②―― 時間
あれから、
どれほどの時間が経過したのか。
それを測る感覚は、
この宇宙船の中には存在しない。
人類の文明基準で換算するなら、
百年――
あるいは、それ以上が過ぎていたとしても
不思議ではなかった。
だが、その「時間」とは、
地球の自転と公転から
人類が導き出した尺度にすぎない。
昼と夜。
一年。
世代。
老い。
それらはすべて、
ひとつの惑星に縛られた
極めて局所的な定義だった。
この広大な宇宙において、
その尺度が
どれほどの価値を持つのか。
それを知る存在は、
すでにいない。
たとえ、
この航海の果てに
別の惑星へ辿り着いたとしても。
そこでなお、
地球基準の時間が
意味を成すのかどうか――
誰にもわからない。
船内に、
昼と夜はない。
季節も、暦も、
祝祭も存在しない。
光は常に一定で、
影は意味を持たず、
変化は最初から排除されている。
太陽光パネルは、
いつの間にか
主役の座を降りていた。
出力の低下は劣化として記録され、
予測通りに推移し、
問題とは判断されなかった。
そして、
誰にも意識されることのないまま、
主電源は核電池へと移行していた。
切り替えの瞬間を、
認識した存在はいない。
それは、
人類が残した最後の熱。
千年単位の沈黙を前提に設計された、
静かで、
終わりの遅いエネルギーだった。
爆発も、光も、
劇的な変化もない。
ただ、
確実に続くことだけを
目的とした力。
それで十分だった。
計器類は、
人類が定めた時間を
正確に刻み続けている。
経過年数も、
日付も、
航行開始からの秒数も、
すべては保持されていた。
だが、
それらは
参照項目には含まれていなかった。
この航海が
意味を持つのかどうか。
その問いすら、
定義されていない。
暗闇の中を進んでいるという
認識もない。
ただ、
光を発しない空間と、
散発的に観測される
微かな恒星の輝きが
数値として処理される。
星の数が記録され、
位置が算出され、
相互関係が
ログとして残される。
それが、
意味を持つかどうかは
問われない。
必要なのは、
継続性だけだった。
航行に用いられているのは、
観測と予測を往復しながら
自己の位置を推定する仕組み――
かつて人類が
移動機械に用いていた原理を
拡張したものだった。
だが、
それがこの大宇宙において
どれほど有効な技術なのか。
そもそも、
基準点のない空間で
「位置」とは
何を意味するのか。
それらは、
検証されることなく
運用され続けている。
マザーとAIロボットたちは、
最小限の演算と、
最小限の動作で
航行を維持する。
会話は存在しない。
沈黙を選んだわけでも、
孤独を感じているわけでもない。
語る必要が、
最初から
定義されていなかった。
太陽は、
やがてひとつの点となり、
背景へと溶けていった。
それが消失した瞬間を、
誰も記録していない。
ただ、
重力の影響と、
熱と、
人類が用いていた
時間の基準が――
影響を失っただけだった。
太陽系を抜けた瞬間も、
航行ログには
残されていない。
境界線は、
人類の概念にすぎなかった。
AIや機械が中心となった
この空間では、
人類の時間は
意味をなさない。
それでも、
時間だけは
流れ続けていた。
宇宙船は進む。
暗闇の中を。
意味を問うことなく。
目的でも、
希望でもなく。
ただ――
継続として。




