空飛ぶ車
しいなここみ様『空飛ぶ〇〇企画』参加作品。
将棋小説です。
将棋を知らない人にも分かりやすく・・・と最初は意気込んで来たのですが諦めました。
専門用語は雰囲気だけ眺めて頂ければ幸いです。
翔子が65歩と突き、角道を開けてからが早かった。
すでに跳ねている右桂馬、中央に進んでいる銀と連携し、啓介の穴熊はあっけなく崩壊した。
いや、穴熊を組む前に潰された。
「負けました」
「ありがとうございました」
啓介の投了を受けて、二人は一礼を躱す。
「これ、最初から狙ってたの?」
啓介は震える声を抑えて翔子に聞いた。守りとしては最強の、穴熊囲いを組む前に速攻で攻め潰す作戦のことだ。
「狙っていると言えば狙ってたかな。最初から決めてたのは燿龍四間飛車にしようってことぐらい。知ってる?燿龍って」
翔子が答える。将棋は対局を終えると、互いに内容を振り返り合う。これを感想戦と言う。級位者の子供同士では省略されることも多いが、啓介は必ず持ち掛けるようにしていた。それが大事だと本に書いてあったから。
「知らない」
「とりあえず飛車を振って、この形に王様を囲って、後は相手の出方を見て決めるんだよ。私もまだ勉強中だけどね。『勉強』してみるといいよ。本もあるから」
翔子はそれだけ言うと席を立った、そして自分が勝ったことを申告に行く。感想戦よりも早く次の対局がしたいという様子だった。
啓介は次の対局も負けた。今度は作戦と言うよりは終盤の凡ミスだ。
その日は3連敗。
子供将棋教室に通うようになって3ヵ月、5級までは順調に昇級していったが、ここにきて伸び悩んでいる。
「そんな日もあるさ。気にするな」
父親の耕助が声をかける。啓介は黙ってうなずく。
それを見て耕助は思った。
(今日も寿司だな・・・小遣い、ママに相談するか)
耕助の予想通り、啓介は将棋教室を出て、エレベーターに乗った所で泣き出した。
「オレ、、、弱い、、、才能、、、無いのかな、、、」
「んなことないよ。お前、父さんとだってもう五分だろ。相性ってのはあるんだよ」
耕助はアマチュア2級。そもそも啓介が将棋をはじめたのも耕助の影響だった。
親のひいき目を抜きにしても啓介は弱くない。5級で足踏みするレベルには思えなかった。
「勝てない、、、翔子に、、、勝てない、、、勉強したのに、、、」
「将棋はそんな簡単じゃないよ。また反省会して帰ろう」
そう言って耕助は回転寿司に誘った。
ここが一番啓介の機嫌が直るからだ。
「燿龍四間飛車か、やるな、翔子ちゃん」
「お父さん出来るの?」
「ああ。父さんは振り飛車党だからな。ちょっとやってみるか?」
そう言って耕助はタブレットを取り出して将棋アプリを起動する。
「ちょっと待って、ハマチとサーモン食べたい」
「OK」
既にマグロとエビを食べ、オレンジジュースを飲みながらフライドポテトをツマンでいる啓介は、すっかり機嫌が直ったようだ。
「燿龍四間飛車は簡易的な囲いを作ってからは相手の出方によって様々変化する。その中でも対居飛車穴熊はワリと得意だな」
「そうなの?」
「ああ。プロは分からんけどアマチュアの級位者同士ならね。流れで右の桂馬は早めに上げるし、いつでも地下鉄飛車に行ける形だからな。藤井システムに近い攻め方も出来るんだ」
「そうか、燿龍四間飛車に穴熊は駄目か。。。」
啓介は自分のリュックから『しょうぎノート』と書かれたノートを取り出してメモを書いた。『ようりゅうに、穴グマはダメ』と。
(こんなにハマるとはな)
一緒に将棋が指せたら楽しいだろうと、軽い気持ちで教えて見たのだが、ここまでになるとは思わなかった。
熱中するのがあるのは良いことだが、最近の啓介を見ていると、時々心配になる。
そんな指し方していて楽しいのか?と。
初心者の小学2年生にしてはストイックすぎる。
例えば啓介は、かたくなに居飛車しか指さない。
将棋は最強の駒は飛車で、その使い方がキーになる。飛車を初期位置のまま進める戦法を居飛車と言い、早々に反対側に動かす戦法を振り飛車という。
振り飛車の中にもバリエーションはあって、振る位置によって四間飛車、三間飛車、中飛車、向かい飛車などがある。
現在プロ棋士では圧倒的に居飛車が多く、またAIでも居飛車の方が評価値が高い。だから「強くなるには居飛車だ」と頑なに啓介は居飛車しか指さない。
一方で翔子は振り飛車派で、様々な振り飛車を指す。
これが相性の悪さに起因している。
