解すると姿勢を制御、地面に斧を突き立てる事で壁に激突するのを回避する。
それを無視して、俺は審判がすでに退避している事を確認して小さく笑う。
「……これなら、もう少し派手にしてもいいな」
呟き、俺はこちらへ向かって巨体に見合わぬ速力で突進してくるコールレイに向き直る。
「【平坦な道を歩む者に相応しき重荷を】【目に見えぬ荷重】」
俺が向けた手から不可視の波動が到達した途端、コールレイの巨体が沈み込む。今、コールレイの体には不可視の力が大地へ押さえつけるかのように掛かっているはずだ。これは相手に掛かる重力を増す魔法なので、装備の分含め、異常な荷重が彼に掛かっている事になる。
(これで倒れないって、十二分に人外認定できるよな)
思いつつも手は休めない。というよりも、多大な荷重を受けても全く歩みを止めないコールレイによって休めさせてもらえない。
「………ふっ!」
速度を落としながらも、それでも並の冒険者クラスの速度を持って攻撃範囲内に俺を収めたコールレイが斧を振り上げる。それに対し、俺は余裕を持って回避した。振り上げは荷重魔法で最も攻撃力がマイナスされる攻撃だ。速度もそれに比して遅くなるので、これなら他の冒険者も余裕で避けられるだろう。
だがまあ、その後に続けて放たれた振り下ろしはきっと無理だ。こっちは逆に魔法の性質上速度も威力もプラスされてしまうので、普段以上の威力がある。今のを見て、真似しようなどと考えていた連中は、その考えを翻さざるを得なかったはずだ。
普通の人間ならこの時点ですでに膝を着き屈している。先程のような見かけだけの者なら倒れ潰れて、卑怯だズルだと喚くだけだろう。実戦の命を掛けた緊張感の中で精神を鍛え磨いてきたからこそ、こういった不測の事態、突発的な予想外の事象に対しても正面から対処できる。
場数と経験が物を言うのは、ゲームでも現実でも同じという事だ。
(本当に一流も一流、超一流だよなぁ)
眼に灼熱するような闘志を宿し、俺が掛けた荷重魔法を気にする素振りも見せずに斬りかかって来る。しかも、先程の僅かな間に魔法の性質を掴んで利用してくるなど、知能面でも相当な物である事が窺える。
横凪に容赦なく振るわれた斧を、体を思い切り後ろに倒す事で回避し、バック転の要領で顎先を掠めるように蹴り上げる。だが、ギリギリで回避された。斧を振った際の遠心力を利用して体ごと離れていったから、単純に行動を予測したのではなく、攻撃後の隙を見せないための知恵だろう。
「ま、まだまだ甘いんだけど」
そう呟いた次の瞬間には、再びコールレイの巨体が吹き飛んでいた。その顔には何が起こったか理解できない困惑と驚愕が張り付いている。
格闘【蹴脚】スキル《風纏蹴り》
風属性魔法併用の基礎の基礎、単純に周囲の空気も一緒に蹴り上げるというただそれだけの技とも言えないスキルだ。だが、上級者になればなるほど、この手の小細工に引っかかるので重宝している。
「にしても、本当に良く飛んだな」
最低でも十メートルは浮いて放物線を描くコールレイの姿に感心して呟く。決闘なんて大抵同格の相手としかしないし、浮いてもせいぜい数センチだ。それがここまで見事に飛んでいかれると、飛ばしたこっちがびっくりしてしまう。
まあ、決闘の回数なんてそれこそ数えるほどしかないのだが。
心の中でそんな事を思いつつ、終わらせるために地を疾る。速度はコールレイのレベルでは決して目で追えるような物ではなく、足音をさせるほど無駄な動きは存在しない。
他者から見れば一瞬の内に、俺からすればそれなりの時間を持って落下地点に到達。そして、地響きを立てて落下した直後の体に、容赦なく拳を叩き込んだ。
気絶するだろう最低限の力を込めた一撃を受けて、コールレイの体が大きく跳ねる。
「審判!」
俺は即座に《個体識別》で状態が気絶になっている事を確認し、審判を呼ぶ。それを受けて駆け寄ってきた審判はコールレイの状態を確認して立ち上がった。
「勝者、リンセイル!」
審判の裁定に対して、二度目の、ただし一度目とは比べ物にならないほど大きな歓声が爆発して大地を揺らす。街全体、下手すれば街の外まで響き渡りそうな音をやり過ごしながら、俺はコールレイに賛辞を送った。
「ここにいる全員が否定しようが俺が全てを懸けてでも肯定してやる。コールレイ、あんたは強者だ。コールレイみたいな強者に出会えたから、俺はまた一つ前へ進めた。その強き刃に最大の賛辞を持って名を心に刻み込もう。また再び刃を交える日を待っている」
言ってから、俺は歓声を上げる観客達へと視線を向けた。その中で静かにこちらを見つめる二人に向かって、勝利を報告するために刀を振り上げる。
それに一瞬だけ会場が静まり返り、しかし、すぐに倍する歓声が龍の咆哮のように轟く。
興奮が最高潮に達した観客に背を向けながらも、俺はその声に一連の騒動が収束していく感覚を覚えていた。
まず、想定していたよりも薄っぺらい内容になってしまった事をお詫びします。もっと重量感のある戦闘は大分先になりそうです。
今回の決闘では、貴族の温い冒険者と本物の冒険者ではここまで違うという事を表現したかったのですが、伝わったでしょうか。そうであると幸いです。
次は、トレイン少女やギルドマスター等から見た決闘とその前後の心情を書きたいと思います。ここでトレイン少女の名前も出しますので、忘れていた方は存在を思い出してあげてください。一応ヒロイン候補その二ですから。
低レベルの彼女をどうやって旅に連れて行くか悩む神榛 紡でした。