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44 軍本部から出た後で


「俺は調べたいことがあるからオフィスに戻る。ジュリアの言う通り、皆疲れているだろうから今日はもう帰って休んだ方がいい。後日改めて招集をかける。わかっていると思うが、ルカン捜索の内情は他言無用だ」


 ツッコむ隙を与えないほどに有無を言わさぬ早口でそれだけ言うと、ヴァレンディル少将は別動隊のオフィスに向かって足早に行ってしまった。


「背負いこむことはないのにな」


 その後ろ姿にジルドール大佐は小さく息を吐く。


「最も身近な存在だっただけに、責任を感じているのだと思います」

 ゼルウェンさんが言った。

「ナレシル少将がなぜあんな行動に出たか、私も知りたいです。我が軍のためにも、そして古くからの友人としても、必ずルカンともう一度会い、連れ戻さなくては」

「そうだな」


 わたしたちは軍本部の建物を出た。

 正面門を出て通りに出ると、ジルドール大佐が所用が、と言って道を分かれ、もう少し歩いたところでゼルウェンさんが買い物をしていきます、と分かれた。


 わたしとエリスは二人きりで歩いた。


 どちらも無言だった。


 何から話せばいいのかわからなかった。今まで同年齢の友だちもいなくて、だからこういう気まずいときにどうすればいいのかがわからない。



「……あたしが馬鹿だったの」



 人通りが寂しくなった町の外れ、要人居住エリアの手前まで来たとき、でエリスがぽつりと言った。


「ルカン様の言うことを全部信じて、疑いもしなくて。スカーレットだってあたしにとって大切な友だちなんだから、スカーレットにもこれでいいのかって聞くべきだった。憧れで、推しのルカン様に急に親密にしてもらえて、舞い上がってたんだ。本当に馬鹿。だから、許してなんて都合のいいこと言えない」


 そこまで一気にしゃべって、エリスはわたしを真っすぐ見た。


「でもこれだけは言わせて。あたし、スカーレットを危険にさらしたこと心から後悔してる。本当にごめんなさい」


 何て言ったらいいのだろう。


 いいよ、というのも違う。わたしはエリスのせいで自分が危機に陥ったと思ってないから。

 でも、エリスがわたしに心から申し訳なく思っていて、謝りたいという気持ちは痛いほど伝わってくる。


「エリスはわたしを劣等種族って言わないよね」


 エリスはゆっくりと顔を上げる。怪訝そうに首を傾げる。

 ああ、エリスはやっぱり。


「そもそもわたし、怒ってないし」

「スカーレット……」

「エリスはわたしを隔てないし、だから、ええと、その……」


 友だち、という言葉がこそばゆくて口から出ない。

 だからその代わりに、わたしはいつの間にか到着していた家の前で立ち止まって、なんとか思いが伝わるように言葉を書き集める。


「よかったら、その……うちに寄っていかない? ええと……そう! 夕食会のとき、今度お菓子の作り方教えてくれるって言ってたでしょう?」



 厚い雲が割れて光が指すように、エリスの顔が輝いた。





 関係あるんですよ、と言った顔が忘れられない。

 ルカンは、俺が『番』を得たから裏切ったのか?


 ルカンはすべてが完璧で、すべてを約束された男だ。

 二百年ずっとそう思ってきたし、ルカンの友であることが誇らしかった。

 それなのに。


「やっぱりわからん……」


 俺に番ができたことが、気に入らなかったのか?

 もし逆だったら、ルカンに『番』ができていたら、俺はからかいつつも心から祝福したと思う。


 ルカンは違ったのか?

 それともこれは、立場が逆な俺のエゴなのか?


 救出作戦は立てた。というか、ルカンが去った瞬間からわかっていた。


 戦時の今、事を荒立てないようにルカンを捜索するには潜入しかない。

 幸い、アンガスティグ皇国はハイリヒ王国と住んでいる種族に違いがない。竜人の俺が紛れ込んでも目立たない。


 潜入するのは俺一人でいい。 

 危険な目に遭うのは俺一人でいい。


 みんなはもちろん、スカーレットを危険な目に遭わせるわけにはいかない。


 ジュリアはスカーレットの宝剣と彼女の腕に期待しているが、俺は絶対にスカーレットを外に出したくない。


 あの宝剣に紅い竜が宿っていたのを見たから尚更だ。

 あれが本当に伝承にある紅い竜だとしたら、アンガスティグ皇国にも狙われる。

 紅い竜は、世界を統べる者に従うという伝承があるからだ。



 俺がルカンの裏切りに気付けなかったせいでスカーレットを危険にさらした。


 俺は『番』失格だ。


 彼女に拒絶されても仕方がない。


 けれど、拒絶されたとしても、彼女に無事で生きていてほしい。

 幸せになってほしい。


 だから、潜入捜査には俺が一人で行けばいい。

 番と共にあれない人生など空虚だ。

 せめて、友を救うためにこの身を捧げればいい。


「ヴァレンディル少将」


 思えばこの声を聞きたくて、彼女をさらうように兵舎から連れ出したことも、強引すぎたな。


「ヴァレンディル少将」



 この声を聞くと俺は判断能力が鈍ってしまう。優秀な軍人ではなく、ただの恋に浮かれた一人の男になってしまう。情けないことだ。



「ヴァレンディル少将!」



 後ろから腕を掴まれて振り返り、俺は目を瞠った。



「スカーレット……」


 目の前にスカーレットが立っていた。

 しかも軍服ではなく、ドレス姿だ。



 これは夢か?

 スカーレットに会いたすぎる俺は幻覚を見ているのか??



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