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駄文拾遺集  作者: 秋鑑
2/5

最期のお客に関する一現象と顛末

とんでもなく忙しく、あまり報われないかつての職場。


でも、人格まですり減らす仕事には、苦労を分かち合った仲間がいた。


彼らは、身体も精神も壊しながら働いていた。


過酷だったけど、文化祭の前日の様な、バタバタしてゴチャゴチャした日々は、苦しみとともに充実もあった様な気がする・・・


多くの仲間のおかげで。




・・・その仲間たちの中でも、最も変わった存在について記録しておきたい。

最期のお客に関する一現象と顛末








以前勤めていたお店の話です。




かれこれ25年以上昔になります。








販売店でした。




当時は、安普請で店舗を建てて、商品を大量に陳列して安く提供するスタイルが流行り始めたころで、新店舗だったそのお店も御多分に漏れずプレハブよりはまし程度の佇まいでした。




そのお店、つくりは安い割に2階建てでした。しかも、結構大きめのエレベーター完備です。系列店は軒並み平屋建てだったので、身内からも珍しがられました。




おそらく、社長も期待していたのでしょう。東京都下の郊外とは言え駅前大通りに面した立地でしたし、その駅からはお店の看板がデカデカと見て取れました。








まあ、売上金額・規模ともに全店2位が定位置でしたが、新鋭店舗として様々なイベントを実施したりと、先々を考えての実験施設としての性格も有った見たいです。




まあ、その辺りの云々は、社長の自叙伝に詳しく記載されているらしいので、そちらに譲ります。本題は、その当時の最新店舗に設置されたエレベーターです。








このエレベーター、2階への商品搬入路も兼ねていて、人間なら優に20人は入りますし、ショッピングカートも4~5台入りました。




で、その商品搬入路も兼ねていた事も有り、営業終了後の、配送センターからの納品便対応時にも使用していました。




20時の閉店を待って正面入り口を施錠、その後、店舗後方の搬入口に納品トラックを乗り付けてカゴテナーと呼ばれる大型運搬台車にて直接売り場まで商品を搬入していました。




売り上げも有ったので、トラックは毎晩4~5台やってきており、搬入だけで2時間ほどかかりました。その後、売上集計などの事務仕事を実施し、退店は夜中の1時前後というブラックぶりです。




人によっては、その後に更に売り場のメンテナンスなどもしていましたね。








で、やっとエレベーターです。




コイツが、毎日、決まって24時半に1階に降りてきて扉を一回開閉するんです。




開店して暫くしてだんだんとみんなが気が付きだしました。報告書(当時は手書きでした)の端に、ちょっとした符丁で記録してみたら、本当に毎日です。




定休日に出勤していた人間に確認しても、やはり、無人の状態で24時半に1階に降りてきて、一回だけ扉を開閉したそうです。




ご察しの通り、当初はエレベーターの仕様何ではないかと考えられていました。




つまり、エレベーター内に万が一にも閉じ込められたりしていないかを確認させるためにでも、一度空っぽの箱を見せる機能なのでは?と、いうモノです。




まあ、当時店にいた人間は、それほどエレベーターの機能について精通していたわけではありませんし、そういう事もあるのかなあ・・・って感じで、納得していました。








その内、深夜のバイトを中心に、その開閉を「最後のお客様のお帰り」と言うようになりました。




ちょうどブラック企業も話題になって来ていた世の中の流れの中で、過度の残業(24時半にその現象を見ている時点で過度の残業な気もしますが・・・)を戒める通達も出ていました。




そこで、このエレベーターの動きは時報代わりに機能していたんですね。




つまり、「最後のお客様のお帰りでーす」は「もう24時半でっせ、そろそろお開きにしましょうや・・・」って、意味でつかわれてました。








新装開店した後、1年が経過し、各設備の保証内点検が実施されました。




まあ、1年未満で生じた不具合を「初期不良」としてタダでメンテして貰えるわけです。この中で、件のエレベーターも点検対象となっていました。




で、点検当日、業者の作業が終わって「異常なし」の報告を受けたときに、24時半の開閉についても聞いてみたんです。「あれ、何で定時に開閉するんですか?」って。




・・・店の皆は「エレベーター内に取り残された人がいない事の確認用」と納得していましたが、私にはちょっとした違和感があったんです。








私の感じた違和感・・・それは、この開閉動作の発生時間です。




他の設置場所にいた事は無いので、はっきりとは言えませんが、通常の勤務状況であれば、どんなに遅くても22時を超える事は無いんじゃないか?




それ以降は深夜作業に分類されて人件費が跳ね上がります。




我が愛すべきブラック企業の様に残業代を踏み倒すことが常態化しているならともかく、そうでなければ、24時半とは店舗に人は一切いない時間なんじゃないか?




だとすれば、この子エレベーターは、誰に「箱の中に誰もいない報告」をしてるんだ?




