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43 ジュリア=クエンリラ長官の指令


 ジュリア=クエンリラが豪奢に波打つ黒髪をなびかせて入室すると、別動隊オフィスに緊張が走った。



「クエンリラ長官!」



 全員が作業の手を止めてその場で敬礼する。


 ハイリヒ王国の参謀部は諜報隊と作戦本部、そして俺たちの別動隊の三つに分かれるが、その三つを束ねているのがこのジュリア=クエンリラという竜人だ。



 彼女に年齢を聞く者は魔炎で黒焦げにされるというまことしやかな噂のため、皆、彼女の年齢を知らない。

 が、軍での功績は多く大きく、異例の速度で参謀部長官になったという生きた伝説レジェンドだ。



 俺にとっては腐れ縁の食えない奴だが……。



 皆よりもやや遅れて敬礼したスカーレットの前でジュリア=クエンリラが足を止めたので俺は思わず二度見する。

 ジュリアめ……どういうつもりだ?


「貴殿が新しく別動隊に入った補佐官かい?」

「はい。スカーレット=クラインと申します」


 再敬礼するスカーレットを無遠慮に眺めまわす視線は獲物を狙う女豹のようでハラハラする。

 このまま取って喰いそうな勢いだ。

 早く離れろと思った瞬間、ジュリア=クエンリラの紅い唇がスカーレットの頬に触れたので俺は反射的に奴を蹴り飛ばしそうになる自分を必死に抑える。


「ふふ、すまない。あんまり可愛らしいものだから、つい口付けたくなった。親愛の挨拶だと思ってくれ」

「は、はあ……」



 おいっ!!

 なにしてくれてんだこのセクハラ上官!!


 スカーレットも困惑しているじゃないか!

 しかも俺を見てニヤつきやがって……俺の番だと知っててやったなこのやろう。完全な嫌がらせだ!!



 しかしそんな俺の脳内悶絶などおかまいなしに、ジュリア=クエンリラはよく通るアルトで皆を激励した。



「今回は御苦労だった。諜報隊と別動隊の調査により、皇国の宮廷魔法使いによる陰謀を水際で阻止できた。かの宮廷魔法使いは古語魔法の使い手、皇国は切り札だと思っているだろう。そこを叩けた功績は大きい」


 皆に喜びが走る中、ジュリア=クエンリラは表情を引き締めて言った。



「しかし、我らは大きな犠牲も払った。ナレシル少将のことだ」


 室内がしん、となる。

 ルカンが裏切ったことは、皆には秘密にしていた。

 任務中に通信魔法を断ったことは全員が知っているので、そこを使って行方不明だと説明したのだ。


 皆はそれを信じているので、不安そうに視線を交わし合っている。


 その中で、エリスだけが俯いていた。ティルとゼルウェンは表情を変えず、スカーレットはいつもと変わらない風を装っている。

 


「今のところ、ナレシル少将の安否はわかっていない。彼は我が軍にとって優秀な人材であり、我らのかけがえのない仲間だ。そうだな?」



 全員が大きく頷くのを見て、ジュリア=クエンリラは笑んだ。



「安心してくれ。ナレシル少将は全力で捜し、救出する。そのための人員を割いていいと許可ももらっている。ただし、我らには任務がある。少数精鋭でナレシル少将の捜索に当たる。この件について、ヴァレンディル少将、ジルドール大佐、リオニス中佐、アオニス事務官、それとクライン補佐官。貴殿らは私の執務室でヒアリングを行う。来い」



 全員が敬礼する中、ジュリア=クエンリラは退室し、俺たちはその背中を追った。




 ♢



「ここにいる者たちはルカンがどうなったのかについて、知っているんだろう?」


 執務卓について長い足を組み、クエンリラ長官が言った。

 とてもスタイルの良い、ものすごい美女だ。黒く波打つ長い髪が獅子の鬣のよう。高い鼻梁に目尻の上がった濃茶の双眸も獅子を思わせる。特徴的な尖った耳で、竜人なのだとわかった。


「奴は行方不明などではないな? 奴は自分の意志で離反した。端的に言えば裏切った。オルリッサに付いたんだろう?」


 全員が息を呑み、頷く。エリスだけがずっと下を向いたままだ。


「やはりな。裏切りは軍に置いて大罪。だがアルは奴を連れ戻したいと思っているらしい。で、貴殿らはどうなんだ?」

「俺は、アルと同じ意見です」


 すかさずジルドール大佐が手を揚げる。


「ほう? 貴殿も裏切り者を庇うのか?」

「先ほど、長官もおっしゃったではないですか。ルカンは我が軍に必要な人材であり、救出すると」

「言葉の綾だ。事情を知らない者の手前な」

「ですが、上層会議でアルに助け船を出す程度にはルカンを捜すことに賛同しているのですよね? ルカンが裏切ったのだろうと知っていながらも」


 濃い睫毛に縁取られた双眸がつと細まって、はははと表情豊かに笑った。

 上司の顔じゃなく、親し気な友人の顔つきに見える。


「相変わらず嫌な野郎だねえティル」

「客観的に察することのできる事実を述べたまでです」


 ふん、とクエンリラ長官が鼻で笑った。


「まあいい。同族として放っておけないと思っているのは本当だからねえ。ここにいる者だけで捜索隊を編成しようと思うんだが、そちらのめそめそしたエルフのお嬢さんはやる気あるのかい?」

「……はい。あたしも捜索隊に入れていただきたいです」

「ふうん。で、そっちの紅髪のお嬢さんは?」


 急に話を振られて面食らう。


「貴殿の剣はこの前見せてもらったよ。あんな大層な剣、人間の身で今までよく隠し通せたもんだ。ずっと遊撃隊でカナリヤをしていたってうのは本当かい?」

「はい」

「なら、あんたは相当な戦力になる。これは諜報部の仕事級に難しい任務だ。皇国の内部に食いこむ危険な捜索だからね。あんたの戦力はぜひ欲しい。あんたにルカンを捜す気があるなら、だが」

「もちろんです。わたしもナレシル少将を捜します」

「なら決まりだね」


 クエンリラ長官はヴァレンディル少将とジルドール大佐を交互に見た。


「参謀部長官として指令を出す。ヴァレンディル少将、貴殿が指揮を執れ。作戦、予算を考えて私に報告しろ。ジルドール大佐、貴殿は別動隊の通常任務を監督するんだ。リオニス中佐はその補佐を」

「了解」

「了解です」

「了解いたしました」

「今日は戻って休め。数日は皇国も動く気配が無い。今のうちに休んでおくんだな」



 わたしたちは、揃って敬礼してクエンリラ長官の執務室を出た。



 みんな無言で、廊下に軍靴の音が響く。

 わたしはヴァレンディル少将を横目で見上げた。



 端整な横顔は見たことも無いほど険しくて、でもそこに拭い去れない悲しみが滲んでいて、胸がつきりと痛んだ。


 そんな顔をしないでほしい。

 なぜか、わたしはそう願っている自分に気付いていた。


 ナレシル少将が裏切ったことで、きっと誰よりも傷付いたのはヴァレンディル少将だ。


 この人に、あんなふうに親友を失わさせない。


 この中で最も諜報の仕事に適しているのは階級の低く、人間であるわたしだ。

 わたしが、ヴァレンディル少将にもうこんな顔をさせないようにする。絶対に。


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