5 竜人の溺愛がすぎる
アルサリオン=ヴァレンディル少将。
ハイリヒ王国軍参謀部に所属する少将。プラチナの銀髪にサファイアの瞳を持つ、ずば抜けた容姿の良さと類いまれな戦闘力で将来を期待された竜人。
竜人はいずれ番を得るので女性に対する接しかたはそれぞれで、高級娼館に通うこともあれば、社交界での健全な交流を楽しむこともあるという。
しかし、アルサリオン=ヴァレンディル少将は女性に興味がないのではと囁かれるほど女性との交流を持たない竜人らしい。
クールで軍人気質、女性に対して硬派で浮いた噂一つないのだと。
「クール……硬派……まったく当てはまらない気がする……」
今日も届いた大きな花束を前にわたしは首を傾げた。
花束だけじゃない。
わたしが入院している軍病院の病室には毎日、美しくリボンのかけられた色とりどりの箱が届く。中身はお菓子やぬいぐるみなど様々だが、共通するのはどれも王都で指折りな有名店の品だということ。
そしてそれらはなんと、すべてアルサリオン=ヴァレンディル少将からの贈り物らしい。
贅沢な個室に入っているだけでも気後れするのに、贈り物の箱が山と積み上がる室内を見ると恐ろしくなってくる。
この贈り物だけでわたしの兵役給料の何カ月分だろう……。
「それだけ竜人の『番』に対する想いはすごいってことですよ」
エリス事務官が花束を受け取って花瓶に活けてくれる。
エリス事務官は、わたしの身の周りの世話をするために参謀部から派遣された人物だ。
おそらく監視の意味もあるのだろうが、エリス事務官はそういうことを感じさせない明るい溌溂としたエルフで、ショートボブの輝くブロンドとオレンジ色の大きな瞳が印象的で、とても可愛らしい。
「すみません、本当は自分でやるべきなのに」
「スカーレットさんのお世話があたしの仕事なんですからぜんぜん気にしないでください。むしろうれしいです。ルカン様に仕事を言いつけられたの初めてだから」
エリス事務官はエルフ特有の尖った耳をほんのりピンク色に染めた。
「ここにいれば一日に一回はルカン様にお会いできるし。ああ、あの麗しいお姿を眺めるだけで心が洗われますぅ……」
確かに、ルカン=ナレシル少将は事務方に寄っているらしく、毎日病室に足を運んでは調書を作るためと言って他愛のない話をして帰っていく。
きらきらした目でエリス事務官は語る。
「いいんです、あたしは。番じゃなくても。そりゃルカン様の番だったらって思うこともあるけど、あたしはルカン様を陰ながら推すだけで日々潤うんです」
エリス事務官はわたしと同じく17歳(エルフの年齢でいえば17歳相当で実年齢は秘密です♡とのことだった)ということもあり、気安く接してくれるので気楽だが、こういうキラキラしい話をされてもわたしはまったく理解が追いつかないので申し訳ない気持ちになる。
「だから! ヴァレンディル少将の番に選ばれたスカーレットさんを全力で応援するつもりですから!」
「ありがとうございます。あの、ちょっと聞いても?」
「もちろんなんなりと!」
「この箱……今日届いたのですが、中にデイドレスが入っていたんです」
深紅の箱には、紺色のシックなデイドレスが入っていた。
刺繍やレースもふんだんにあしらわれた見るからに高級な品で、きっとヴァレンディル少将の家族への品が誤ってこの病院に届いたのだろう。
「たぶん、手違いだと思うので返送したいのですが、贈り物なのでどうやって返送すれば失礼でないかと思いまして」
「わあ、素敵なデイドレス!」
エリス事務官は目を輝かせた。
「シックで、動きやすそうで、それでいてオシャレでさりげなく豪奢で、この色なんてスカーレットさんの紫色の瞳にとってもよく似合っていて――」
エリス事務官はハッとした表情になり、わたしを見て、もう一度デイドレスを見た。
