ログイン理由
深夜零時。
部屋の明かりは消えていて、パソコンのモニターだけが青白く光っていた。
私はゲームを起動したまま、ログインボタンを押せずにいた。
入る理由が分からなかったからだ。
いや、本当は分かっていた。
会いたい人がいるから。
ただ、それを認めるのが少し恥ずかしかった。
フレンドリストを開く。
その人はオンラインだった。
だが、二人だけのインスタンス。
胸の奥がちくりと痛んだ。
「……そっか」
小さく呟く。
誰に聞かせるわけでもない言葉だった。
私はその人と遊びたかった。
最近になって、ようやくまた一緒に遊べるようになったからだ。
その人には恋人がいた。
付き合っている間は、二人で遊ぶことはほとんどなかった。
当然だと思っていた。
恋人がいるなら、そちらを優先するのは当たり前だ。
だから私は距離を取った。
少し寂しかったけれど、それ以上は考えないようにした。
だが、数日前。
その人は恋人と別れた。
振ったのはその人自身だった。
それでも平気そうには見えなかった。
元恋人が別の誰かと楽しそうにしているのを見て、ひどく落ち込んでいた。
別れたからといって、すぐに気持ちが消えるわけじゃない。
私はそのことを初めて知った。
そして最近になって、また二人で遊ぶ時間が増えた。
それが嬉しかった。
とても嬉しかった。
だからこそ。
今夜、知らない誰かと二人で遊んでいる姿が妙に胸に引っかかった。
寂しい。
そう思った。
けれど、それだけじゃない。
何か別の感情が混ざっている。
私は椅子にもたれかかった。
天井を見上げる。
「友達依存なのかな……」
誰もいない部屋で呟く。
思い返せば昔もそうだった。
仲の良い人がいたからログインしていた。
その人が来なくなったら、自分も来なくなった。
しばらくして別の誰かと仲良くなり、またログインするようになった。
このゲームそのものが好きなのか。
そこにいる人が好きなのか。
自分でもよく分からなかった。
もしかしたら私は誰でもいいのかもしれない。
寂しさを埋めてくれる人なら。
誰でも。
そう考えてみる。
だけど違和感が残った。
もし本当に誰でもいいなら。
どうして今、あの人のことでこんなに悩んでいるのだろう。
私はフレンドリストをもう一度開いた。
相変わらずその人はオンラインだった。
知らない名前の隣で。
胸が少しざわつく。
「負けたのか。。」
ぽつりと零れた。
けれど言葉にした瞬間、自分で変だと思った。
相手のことを何も知らない。
年齢も。
性格も。
どんな声なのかすら知らない。
そんな相手にどうやって負けるのだろう。
勝負なんてしていない。
比べる材料すらない。
それなのに負けた気がする。
つまり私は、その人に負けたのではない。
選ばれなかった気がしただけなのだ。
その事実に気づいて、少し苦笑した。
なんだ。
嫉妬しているわけじゃない。
不安なのだ。
また誰かがいなくなるかもしれない。
また会えなくなるかもしれない。
また一人になるかもしれない。
そんな未来が怖かった。
だから胸が苦しかった。
私は目を閉じた。
あの人と話している時を思い出す。
一緒に笑った夜。
くだらない話で盛り上がった時間。
眠くなるまで通話したこと。
楽しかった。
そして安心した。
安心。
その言葉が心に残る。
私はずっと、そういう場所を探していたのかもしれない。
誰かの隣にいられる場所を。
誰かと笑える時間を。
だから人を好きになる。
だから人を大切に思う。
それは弱さなのだろうか。
しばらく考えてみた。
そして首を横に振る。
違う。
きっと違う。
人を大切に思うことは悪いことじゃない。
ただ、一人に預けすぎてしまうと苦しくなるだけだ。
私は深く息を吐いた。
窓の外では、街灯が静かに夜道を照らしている。
世界は変わらない。
今夜、その人は別の誰かと遊んでいる。
それだけだ。
嫌われたわけじゃない。
関係が終わったわけでもない。
ただ今日は、別の人と遊ぶ日だった。
それだけのこと。
そう思うと、少しだけ肩の力が抜けた。
私はログインボタンにカーソルを合わせる。
会えなくてもいい。
少しだけ散歩しよう。
誰かと話せたら話そう。
何もなければ、それでもいい。
そんな気持ちでクリックした。
ローディング画面がゆっくりと回り始める。
その光を見つめながら、私は小さく笑った。
「好きなのかもしれないな」
その言葉は、誰にも届かない。
けれど確かに、自分の心には届いていた。
そして私はようやく、自分が何に不安を感じていたのかを少しだけ理解できた気がした。
ログインの理由は、まだ分からない。
けれど、その答えを探す夜は、もう少し続きそうだった。




