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一話

深い深い海の底を流れるままに揺蕩う。ぼんやりと目を開けば、暗闇にほんわりと浮かぶ今にも消えてしまいそうな淡い光の中に『誰か』の姿が見えた。

ゆらゆら、ゆらゆら。

あれが誰なのか、私には分からない。人影は複数人いるのだろうか。

一人がこちらへ手を伸ばしてくる。どこか戸惑いながら、ひどく躊躇(ちゅうちょ)している。

けれど彼は、触れるか触れないかのところでその手を引っ込めてしまった。

──どうして?

私は思わず手を伸ばす。

『......我らが守ってやる』

ああ、行ってしまうのか。

私を置いて。

そうだ、みんな何処かへ行ってしまうのだ。

私を置いて。

──だから。


ぷつん、と細く長い糸がこと切れるように目が覚めた。

寝起きそうそう浅く溜め息をつきながら重たい瞼を持ち上げると、ボヤけた視界に真っ白な天井と不自然に伸びた自分の腕が映り込む。ああまた、と思うのはもう何度目か。

こうして夢の中と同じ動きをしている時もあるし、酷い時は自分が全く知らない場所にいることもある。

いい加減、夢遊病(むゆうびょう)とかいうものを疑った方が良いのかもしれない。

「変な夢...」

脱力するように頭の上に腕を下ろしながら、私はもう一度、ゆるく瞼を伏せる。

とはいえ、あの乙女ゲームのセリフに出てきそうなむず痒い台詞を考えれば―――万が一ではあるけれど、ここ数年良い出逢いに恵まれなかった私の欲求不満なんてことも有り得るのかもしれない。

起きたばかりなのに、どっと疲れが押し寄せる。これ以上考えても仕方がない。

気だるい身体を起こしてベッドを降り、私はカーテンを一気に引いて窓を開ける。

天気は快晴。今日は休日だし、まだ布団に包まっていたかったけど、朝ご飯作らなきゃ。

布団を跳ね除けると、まだ寝たいのか猫の『ひややっこ』と(へび)の『にょろ丸』が布団を離さない。

しかなく布団をかけてやる。もう二匹、鳥と亀を飼っているんだけど、一階に降りているみたいだった。

私は大きく腕を上げて伸びをしながらリビングへと降りた。

リビングに降りると、鼻先をくすぐるのは微かに潮の匂いが混じったような、いつもと違う空気だった。

―――あれ?

「……?」

キッチンの方を見ると、昨夜きちんと閉めたはずの扉が、ほんの少しだけ開いている。隙間から朝の光が差し込み、床に細長い影を落としていた。

不用心だな、と思いながら近付こうとした瞬間。

ぴちゃり。

水を踏んだような、あり得ない音がした。

「……水?」

床を見る。

そこには、リビングのフローリングには到底似合わない――薄く広がる水たまり。そして、その中央。

「ヤバい、蛇口閉め忘れたんだ!」

嫌な予感が頭をよぎる。

台所の扉を開けようとすると誰かと頭がぶつかって尻もちをついてしまった。

「いったた……」

「わー、ごめんね!大丈夫!?」

知らない声に頭を上げると、赤みがかった男の子が焦ったように私を見下ろしている。

「怪我してない?」

「………きゃぁぁぁぁ!」

ズザザと男の子から距離を取る。

「ふ、不審者!強盗!」

「え、違っ」

手当たり次第、近くにあったクッションを男の子に投げつける。

クッションは勢いよく飛んでいき、男の子の顔面に命中した。

「ちょ、待って待って!本当に違うから!」

男の子は両手を上げ、必死に弁解する。その拍子に、背中から――ばさり、と大きな赤い羽が零れ落ちた。

「「………………」」

一秒。

二秒。

脳が理解を拒否する時間。

「……羽?」

「……あ」

男の子は自分の背後を振り返り、固まった。

「しまった……」

私の視線と、床に散った朱色の羽根と、男の子の顔が一直線につながる。

「……夢?」

「いや、起きてるよね!?ちゃんと起きてるよね!?」

「やだぁぁ!私を食べても美味しくないよ!!」

「食べない、食べない。落ち着いて」

「相変わらず朝から元気だな」

低く落ち着いた声が、リビングの奥――玄関の方から響いた。

「……?」

恐る恐る視線を向ける。

そこに立っていたのは、頭に白いバンダナをした首に蛇を巻いた男の子だった。年齢は同い年くらいだろうか。表情は淡々としているのに、やけに存在感がある。

そして何よりおかしいのは、床一面に広がる水たまりを前にしても、彼の足元だけが一切濡れていないことだった。

(不審者が増えた......。そうだ、二匹は!?)