「エリス事務官?」
「あのぅ」
エリス事務官は上目遣いでわたしを見る。
「確かスカーレットさん、今日退院でしたよね?」
「あ、そういえば」
特に異常がなければ今日で退院していいと主治医に言われていた。
「このデイドレス、スカーレットさんが退院するときのお洋服なんでは?」
「……は?」
思わずマヌケな声が出た時、病室のドアがノックされて、大きくドアが開いた。
「スカーレット! 主治医に聞いた! 予定通りの退院でよかったな!」
「うわっあのっちょっと!!」
ヴァレンディル少将は入ってきた勢いでわたしを軽々と抱き上げた。
「迎えにきたのだが、ドレスのサイズは大丈夫だったか?」
ヴァレンディル少将が愛おしそうに尋ねるのを見て、エリス事務官が身悶え、
「やっぱり! このデイドレス、スカーレットさんが今日! まさに今! 着るドレスなんだわ! ヴァレンディル少将の溺愛がすごい……でもわかる! 推しならぬ『番』ですもの、自分が見たてた品を着せたいわよねぇ」
うっとりするエリス事務官を見てわたしは頭を抱えた。
デイドレス。そんな物、着たことはないし必要もない。午後は参謀部へ出頭する予定になっているはずだ。
それに。
「エリス、御苦労だった。スカーレットと共に礼を言う」
「いえ、あたしは何も。スカーレットさんのお世話ができてとっても光栄でした!」
「そうか。スカーレットは体調はどうだ? 午後は参謀部へ出頭となっているが、一度屋敷へ行って一緒に昼食を採り、それからでも遅くは――」
「ちょっと待ってください!」
何か大事なことの説明をすっ飛ばしてないかなこの竜人。
「まず、わたしを下ろしてください」
「ああ、すまない。まだどこか痛むのか?」
心配そうにわたしをベッドに降ろした竜人に、わたしはきっぱり首を振る。
「違います。もうどこも痛くないし元気です。それより、なぜわたしの退院にヴァレンディル少将が来てくださったのです? 一緒に昼食ってどういうことです?」
ヴァレンディル少将は怪訝気に首を傾げた。
「なぜって……今日から君は俺の屋敷に住むからだろう」
「は?!」
知らない! 聞いてない! いつからそんな話に?!
「家具の好みがわからなかったから、後日教えてほしい。とりあえず客間を用意してあるから当面はそこで暮らしてもらうか、あるいは……その、俺と同室でも問題なければ……」
「問題大ありです!!」
朱の差した白皙の美貌が翳った。
「問題あるのか」
「当たり前でしょう! 何勝手に一緒に住むことになっているんですか?!」
ヴァレンディル少将がぽかん、とした表情になった。
「『番』だから」
「え?」
「『番』とは片時も離れない。だから当然、一緒に住むものだろう」
絶句する。なぜかエリス事務官はうっとりしている。
それがきっと竜人の常識なのだ。
でも、いきなりそれを人間の押し付けられても困る。
『番』というものに関してわたしの理解は足りてないし追いついてないのかもしれないが、とりあえず今言えることを言うしかない。
「わたしは一兵卒です。官舎ですが自分の住居もあります。急に一緒に住めと言われても無理です」
するとヴァレンディル少将はぐわっと顔を上げ、わたしの手を取った。
「俺はこの数日だけでも、スカーレットと一緒にいない時間は気が狂いそうだった。それなのに、これ以上離れて過ごさなくてはならないのか?」
きゃああ、あのクールなヴァレンディル少将が熱情を吐露しておられるわっ、というエリスの小さな歓声にも気付かないほど、ヴァレンディル少将は肩を落としている。
可哀そうだけれど、わたしにも主張すべきことがある。わたしは大きな溜息をついて言った。
「ひとまず、わたしは兵舎へ戻ります。午後には参謀部へ出頭しますので、そのときに」




