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失われた記録(仮)  作者: Yoshi
第一章
2/5

①―― 旅立ち

ロケットは、発進した。


轟音は、もはや意味を持たない。

振動も、衝撃も、

感覚として受け取る存在はいない。


燃焼は計算通りに進み、

推力は必要最小限に制御されている。

速度は上昇し、

機体は、地球の重力圏を離脱する軌道へと入った。


船内に生命維持用の空気はほとんどない。

酸素循環も、気圧制御も存在しない。

温度管理は「快適さ」のためではなく、

機構が損傷しない範囲を維持するためだけに行われていた。


人間のための設計は、

すでに切り捨てられていた。


ロケットは、大気圏へと突入する。


速度の上昇に伴い、

機体全体が激しく震え始める。

空気との摩擦が外殻を叩き、

船体温度は急激に上昇した。


警告音は鳴らない。

すべては、想定内だった。


外殻の温度は上昇し、

内部構造にも熱が伝播する。

電子回路の許容範囲が、

限界値へと近づいていく。


その瞬間、

機械冷却系が最大出力で起動した。


エアコンディショナーが唸りを上げ、

船内の冷却気流が一斉に循環を始める。

冷媒は高速で流れ、

演算中枢と駆動系を直接冷却する。


それは、

生命を守るための冷房ではない。


精度を維持するための、

冷却だった。


ロケットは振動を続ける。

だが、その揺れを不快と感じる神経は存在しない。

苦痛も、恐怖も、ここにはない。


あるのは、

数値の変動と、

制御応答だけだった。


やがて、

振動は弱まり始める。


成層圏を抜け、

空気の密度が急激に低下する。

摩擦は減少し、

機体を包んでいた抵抗が消えていった。


静寂が訪れる。

運動は、

完全に計算された慣性へと移行する。


外界認識用カメラが起動した。


モニターに、

地球が映し出される。


黒い雲が惑星全体を覆い、

その隙間から覗く大地は、

炎に焼かれて赤く染まっていた。


都市だった場所は、

もはや判別できない。

火の筋だけが、

地表を走っている。


その映像は、

複数のレンズによって取得され、

補正され、

記録される。


AIロボットたちは、

それを見ていた。


だが、

そこに意味は生じない。


悲嘆も、

驚愕も、

確認のための感情も存在しない。


視覚情報は、

航行データの一部として処理され、

操舵演算に組み込まれるだけだった。


ロボットたちの関節が、

わずかに動く。


進路補正。

姿勢制御。


その運動は正確で、

無駄がない。


モニターの中で、

地球はゆっくりと遠ざかっていく。


それは境界だった。


地球と宇宙。

生命の領域と、

無機の空間。


人類が、

境界として名づけた線。


ロケットは、

その境界を越えた。


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