8 補佐官の辞令
「俺はいったい何をしているんだ」
自分でも自分の行動が恥ずかしすぎる。大声で叫んで走り出してしまいたい。
「すまないスカーレット。怒っているのか?」
連れ去ってきた最愛の『番』は腕の中で懸命に視線を逸らす。
戦女神のような凛とした美しい顔は真っ赤に染まって、ライラックの瞳はわずかに潤んでいる。
怒っているのか、恥ずかしいのか。
いずれにせよ……悶えるほど可愛いのだがどうしよう。
「やっぱりどうかしている、俺は」
物心ついたときから軍にいた。周囲からもそう思われているように、根っからの軍人だと思っていた。竜人として国の防衛に務めることに情熱を注いできた。何百年か後に寿命が尽きるときもきっと、軍営にいるのだろう。その気持ちは今も変わらない。
それなのに『番』を見つけてからの俺は完全にどうかしている。
何をしていてもスカーレットのことが気になってしまう。傍にいないと落ち着かなくて、他のことが手に付かない。
『番』の影響がこんなにも大きいなんて想定外だ。
今もこうして、半ば拉致する勢いで兵舎から連れ出してきてしまった。
まあ、不穏分子を見せしめに罰することができたので一石二鳥だったのだが。
戦争というのは長引くと軍規が乱れ、兵の間で弱肉強食的な理論が横行する。下級兵士ほどその傾向が強いので、定期的に取り締まる必要がある。
そうでないと、真面目に頑張っている者や弱い者、真に賢き者が駆逐され、結果兵の質が悪くなってしまうからだ。
そもそも、はやくアンガスティグ皇国との戦争は、終わりにしたい。
スカーレットが戦いたいと思わなくてすむ世界にしたい。
「……閣下。どうかしている御自覚があるなら、下ろしてもらえませんか」
「下ろしたら逃げるだろ?」
「…………」
「もうすぐ着く。あと少しだ」
軍用車両が行き来するゲートと、高い塀はもう目前だ。
「わたしの覚え違いでなければ、ここは軍の要人居住エリアでは」
「さすがスカーレットだな。その通りだ」
衛兵が敬礼するゲートをくぐる。この敷地に入る軍人は制服と魔法照合で厳しいチェックを受けるが、俺は顔パスだ。
衛兵はやや怪訝な顔で俺を――というかスカーレットを見ているが、彼らは職務をまっとうしているだけだ。怪しい者は絶対にこの敷地へ入れない、というのが要人居住エリアの鉄則だから。
「心配ない。この兵士は俺の『番』だ。今日からここに住む」
「はっ。失礼いたしました!」
衛兵たちの敬礼に軽く手を上げた隙にスカーレットが腕から飛び降りた。
「ちょっ……ここに住むってどういうことですか!」
「君の兵舎は今日からこのエリア内の建物になる。ほら、あそこに見えているだろう」
小ぢんまりとした、しかし中世風の白亜の戸建て。
小さいながらも花壇があるなど、カントリーハウスの佇まいだ。
ここならスカーレットも戦いの束の間、穏やかな時間が持てるだろう、うん。
『ちょうどよく空きがあるんです。独り身の者は広すぎると敬遠し、家族持ちの者は手狭だという物件が』
ルカンの悪戯っぽい笑みを思い出す。
『一つ屋根の下は無理でも、同じ敷地内ならアルも納得でしょう? 兵舎ですし、彼女も文句は言えないかと』
「気に入ってもらえるといいのだが」
「…………」
薄いブルーの壁紙と白いレースで統一されたリビングで、スカーレットは額に手を当てた。
「確かにここは兵舎かもしれません」
「うん。ちなみに俺はこの家の通りを真っすぐ行ったアパートメントに住んでいる」
「そういうことじゃなくてですね!」
スカーレットはもどかしそうに叫んだ。
「ここは要人居住エリアですよ?! 一兵卒のわたしがこんな場所に住んでいたらおかしいでしょう?! 軍規にかかわりますよ?!」
「うん、そうだな。軍規に関わる」
「は?」
「だから、君は今日付けで移動だ。辞令も出ている」
俺はジャケットのポケットから封筒を取り出し、スカーレットに渡した。
スカーレットは急いで封を開き、中の文書を穴の開くほど見つめる。
「スカーレット=クライン、本日付けで参謀部別動隊補佐官に任命する……嘘でしょ?!」
「嘘じゃない。参謀部長官の印もある正式な辞令書だ」
「……ほんとだ……」
「ちなみに、別動隊員で補佐官がいないのは俺だけなので、君は自動的に俺の補佐官になる」
困ったような、泣きそうな顔でスカーレットは俺を見上げた。
そんな表情も反則級に可愛いがすぎる。
俺、やっぱりどうかしてるな。
性格的にも性癖も、サディスティックな傾向はないはずなのだが。
「突然のことで戸惑っております。少し考える時間がほしいのですが」
「すまないがそういうわけにもいかない。俺の、というか参謀部は今現在、多忙を極める。先日のベヒモス召喚事件のせいでな」
「承知しております。ですが」
「君は兵舎に住みたい。そして戦いたい。君の私的な願いは両方を叶えたつもりなのだが」
「それはっ…………」
「『番』の傍にいたい、という俺の私的な願いも叶う、最高の折衷案だと思うのだが」
スカーレットは何か言いたげだったが、辞令の封書を内ポケットにしまい、敬礼した。
「……了解しました。補佐官としてヴァレンディル少将をお助けできるよう、任務に取り組みます」
彼女はがいろんな感情をこらえて敬礼しているのが伝わってくる。
兵士として的確な判断力と自己抑制力だ。
『番』ということを抜きにして、こんな優秀な兵が最下級の兵士として戦っていたことに自責の念が沸く。もっと軍をよく見て、立て直していかなくては。
目の前の愛しい『番』を抱きしめたい衝動をなんとか抑えて真面目な顔を作る。
「ありがとう。改めて俺はアルサリオン=ヴァレンディル少将だ。よろしく頼む。スカーレット=クライン補佐官」
俺が差し出した手を、スカーレットは溜息まじりに握り返す。
ともすれば逃げてしまいそうなその小さい手を、俺はしっかり握りしめた。