リビングを見渡して『ねぎま』と『カメ吉』を探すが、いなくなっている。

私の部屋にいなかったから、二匹は一階に降りていたのかと思ったが……まさか!

「ね、ねぎまとカメ吉はどこ!?」

思わず叫ぶと、部屋の空気が一瞬、ぴしりと張りつめた。

赤髪の男の子と蛇を巻いた男の子がお互いに顔を見合わせて、すっと手を上げる。

「……え?」

嫌な沈黙。

「ま、まずは落ち着こう?」

赤髪の男の子が苦笑いしながら言う。

「落ち着ける要素どこ!?ねぎまとカメ吉を返して!!」

「返すも何も……」

蛇を巻いた男の子が、静かに口を開く。

「私達がその、ねぎまとカメ吉だ」

「……は?」

赤髪の男の子は観念したように、ぽりぽりと頬を掻いた。

「えーっと……順番に言うね。まず、ねぎま」

「うん」

「俺」

「…………」

一拍。

「…………は???」

思考が停止する。

「え、え、ちょっと待って。ねぎまは鳥で、ちょっと赤っぽくてで、朝五時に絶対つんつんしてきて―――」

思わず叫ぶと、頭がぐらりと揺れた。

情報量が多すぎる。

「……じゃ、じゃあ」

震える指先で、もう一人を指す。

「カメ吉は……?」

蛇を首に巻いた男の子が、一歩前に出た。

「私だ」

「………………」

言葉が、出ない。

水槽の中でじっと動かず、でも私が帰ると必ず顔を上げた亀。

撫でると、甲羅の奥で小さく喉を鳴らすような振動が伝わってきた、あの感触。

「……カメ吉?」

名前を呼ぶと、カメ吉(?)はほんの一瞬だけ少し微笑んで、静かに頷いた。

「そ、そんな訳ないじゃん………。ねぎまは鳥で、カメ吉は亀なんだから……人間なんて」

そんな動物が人間になるなんて、アニメの世界だけだ……。それとも私、幻覚を見ているんだろうか?いや、きっとそうに違いない。だって―――だって、そんな都合のいい非日常、現実にあるはずがない。

「……落ち着け、私。これは夢。きっと夢。寝起きだし、疲れてるし、昨日は夜更かししたし」

ぶつぶつと呪文のように唱えながら、ぎゅっと目を閉じて、もう一度開く。

赤髪はいる。 蛇首男もいる。 床は濡れている。 羽根は落ちている。

「……消えない……」

混乱のあまり叫ぶと、今度は背後から「くあぁ」という、間の抜けたあくびが聞こえた。

「……え」

振り返ると、ソファの背もたれに――いつの間にか、白髪に黒メッシュの男の子がだらしなく寝転がっていた。ふわふわの白髪、眠たそうな金色の目。

「……誰」

つい呟いてしまうと、男の子は片目だけ開けて、気怠そうにこちらを見る。

「おはよう、今日も早いな」

「ひっ……喋った!」

私が後ずさると、白髪の男の子――ひややっこ(?)は、心底だるそうに上体を起こした。

その時、私の足元で何かが絡みつく感じがしたので足元に目を向けると、にょろ丸がいた。

自称にょろ丸じゃない。動物のにょろ丸だ。

「にょ、にょろ丸ぅぅぅ!」

思わずしゃがみ込み、床に伏せていた青い蛇を両手でそっと掬い上げる。ひんやりした鱗の感触。確かに、これは“いつもの”にょろ丸だ。細くて、少し冷たくて、でも私の指に絡みつく癖まで同じ。

「よかった……無事だった……」

胸を撫で下ろした、その瞬間。

にょろ丸が、きゅる、と短く鳴いた。

「うんうん、ご飯食べようね」

現実逃避をしていた次の瞬間、腕の中の蛇が淡い青白い光を放ち始める。

「え、ちょ、待っ――」

光が弾けるように消えた。

そこにいたのは、青みがかった髪を一つに束ねている男の子だった。腕の中の重さは消え、代わりに手首を掴まれている。

「おはようございます、こーちゃん」

「ひっ……」

フッと気が遠くなり、私はそこで意識を手放した。

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