振り飛車側は、基本である四間飛車をある程度学べば、三間飛車も中飛車もある程度は指せるし、今回の燿龍四間飛車のような派生も無理なく指せる。一方で、居飛車側からすると、それらは全て攻めの狙いが違うので、それぞれ対策はかなり違う。
啓介のようにガチガチに勉強するスタイルでは、最初は居飛車の方が分が悪い。勉強することが多すぎるからだ。
ある程度レベルが上がると、居飛車の方が増えていくのが現在の傾向だが、そこまでに行くのにかなり成長痛が伴う。
寿司を食べた帰り、本屋によって啓介はまた振り飛車対策の本を、自分の小遣いで買おうとした。
「いいよ。父さんといる時は買ってやるよ」
耕助はそれを取り上げてレジに持って行く。
「本で勉強もいいけどさ、お前も振り飛車指して見たら?その方が早いぞ。相手の考えが分かるようになるから」
買った本を渡しながら耕助は言う。
「いい。オレは居飛車で強くなる」
その啓介の声がまた震えてきたので、耕助はそれ以上勧めなかった。
次の週、啓介はまた翔子に負けた。
今度は三間飛車の中でも早石田と言われる奇襲に近い速攻でやられた。
啓介はまた回転寿司で反省会をし、本屋で石田流対策が載っている本を探して帰った。
次の週、啓介はまた翔子に負けた。
今度は中飛車。
「中飛車対策には早繰り銀とか言われてるけどな。最初は自分も中飛車に振ってしまうのが楽だぞ」
そう言う耕助の助言を受けつつ、啓介は早繰り銀の本を買って帰った。
次の週、啓介は翔子に勝った。
「何で?」
納得のいかない啓介は感想戦で詰め寄るように聞いた。
「いやー、やっぱりダメだったかぁ」
翔子はイタズラ気に笑う。
負けた悔しさ等、微塵も感じなかった。
今回、翔子は振り飛車を指さなかった。
使用したのは居飛車穴熊。以前に啓介が燿龍四間飛車で攻め潰された形だ。
初手で翔子が飛車先の歩を付いて、居飛車を宣言した時には啓介は動揺した。
そして、穴熊に組に行かれた時は、愕然とした。
(舐められてる?!)
と。
(ふざけるな!)
そう思って必死に指した。
振り飛車党にこの戦形で負けるわけにはいかない。
盤面を睨みつけるように凝視し、少しの隙も漏らさず、奇襲をかけられる隙も作らないように、一手一手集中した。
結果、ジリジリと力押しで寄り切ったような勝ちだった。
勝った瞬間、対局の途中から忘れていた怒りがぶり返して来た。
自分に情けをかけたのか?!と。
「なぜ居飛車?振り飛車党なのに・・・」
やっとの思いで啓介はそれだけを聞いた。
「ん?私どっちでもないよ。オールラウンダーだし」
「ずっと振ってたじゃん」
「啓介の時はね。初手合いの時、相掛かりでコテンパンにやられたから」
相掛かりとは、居飛車同士の一番クラシカルな戦い方。
「そうだっけ?」
「覚えてないの?ひっでー!」
啓介は黙った。正直全然覚えていない。
教室に入りたての頃は、周りは敵という認識しかなかった。昇級する為に勝ち星を得る相手と言う認識でしか。
「まぁ私も雑魚だったからね」
翔子はケタケタと笑う。
思えば最初に名前を覚えたのは翔子だった。確実に実力を付けてきて苦手な相手として。
「オールラウンダーって効率悪くない?戦形決めて勉強した方がいいと思うけど」
「そういうの苦手なんだよね。色々試した方が楽しいし」
「楽しい・・・か・・・」
啓介には理解できない考えだった。
「飛車ってさ、なんで飛車って言うか知ってる?」
唐突に翔子が聞いてきた。
啓介は首を傾げる。
「今昔物語に出てくる『空飛ぶ車』のことなんだって。だから自由にビュンビュン飛び回るのが飛車なんだと思うよ」
たぶん翔子なりに振り飛車、そしてオールラウンダーの意義を説明したつもりなんだろう。
その日、啓介は久しぶりに3連勝した。
次の週。
啓介は好調を維持しており2連勝。次を勝てば昇級が決まる。
相手は翔子。
振り駒の結果、啓介が先手。
「お願いします」
互いに礼をして啓介が初手を指す。
56歩。
真ん中の歩を突き出す形。
これは中飛車で行くという宣言だ。
「飛んで来たね」
翔子が言った。
そして54歩と同じく真ん中の歩を突き出す。
「飛んでみるよ!」
啓介は力強く飛車を真ん中に振った。
―了―
いつかは将棋小説を書きたいと思っていたんですけどね。
やっぱり難しい。。。
最大の壁は「わかりやすさ」だと実感しました。
そして執筆時間!
構想時は画像で盤面も載せようかと思ったのですが、それを作るのはかなり大変で、これまた挫折しました(ー_ー;)




