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41 たとえ、深い悲しみに心が張り裂けそうだとしても




 翔んできたらしいジルドール大佐は、呼吸と眼鏡の位置を整えながら周囲を警戒するように見渡した。



 辺りは暗く、山の夜に沈んでいる。ジルドール大佐の発する魔力の光芒がぼんやりと殺伐とした焼野原を照らす中。


「止まれ」

 ジルドール大佐の冷えた声に、ひ、と暗闇から声が上がる。


「貴様の顔には覚えがあるな。ベヒモス召喚事件のときに、作戦指示を破って斥候を出した顔だ」

「ひいいっ、お許しを!!」


 地面に額を擦り付けているのはあの虎獣人の上官だった。


「だが、貴様はもうハイリヒ王国軍の者ではない。ただの山賊だ。作戦を妨害した山賊は排除していいと決められている。それは貴様も知っているな」

「すんませんっ、お許しください!! どうかお慈悲を」

「調子がいいな? だが同じ軍の部下ならともかく、俺は山賊に貸す耳を持っていない」


 ジルドール大佐が一瞬で腰に佩いた剣を抜いた。

 虎獣人へ向けて一閃。

 その瞬間、わたしの身体は動いていた。


 鋼が鋼を弾く音。わたしの剣はジルドール大佐の攻撃を受け流した。

 さすが竜人の剣撃、手が痺れてくる。


「なぜ庇う? 貴殿はこの虎獣人にカナリヤにされたのだろう」

「た、助けてくれよぉクライン、同じ釜の飯を食った仲じゃねえかぁ」


 情けない声を出し、わたしの足元にすり寄らんばかりの虎獣人を睥睨する。


「失礼ながら、この者を庇っているのではありません。ジルドール大佐の剣を汚してはいけないと思ったら、勝手に身体が動いていました」


 ぽかん、としている虎獣人の眼前に、わたしは剣を突き出す。



「消えろ。あの峠を越えればアンガスティグ皇国領だ。二度とハイリヒ王国へ戻ってくるな」

「ひっ……ひいいい!!」



 四つん這いであわてふためいて虎獣人は闇に消えていく。


「いいのか? 奴は軍の裏切り者だ。ここで俺が手を下してもいいのだが」


 ヴァレンディル少将が剣の柄に手をかけるのを見て、わたしは強く首を振った。



「ヴァレンディル少将も剣を汚さないでください。それより、ジルドール大佐が」



 剣を鞘に戻したジルドール大佐が歩み寄ってくる。


「アル、無事で何よりだった」

「何も言わずに作戦を変更してすまん」



 ヴァレンディル少将はナレシル少将のことに触れず、ただ謝った。

 そんなヴァレンディル少将を責めることなく、ジルドール大佐は頷く。そして言葉を選ぶように口を開いた。


「移動中、魔法陣が消えていくことに気付いて急いだのだが……」


 いつも歯に衣着せぬジルドール大佐には珍しく言い淀む。


「おまえがオルリッサにとどめを刺そうとしているのが見えてホッとしたとき、遠目だったからか……オルリッサを連れ去ったのがルカンに見えてしまった。いやすまん、俺はどうかしている」

「いや、ティルが正しい」

 

