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7 生き残った娘と宝剣


「彼女には戦う理由があるようですね」


 スカーレットが帰った後、ルカンが言った。


「兵でありたい、という理由か。何か知っているのか?」

「ええ、まあ。ここ数日、彼女について一通り調べました。アルの『番』だから気になるということもありますが、純粋に任務です。長官が彼女の持っていた剣に興味を持ったので」

「ああ、確かに良い剣を佩いていたな」


 大振りの剣を背に佩いていた。あれは軍からの支給品じゃない。私物だろう。多くの剣を見てきた俺でも、良い剣だと一目でわかった。



「オビ山脈一帯の襲撃事件を知っていますか」

「アンガスティグ皇国との関係悪化につながった事件だろ。知ってる」


 七年ほど前、ハイリヒ王国とアンガスティグ皇国との間にあるオビ山脈一帯の町や村が一斉に襲われる事件が起きた。

 膠着する戦況に倦んだ兵たちの暴走かと思われたが、アンガスティグ皇国の最前線部隊が山賊化したことが原因だった。

 山賊化したアンガスティグの兵は、オビ山脈一帯の町や村に火を放ち、住人を犯し殺し、ありったけの物資を略奪して蹂躙し尽くした。


「スカーレットの故郷の村は、あの事件の被害にあった村の一つだったらしいです」

「なんだって?」

「彼女は、村でただ一人の生き残りでした。村の宝剣と共に彼女は生き残った。さっき、参謀部ここへ来たときに下の受付でそれを預かったのですが、見事な剣でしたよ。波動を感じました。あの剣は《《生きています》》」


 剣が「生きている」というとき、それはその剣が特殊な剣であることを示す。

 魔法がかかっている、戦神が宿っている、持ち主に栄誉と災いをもたらす、などいろいろだが、共通するのは生きている剣は持ち主を選ぶということ。


「スカーレットは村の宝剣に選ばれ、一人生き残った。だから村の復讐のために戦っているっていうのか」

「おそらく。これまでも功績はあったようですが、昇進を望まなかったようです。最下級の兵士でいたい理由は、きっと故郷の復讐にあるのでしょう」


 騎獣を操っていた横顔を思い出す。

『番』だから彼女に本能的に惹かれている。それを差し引いても、戦場の彼女は美しかった。

 あの美しさは、復讐を誓ったその強固な志の輝きなのだ。


「であれば余計に傍に置きたい。彼女はきっと、復讐のためなら死も恐れない。ただでさえ寿命の短い人間の『番』を、戦闘なんかで失いたくない……!」


 考えただけでも血が凍り付いてしまいそうだ。

 彼女を失うなんて考えられない。

 でも、彼女を困らせたり苦しめたりもしたくない。


「親愛なるアルサリオンがそんな顔をしているのは私としても見過ごせませんね」

 ルカンがそっと俺の肩を叩いた。

 見上げれば、濃い緑眼がにっこり笑った。

「私に、良い考えがありますよ」





「生きてたのかよ、『紅いカナリヤ』」

 兵舎に戻ると、近隣の兵たちに囲まれた。


 兵舎は種族、性別で分けられることもあるが、わたしのような最下級の兵士が入る兵舎はみんなごちゃ混ぜだ。そして、わたしの近隣には種族はバラバラだけれど男しかいない。そもそも、最下級の兵士に女はほとんどいないのだ。


「死んだかと思っておめえの分の食事は皆で山分けしてたんだぜ。今夜の飯を確保したいんなら、いい加減ヤラせろよ」


 下卑た笑いを両断するように、わたしは背の剣を抜いた。

 風を斬る音と共に、剣の刃が赤い光芒を放つ。その切っ先を、男たちに突きつけた。


「ひっ……お、怒るなよ、冗談じゃねえか」

「冗談にしては面白くないな? 女を性欲処理の道具だと思っていることのどこが面白いんだ?」

「だから冗談だって」

「今夜までは食事は山分けしてもらっていい。しかし、明日からは返してくれ。わたしは戦場に出る」


 すらり、と剣を背に戻し踵を返す。


「このアマ……調子にのりやがって!!」

「おう、やっちまえ!!」

「奴は手負いだ、今ならやれるぜ!」


 四人が一気に襲いかかってきた。

 戦場でない場所でこの剣を抜くのは気が引けるが、こういうことは初めてではない。護身の術として今までもやってきたことだ。

 仕方がない。


――ごめん、父さん母さん、みんな。


 剣を抜くときに必ず呟く言葉を口にしようとしたとき――青い光芒が走った。


「雷光?!」

 そう見えた。まるで雷光のような青白い光は一瞬で四人の兵士を囲んだ。

 次の瞬間、兵士たちは呻き声を上げて地面に無様に転がっている。


「何がどうなって――」

 ふと視界に差した影を見上げる。長身、銀髪、白い軍服。その後ろ姿から立ち上る怒気に息を呑んだ。

「……軍の規律を乱す言動は慎め。罰として、貴様らは減俸と一週間の奉仕活動だ」


 そんな、と呻く兵士たちから情けない声が上がるが、まったく意に介さずに美しき軍人が振り返った。


「ヴァレンディル少将……」

「怪我はないか?」


 問うてくる青い双眸は気遣わしげで熱くて。わたしが見たことも感じたこともない何かを訴えてくる。

 よくわからないが直視できなくて、思わず視線を逸らし、

「ありがとうございます」

 とりあえず敬礼をする。


「迎えにきた」

「え……」


 屋敷に連れていくことを、やはり諦められないのだろか。

 ここまでしてもらって心苦しくはあるが、わたしも曲げるわけにはいかない。


「申し訳ありません、閣下。先ほどもお話した通り――」

「ああ、戦場に出たいという君の希望は尊重する。兵舎にいたいというならそうしよう。ただし」

「?!」


 瞬きの間に、わたしは抱き上げられていた。なぜこの竜人はこうも簡単に人を抱き上げられるのか。歯噛みするわたしを意に介することなく、端整な顔が微笑んだ。


「君が住む兵舎は、今日からここではない。『番』の身の安全くらい、保証させてもらってもいいだろう?」


 いつの間にか兵たちが集まってざわついていた。

 ヴァレンディル少将が一歩踏み出すと、人垣がさっと割れて道ができる。

「降ろしてくださいっ……」

「嫌だ。これでも我慢の限界なのだ。これくらい許してもらいたい」

「そんな」


 呆気に取られている兵士たちの視線から逃れるように、わたしはぎゅっと目を閉じた。

 一体、どこへ連れていかれるのだろう。

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