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ログイン理由

作者: 安居島 真衣
掲載日:2026/07/05

 深夜零時。


 部屋の明かりは消えていて、パソコンのモニターだけが青白く光っていた。


 私はゲームを起動したまま、ログインボタンを押せずにいた。


 入る理由が分からなかったからだ。


 いや、本当は分かっていた。


 会いたい人がいるから。


 ただ、それを認めるのが少し恥ずかしかった。


 フレンドリストを開く。


 その人はオンラインだった。


 だが、二人だけのインスタンス。


 胸の奥がちくりと痛んだ。


「……そっか」


 小さく呟く。


 誰に聞かせるわけでもない言葉だった。


 私はその人と遊びたかった。


 最近になって、ようやくまた一緒に遊べるようになったからだ。


 その人には恋人がいた。


 付き合っている間は、二人で遊ぶことはほとんどなかった。


 当然だと思っていた。


 恋人がいるなら、そちらを優先するのは当たり前だ。


 だから私は距離を取った。


 少し寂しかったけれど、それ以上は考えないようにした。


 だが、数日前。


 その人は恋人と別れた。


 振ったのはその人自身だった。


 それでも平気そうには見えなかった。


 元恋人が別の誰かと楽しそうにしているのを見て、ひどく落ち込んでいた。


 別れたからといって、すぐに気持ちが消えるわけじゃない。


 私はそのことを初めて知った。


 そして最近になって、また二人で遊ぶ時間が増えた。


 それが嬉しかった。


 とても嬉しかった。


 だからこそ。


 今夜、知らない誰かと二人で遊んでいる姿が妙に胸に引っかかった。


 寂しい。


 そう思った。


 けれど、それだけじゃない。


 何か別の感情が混ざっている。


 私は椅子にもたれかかった。


 天井を見上げる。


「友達依存なのかな……」


 誰もいない部屋で呟く。


 思い返せば昔もそうだった。


 仲の良い人がいたからログインしていた。


 その人が来なくなったら、自分も来なくなった。


 しばらくして別の誰かと仲良くなり、またログインするようになった。


 このゲームそのものが好きなのか。


 そこにいる人が好きなのか。


 自分でもよく分からなかった。


 もしかしたら私は誰でもいいのかもしれない。


 寂しさを埋めてくれる人なら。


 誰でも。


 そう考えてみる。


 だけど違和感が残った。


 もし本当に誰でもいいなら。


 どうして今、あの人のことでこんなに悩んでいるのだろう。


 私はフレンドリストをもう一度開いた。


 相変わらずその人はオンラインだった。


 知らない名前の隣で。


 胸が少しざわつく。


「負けたのか。。」


 ぽつりと零れた。


 けれど言葉にした瞬間、自分で変だと思った。


 相手のことを何も知らない。


 年齢も。


 性格も。


 どんな声なのかすら知らない。


 そんな相手にどうやって負けるのだろう。


 勝負なんてしていない。


 比べる材料すらない。


 それなのに負けた気がする。


 つまり私は、その人に負けたのではない。


 選ばれなかった気がしただけなのだ。


 その事実に気づいて、少し苦笑した。


 なんだ。


 嫉妬しているわけじゃない。


 不安なのだ。


 また誰かがいなくなるかもしれない。


 また会えなくなるかもしれない。


 また一人になるかもしれない。


 そんな未来が怖かった。


 だから胸が苦しかった。


 私は目を閉じた。


 あの人と話している時を思い出す。


 一緒に笑った夜。


 くだらない話で盛り上がった時間。


 眠くなるまで通話したこと。


 楽しかった。


 そして安心した。


 安心。


 その言葉が心に残る。


 私はずっと、そういう場所を探していたのかもしれない。


 誰かの隣にいられる場所を。


 誰かと笑える時間を。


 だから人を好きになる。


 だから人を大切に思う。


 それは弱さなのだろうか。


 しばらく考えてみた。


 そして首を横に振る。


 違う。


 きっと違う。


 人を大切に思うことは悪いことじゃない。


 ただ、一人に預けすぎてしまうと苦しくなるだけだ。


 私は深く息を吐いた。


 窓の外では、街灯が静かに夜道を照らしている。


 世界は変わらない。


 今夜、その人は別の誰かと遊んでいる。


 それだけだ。


 嫌われたわけじゃない。


 関係が終わったわけでもない。


 ただ今日は、別の人と遊ぶ日だった。


 それだけのこと。


 そう思うと、少しだけ肩の力が抜けた。


 私はログインボタンにカーソルを合わせる。


 会えなくてもいい。


 少しだけ散歩しよう。


 誰かと話せたら話そう。


 何もなければ、それでもいい。


 そんな気持ちでクリックした。


 ローディング画面がゆっくりと回り始める。


 その光を見つめながら、私は小さく笑った。


「好きなのかもしれないな」


 その言葉は、誰にも届かない。


 けれど確かに、自分の心には届いていた。


 そして私はようやく、自分が何に不安を感じていたのかを少しだけ理解できた気がした。


 ログインの理由は、まだ分からない。


 けれど、その答えを探す夜は、もう少し続きそうだった。

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