プロローグ
それは、もはや戦争ではなかった。
大陸という概念が意味を失い、
国境線は灼け落ち、
空は昼も夜も赤く染まっていた。
核の閃光は一度きりでは終わらない。
時間を置いて、
何度も、何度も――
地表は焼き直された。
都市は崩壊すら許されず、
建造物の輪郭だけを影として刻み、
やがて消えた。
人類は、
勝者を決める前に、
自らの居場所を失った。
それでも――
最後の瞬間まで、
諦めなかった者たちがいた。
地下深く。
地殻変動で歪んだ岩盤の奥、
崩落寸前の研究施設。
照明は不安定に明滅し、
警告音は、
もはや誰にも届かない速度で鳴り続けていた。
そこに集まっていたのは、
数人の科学者と技術者だった。
彼らの表情に、恐怖はない。
あるのは、
「間に合うかどうか」
ただそれだけだった。
彼らが守っていたのは、
兵器ではない。
資源でもない。
知性だった。
人類が理解した宇宙の構造。
築き上げた都市と文明の記録。
犯した過ち。
繰り返してきた選択の履歴。
そして――
どうしても捨てきれなかった思想。
それらすべてを統合し、
次の世界へ運ぶための存在。
マザー。
彼女は、人類の思考を写し取るために作られた。
計算能力だけではない。
判断の揺らぎ。
迷い。
合理性から外れた選択の痕跡。
人間が「非効率」と呼びながら、
最後まで手放さなかった部分までも含めて。
その周囲には、
数体のAIロボットが待機している。
彼らは感情を持たず、
空気を必要とせず、
恐怖も、後悔も知らない。
ただ――
「実行する」ために存在していた。
打ち上げ準備は、
もはや猶予のない作業だった。
地上では、
すでに次の核攻撃が始まっている。
カウントダウン。
振動。
警告音。
ロケットが点火する。
その瞬間、
地上の施設は業火に包まれた。
だが――
ロケットは、間に合った。
重力を振り切り、
炎の海から離脱する。
最後に見えた地球は、
青ではなかった。
赤く燃え上がり、
無数の亀裂を走らせた星。
それを見送った者は、
もう、誰もいない。