 ジルドール大佐が息を呑んだ。


「ルカンはオルリッサと手を組んでいた」

「まさか」

「本当だ。オルリッサがクライン補佐官の剣に宿る紅い竜を欲したため、クライン補佐官を嵌めた。今回の別動隊の極秘任務はその陰謀のカムフラージュだ」

「馬鹿な。裏切ったのか。あいつが……ルカンが」

「ああ」


 ジルドール大佐は口を開いたり唇を噛んだりして言葉を探している。ヴァレンディル少将にかける言葉を探しているのだろう。

 三人は竜人で、同期。きっと昔からを知っている分、ナレシル少将が裏切った衝撃が大きすぎるのだろう。



 ヴァレンディル少将が顔を上げた。無理に作っている笑顔だった。

 でも『無理しないでください』とは言わず、受け入れるべき笑顔だ。

 それは私情を退け、軍人として前に進もうとしている毅然とした笑顔だから。




「だが、ルカンとオルリッサの陰謀はひとまず阻止した。クライン補佐官も宝剣も無事だ。何も問題はない」

「…………」



 ジルドール大佐は言葉を探していたが、やがて振り切るように大きく息を吐いた。

 きっとジルドール大佐もお気付きになったのだ。ヴァレンディル少将が軍人として前に進もうとしていることを。



 だからだろう。ジルドール大佐は踵を鳴らして敬礼した。

 軍の階級で言えばヴァレンディル少将が上なのだ。



「了解しました。今回の我が隊の任務はオルリッサの捕縛もしくは暗殺。どちらも叶わなかったが、隊に大きな損耗はなく、敵の目的は阻止。これより、撤収に移ります」



 ヴァレンディル少将も敬礼を返した。わたしもそれに倣う。


 そう、作戦は終わった。

 わたしたちは軍人だ。生き残れた者は、次の任務のために動き出さなくてはならない。




 そうして、わたしたちは移動用魔法陣に向かって歩き出す。

 たとえ、深い悲しみに心が張り裂けそうだとしても。




 わたしは地面に落ちていたベルトを拾い、剣を背に背負った。


「その剣が『生きている』と感じたのは正解だったな」

 鋼の双眸がわたしと、わたしが手に持った剣を交互に見ていた。


 リントブルムはいつの間にか姿を消していた。どうやら剣に戻ったらしい。

 わたしは気付いていた。剣の柄にある飾り石。いつもは紅いその石が、リントブルムが現れていたときは水晶のように透明だった。

 それが今、紅い色に戻っている。



「紅い竜と言ったが、まさか『国境の紅い竜』か」

 ジルドール大佐の問いにわたしは首を傾げる。横に立ったヴァレンディル少将も同じ角度に首を傾げた。

「失礼ですが、『国境の紅い竜』とは何でしょうか?」

「どこかで聞いた気がするのだが?」


 わたしが聞き返し、ヴァレンディル少将が記憶の底をさらっているのを見て、ジルドール大佐は「貴様ら知らんのか」と呆れたように首を振った。


「ハイリヒ王国建国の時代、この地に古から棲む竜が建国を拒み荒れた。兵たちの消耗を憂いた王は、竜に一対一の戦いを申し込んだ。勝利した方がなんでも望みを叶えるという約束で無謀にも竜と戦った王は、奇跡的に勝利した。竜も王の健闘を讃え、喜んで何でも望みを叶えようと言った。王はハイリヒ王国を外敵から守ってほしいと願い、紅い竜はハイリヒ王国軍で最も強い剣士の剣に宿った。そして勇者と剣は王国の国境を守護した。――ハイリヒ王国の建国史にある伝承だ」

「ああ! 思い出した。『紅い竜の伝承』だ! 子どもの頃、絵本で読んだことがあった!」

「……絵本じゃなく、普通に学校の歴史の講義で学ぶことだが?」

「あの、その伝承の剣がわたしの剣だということですか?」

「そうなのだろうな。そしてその剣のあった村は勇者の村だ。君はその村の出身だったということだ」

「ロート村にそんな大きな秘密があったなんて、知りませんでした」



 驚くと同時に、妙に納得できている自分もいる。



 考えてみれば山奥の小さな村に、あんなに大きくて立派な聖堂があるのは不思議だったし、村人全員が剣を振るえるという風習も変わっていた。

 勇者が紅い竜の宿った宝剣を守るために建てた村――そういうことなら、小さい頃不思議に思っていたことがすべて腑に落ちる。



「勇者は紅い竜――宝剣を狙う者が現れるのを怖れたのだろうな。その強大な力を狙う者から遠ざけるために、すべてを秘して村の中だけで伝え続けた」

「そういうことですか」



 でも、とわたしは疑問を口にする。



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