そもそも、エレベーターの設置会社も、こんなブラック勤務を追認してるって事なの?って、感じでした。




まあ、業者さんの回答はシンプルなモノでした。








「タイマー含めて、そんな機能はありません」








ついでに、高層マンションとかの複数あるエレベーターを膨大な階層へ効率的に配置する必要がある施設ならともかく、1階と2階を往復するだけの機能しかないこのエレベーター・・・には・・・そんな誤作動を起こすほどの能力も付与されていない・・・と。








その後、1~2度業者の人にも立ち会ってもらい「24時半に開閉する動作」が存在する事は確認してもらえたのですが、原因は不明。




それ以外に特段の不具合もないため、会社側も対応に関しては望みませんでした。








結局、私は新店開店時の繁忙対応を終えて、他の店舗へ移動し・・・その後、転職してしまったので、長らくあの子エレベーターの事は忘れていました。




ところが、先日、たまたま嘗ての同僚と同席する事があり、共通の上司だった副店長Aさんの話題が出ました。




私が転職する前後、小売業は大店法改定の煽りで異常なほど巨大な店舗と異常なほど専門性の高い店舗へ2極分解を起こし始めていました。




中途半端な我がブラック企業は、中途半端な売り場面積と中途半端な品ぞろえにより、業績を順調に悪化させていってました。




そんな中、件の店舗の店長に出世していたAさんは、業績悪化のプレッシャーに耐えられず失踪したんだそうです。








その日、Aさんはいつも通りに早朝出勤し、開店準備、営業、閉店作業を行ってたそうです。




で、あの子です。同僚はいつも通りにバイトの声を聴いたそうです。「最後のお客様のお帰りでーす」もうそんな時間か・・・同僚は思ったそうです。








その時、珍しく店長のAさんが、バイトの声にこたえた声が聞こえたそうです。「ちょっと、待っててもらって」と。








同僚は、眠気覚ましの冗談だと思って聞き流し、各入口の施錠を確認して事務室へ移動したそうです。事務室は、件のエレベーターの見えるサービスカウンター奥にあります。




事務所の扉を開けて、ふと見ると、いつも退店時には1階にいるはずのあの子は何故か2階にいたそうです。




・・・まあ、そういう事も有るか・・・と、特に気にせず(疲労のため、周囲への関心・注意力が極点に低下していたんでしょう)、事務机を見るとAさんの字で書置きがあったそうです。








「悪い、先に行く」








ああ、帰ったのか・・・早朝から居たんだし、明日(いや、今日か)の朝にはまたここだしな。そう思って、同僚も帰宅したそうです。








これ以降、Aさんの消息はさっぱり分かりません。家族の人たちが必死に探したりしたみたいですが、結局、何処へ行ったのか・・・。




最寄りの駅では終電で、もし乗ったとしても隣の駅までしか行けません。




でも、Aさんの車は会社の駐車場に止まったままだったそうです。で、あの子ですが、同僚が転職を決めたころには、最後のお客様のお帰りは無くなっていたそうです。




いつ無くなったのか、それは、Aさんとリンクしているのか、いないのか・・・。皆バタバタしていたし、人一人失踪した事も有り、店舗の雰囲気は殺伐としていたので、正確な事は分からないみたいです。








その後、会社は坂道を転がり落ちる様に業績を悪化させ、店舗は次々と撤退して人手に渡って行きました。




件の店舗も、どこかの業者が買い取って中を小分けにして小さなショッピングモールもどきにしてしまったとの事でした。同僚の話はそこまでです。












私は気になる話を聞いて、懐かしさもあり、後日、元件のお店へ行ってみました。












外観のデコレーションが今風になっていて面影は薄いですが、窓の位置などの躯体自体は同じなので何となくわかります。








で、あの子。まだ稼働していました。共用部にあるその子の動作を確認したいと思い、私はテナントの一つである24時間営業のカラオケに待機してみる事にしました。








で、例の24時半。あの子は、当たり前の様に1階へ降りてきて扉を開きました・・・。そして、そのまま開きっぱなしです・・・。








思わずあのフレーズが口をついて出ます。








「最後のお客様のお帰りです」と。








あの子は満足げに中の電灯を一瞬点滅させると扉を閉じました。




後ろで若い男の声がしました。「あれ、珍しく閉まってら・・・」聞くと、いつもこの時間に開くこの子は、自分では扉を閉じずに止まってしまうのだそうです。




「なんせ古いエレベーターだから、どっかに不具合が有んじゃないかとおもってんす」口は悪いけど人の好さそうな若いバイトが教えてくれました。








その後、私はあの子に会いには行っていません。








終わり



無茶苦茶な労働環境の中、男が一人、現場を去った。


消えたのか、消されたのか・・・連れ去られたのか。


私の中の最有力容疑者は、今も、稼働しているらしいです。

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