6 これは何の尋問ですか?
番。
それは竜人や一部の魔族が持つ概念。
平たく言えば、夫婦になり生涯添い遂げる運命の相手。
番は本能で感知するもので周囲にはそれとわからない。竜人や魔族その本人だけが認識する。
竜人にとって番は自分の半身といってもよく、常に一緒にいるものだし離れると身を切られるように辛いという。どんなことがあっても傍にいて、慈しみ大切にするものだという。
――という話を、昔、母さんに聞いた。
『人間には番を感じ取ることはないけれど、この人、と強く想う豊かな感情がある。レティにも将来、そういう人が現れるといいわね』
そう言って、母さんは幼いわたしの髪を愛おし気に撫でた。
恋すらしたこともないわたしには何の話かまったくわからなかったけど、運命の相手が一瞬でわかるなんて素敵な物語だな、と漠然と思った。
劣等種族である人間にはできない業だ、と。
竜人はこの世界を統べる種族。多くの国は竜人を王に戴く。
このハイリヒ王国も、戦いを続けるアンガスティグ皇国も然り。王族でなくとも、竜人はおしなべて貴族だ。
そんな種族から番だと求婚されて、嫌だという者はきっと、いない。
でもそれは一般論だ。
「お断りします」
わたしはこれで何度目かの同じセリフを言った。きっぱりと。
「少しだけでも考えてもらえないだろうか。『番』が見つかった以上、離れて暮らすことなんて無理だ」
ヴァレンディル少将は小さな尋問用の机から身を乗り出して切々と訴えてくる。わたしを捕らえようとするその熱いまなざしに耐えられなくて思わず下を向いてしまう。
今日のこの尋問は、数日前のあのベヒモス召喚についてだと思っていたのに。
出頭してみれば、「『番』として俺の屋敷へ迎え入れたい」と懇願するアルサリオン=ヴァレンディル少将と、援護射撃する気まんまんのルカン=ナレシル少将が待っていた。
「スカーレット、俺が嫌なのか……?」
「そういうことではありません。というか、嫌も何も閣下とは数日前に知り合ったばかりですので判断いたしかねます。というか、とにかく御屋敷へうかがうのはお断わりしますので」
「まあまあクライン嬢、そうつれなくしなくても。これでもアルは、貴女を命がけで助けたのですよ」
ナレシル少将が困ったような笑みで横から取りなす。
金髪緑眼の美貌の竜人も参謀部の少将なので失礼のないようにと思いつつ、自分の意見ははっきり述べなくてはと背筋を伸ばす。
「スカーレットでけっこうです。閣下がわたしを助けてくださった経緯は理解しています。危地を救っていただいたことは心より感謝しています」
わたしが斥候に出されたあの場所には、強力な魔法陣が隠されていたのだという。
生贄が近付くと発動する仕組みの魔法陣は、かなり高度な魔法だったらしい。
しかも召喚されたのが最凶の魔獣ベヒモスだったことから、 軍上層部は騒然となった。
現在、参謀部および諜報部隊総出で、かの魔法陣について調査中だという。
そんな軍の機密事項を一兵卒のわたしに漏らすくらい『番』というものが特別なものなのだということはわかった。しかし。
「しかし突然『番』だと言われ、『番』だから一緒に暮らしてほしいと言われても即答しかねます」
「なぜだ、スカーレット。人間が『番』を認識できないのは知っている。いきなり俺を好きになってくれとは言わない。だがせめて、一緒にいて互いに理解を深めたいのだ。そのために屋敷に迎え入れたい。その……いきなり夫婦関係を迫ろうとか、そういうことではないのだ」
「夫婦関係」と言いにくそうにしているあたりはエリス事務官の言っていた通り硬派で軍人気質なのかもしれない。
ならば尚更、わたしも正直に話せるところまで話すしかない。
「わたしは兵でいたいのです。兵としてこれからも戦わなくてはなりません」
「兵として、戦う……?」
ヴァレンディル少将はわたしの言葉を口の中で繰り返す。きっと理解できないのだろう。すべて話したわけではないから、仕方がない。
サファイアのような双眸がじっと己の膝を見つめている。何を言うべきか迷っているかのように。わたしは言うべきことは言ったので黙っていた。
「スカーレット。失礼ですが貴女に関する軍の資料を調べさせてもらいました」
沈黙を破ったのは、ルカン=ナレシル少将だった。
「貴女は10歳の時に孤児となり、以来、軍の遊撃部隊に所属し、ずっと最前線で戦っている。合ってますか?」
「はい。その通りです」
「こう言ってはなんですが、遊撃部隊の最前線というのは使い捨て部隊と揶揄されるほど、扱いとしては酷いものです。女性の貴女にとって、決して心地いい場所ではないでしょう」
「…………」
「一方『番』としてアルの屋敷へ引き取られれば、貴女は王族と同等の生活をすることができます。今の境遇とは天地の差です」
「そうかもしれませんね」
「それがわかっていて、何故戦うことを望むのです?」
核心を突かれた。
「それは……」
話すべきだろうか。
話したら、ヴァレンディル少将は『番』を諦められるのだろうか。
わたしには『番』という概念がわからない。だから『番』だと言われても同じだけの想いを返すことはできない。
それでも、目の前でとても悲しそうな顔をしている竜人を見れば、真摯に向き合って丁寧に求婚をお断りしようと思うくらいの慈悲はある。
「わたしは――」
口を開きかけたところをルカン=ナレシル少将に制された。
「すみません、復帰したばかりの兵にいささか私的なことで煩わせすぎましたね」
「いえ、そんなことは」
「ひとまずこの話は置いて、ベヒモスと遭遇したときのことを話してくれますか」
「は、はい。了解しました」
ルカン=ナレシル少将は何事もなかったかのようにわたしの証言を速記魔法で記録簿に書き取っていく。
ベンが走る音の中、ヴァレンディル少将の悲し気な視線が突き刺さって居心地が悪かった。




